(四)海の中の声

竜「そう、命を守る魔法だ。『まだなんとかなるよ。やくしょにおでんわしようよ』だ。ちゃんと言えるかな?」


子ども「わかった……(母親に向き直って)ねえ、ママー、『まだなんとかなるよ。やくしょにおでんわしようよ』」


ママ「(動揺する)?!」


彩姫「ジュスト! あなた何言ってるの?!」


竜「あの母親の顔を見てみろ。それから、腕や首。服から見えるか見えないかすれすれのあたり」


彩姫「あっ……」


竜「なんであんなに目に光がない? 皮膚にあるのはあざや火傷の痕じゃないのか? なぜこんな不穏な場所の近くで食事をしてるんだ? 子どもも痩せこけて、服もみすぼらしいだろう?」


ママ「(動揺しながら)すみません、うちの子が変なこと言って……ほら、行くわよ」


彩姫「あ、待ってください……これ、トカゲさんからのプレゼント!」


子ども「あ、お花」


彩姫「紙ナプキンで折ったの。ママにあげてね」


子ども「ありがとう! ママ、これもらった!」


ママ「ありがとうございます。……え? ナプキンの隙間にお金? どういうことですか」


彩姫「あの、何言ってるんだと思われるのは重々承知なんですけど、もしつらいことがあるならこれで逃げてください」


ママ「え?」


彩姫「トカゲが、子どもには幸せでいてほしいって言ってるんです」


ママ「はあ?」


彩姫「見当違いなら謝ります。自分でも頭おかしいこと言ってるような気がして怖いです。でも、つらいことや悲しいことがあったら、逃げられるところまで逃げてほしいんです。トカゲがそう言ってるんです」


ママ「トカゲなんてどこにいるって言うんですか」


彩姫「それは……」


 SE:しゅうううという音


竜「出血大サービスだ。一瞬だけだぞ」


ママ「えっ」


竜「失礼、マダム。少し頭に触らせていただく」


ママ「(恐怖に凍り付き2秒ほど間をおいて)ひっ!」


子ども「わああああ! いいなあ! 僕もトカゲ触りたい!」


竜「では握手だ」


子ども「固ーい! 冷たいねー!」


竜「はい、本日はここまで。お母さんを大事にするんだぞ。バイバーイ」


子ども「バイバーイ」


SE:しゅうううという音、通路を駆けつけてくる足音


ウェイター「(フェイドイン気味に)お客様! どうなさいましたか?!」


ママ「今、そこに! そこに真っ黒いバケモノが!」


ウェイター「(不思議そうに)そこに、ですか?」


子ども「かっこいいでっかいトカゲさんがいるの。そこに隠れたよ」


ウェイター「トカゲ……?」


ママ「トカゲじゃない、あれはバケモノよ!」


彩姫「(焦り気味に)きれいな心の子供だけに見える、ジャスティスライダーのトカゲ怪人がいるんです」


ママ「嘘! 本当にいたのよ、ここに……私しっかり……見たん……見たん……だ……から」


 SE:人が倒れる音


子ども「ママー! ママー!!(泣き声)」


ウェイター「お客様! お客様! すぐ救急車をお呼びいたします。(他のスタッフに向かって、フェイドアウト気味に)おーい、担架! 担架持ってきて! レジの横! そう、それ! 毛布も! 入口のソファに、うん」


彩姫「(ウェイターの声に重ねて)ジュスト、あなた、なんかやったんじゃないでしょうね」


竜「バッグの中からくぐもった声で)栄養失調気味みたいだし、貧血がちだったんでちょっと眠ってもらった。しばらく入院して人心地を取り戻すといい。自分を見つめなおすいい機会だ」


彩姫「あの子はどうなるの?」


竜「病院から役所の福祉部門へ連絡が行く。それから児童福祉施設でショートステイすることになるだろうな。食事も風呂も寝床も提供してもらえる」


彩姫「そう……」


竜「あの崖から飛ぶよりは断然幸せな結末を迎えるだろう」


SE:救急車到来の音、救急隊員の声、救急車が走り去る音


彩姫「ジュスト、意外と利他主義? 優しいじゃん」


竜「ああ、親の教育がよかったからな」


彩姫「ジュストがいい人だとなんだかすごく安心する。ううん、なんだか……誇らしい感じすらするよ。不思議」


竜「ありがとう。(しんみりと)その言葉を聞けて心から嬉しい」


彩姫「うふふ、私もね、ちょっとジーンとしてる」


竜「人を救えたからか」


彩姫「……違うの。そりゃあの親子が幸せになってくれるといいとは思うんだけど、それ以上に親の教育がよかったって聞いて、なんだかうれしいんだよ」


竜「なぜ」


彩姫「ジュストにも幸せな子ども時代があったんだったらうれしいなって。なんかふっと涙ぐみそうになっちゃったりしてさ……お腹空きすぎておセンチになっちゃってるよ、私」


ウェイター「大変お待たせいたしました、シーフードドリアセットです。こちらがドリンクバー用のグラスとカップです。あちらにサーバーコーナーがございますのでご利用ください」


彩姫「ありがとうございます。わーここのドリンクバー、ソフトクリームも食べ放題なんだって」


SE:食器の音を入れフェイドアウト。ファミレスで流れている音楽のみを10秒ほど流しっぱなしにし時間経過を表現


彩姫「(疲れたように)もう夜の9時だよ……四時間粘ってドリンクバーオーダー三回目。お腹ちゃっぽんちゃっぽんなんだけど。それにソフトクリームでお腹が冷えて……」


竜「節制しろ」


彩姫「誰のせいだと思ってんのよ」


竜「摂取量を決めるのは自分自身だろう?」


彩姫「(ため息)はぁ……」


竜「少し寝るといい。何かあれば起こす」


彩姫「うん、じゃあ寝る」


竜「おやすみなさい、あさがぶじにやってきますように」


彩姫「どうしたの? 朝になる前につぎの満潮は来るんでしょ?」


竜「(鼻をすんとやったあと)ああ、これは決まり文句なんだ。ある古い一族の就寝の挨拶だ。ちょっと言ってみたくなった」


彩姫「素敵な挨拶だね。おやすみ、朝が無事に来ますように」


SE:ファミレスのBGMを5秒ほど流した後ゆっくりフェイドインし、海の音(波の音でもOKだが海中音が望ましい)を被せる


グウィネス「(海の音の中からぼんやりと切れ切れに呼び掛けて。可能ならエコーなどの効果をかけ、この世のものではない雰囲気で)あなた……あなた……どこ……」


竜「(呟いて)ここだ……グウィネス」


グウィネス「……ああ……声が…………声が……届く」


竜「懐かしいな、我が奥方よ」


グウィネス「……怒って……いるの」


竜「怒ってはいない」


グウィネス「……時が、来たの……」


竜「ああ、来た。くれぐれも邪魔はしないでくれ」


グウィネス「(なじるように)……それは、あなたが……」


竜「何百年たっても私たちは喧嘩腰でしか話せないんだな」


グウィネス「……わたしはいつもあなたの思いを追っているだけ」


竜「ああ、追っておいで。今ここにサイキ・ニシザキがいる」


グウィネス「あなたは……こわくないの……」


竜「グウィネス、私は永遠に君と共にある。さあ、早くおいで」


グウィネス「……わたしはこわい」


竜「(自分に言い聞かせるように)大丈夫だ、グウィネス……大丈夫」


グウィネス「……あなた……」


竜「(少し悲し気に)……グウィネス、私は」


SE:海の音をフェイドアウトし、ファミレスBGMを合わせてフェイドイン


竜「おい」


彩姫「(寝息)……ん」


竜「もう行こう」


彩姫「あ、もう? 私2時間も寝ちゃったんだ」


竜「疲れてたんだろう」


彩姫「ジュストの体は?」


竜「もう、すぐそこまで来ている。妻がやっと持ってきてくれた」


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