(三)竜の魔法

SE:激しい波の音、ひっきりなしの雨の音、かもめまたはカラスの鳴き声で時間経過を表現


彩姫「ねえ。そろそろ7時間たったんだけど?」


竜「……うん」


彩姫「もう満潮になったんじゃない?」


竜「うん、満ちている」


彩姫「探そうよ、棺」


竜「いや、それがその……まだ着いていない。近づいてくるのは感じる。途轍もなくのろのろと」


彩姫「ええ?! じゃあまた引き潮になったらさっきみたいにどっか流れて行っちゃうじゃん。行ったり来たりじゃん! 奥さんが呪いかけたんじゃなかったの?」


竜「(ため息)はぁ……この期に及んでもこうなのか。懐かしい」


彩姫「何が」


竜「(懐かしそうに)我が奥方は私の期待をすべからく裏切ってくれる女性であったからな」


彩姫「どんくさかったってこと?」


竜「当たってはいるが、人の嫁をそのように言うな。私も彼女の言うことを聞こうとはしなかったのだから」


彩姫「夫婦仲、悪かったんだ」


竜「よくわからない。愛はあったと思うが、お互いまともな愛し方がわからなかった」


彩姫「え、それってあの……やり方がわからないっていうか……その、男女の仲じゃなかったってこと?」


竜「(ぼやくように)そういうのを面と向かって訊くなどと、どうなっているんだこの時代の教育は」


彩姫「だって、ジュストの言い方だとそう思っちゃうじゃん?」


竜「(ぶすっと)一応、子は成した」


彩姫「あ、ちょっと安心した」


竜「何とか血は絶えていない。私が封じられた石は最も東へ赴く者が持てと子孫に伝えた。それが流れ流れてサイキ・ニシザキにまでたどり着いている」


彩姫「はぁ?! それって、ジュストが私のご先祖様ってことぉ?!」


竜「残念ながらそうらしい」


彩姫「えええええええ?! マジで?! うちヨーロッパのソルシエルの血入ってんのぉ?? かっこいいじゃん!」


竜「最初、私も想定外で驚いた。サイキ・ニシザキの実在は証明されていたが、まさか私の血脈から出ると思っていなかったんでな。正直弱った」


彩姫「何で弱るの」


竜「私も腹をくくらなければならなくなった……」


彩姫「腹くくんなきゃいけない事情があるの?」


竜「(暗く)……ある」


彩姫「話したくないこと?」


竜「……体を取り戻してから話したい。もう一度、満潮を待つしかない」


彩姫「っていうか、ここでまた7時間潰して流れてくるかどうか不確定な棺を待つわけ? なんか寒いんだけど。お腹もすいたし」


竜「一度帰るか?」


彩姫「タクシー代もったいないから、あそこで時間潰そうよ。ほら、こっち来て、見てよ。向こうに看板が見えるでしょ?」


竜「あれは?」


彩姫「24時間営業のファミレス。ファミレスって知ってる?」


竜「ああ、映像でなら。7時間もいたら店に迷惑がかかるのではないか?」


彩姫「メニューをコンスタントにオーダーしてれば大丈夫だって。まずお腹空いたからなんか食べて、あとはドリンクバーとなんか軽いの頼んでたらいけるよ」


竜「財布の方は大丈夫なのか」


彩姫「だいじょうぶ! クーポンあるし。とりあえず石に入って」


竜「重いのにすまない」


彩姫「この距離なら歩けるよ。よいしょっ!」


 SE:海岸の砂利を踏んで歩き出す音をフェイドイン、フェイドアウト。ファミレスのドアの開閉音。ファミレス風のBGMを開始し、ファミレスシーンの最後まで流す


ウェイター「こんにちは、いらっしゃいませ。お一人様ですか」


彩姫「あ、はい」


ウェイター「お席へご案内いたします。こちらへどうぞ」


SE:通路を歩く音、椅子に座る音


彩姫「うあー、重かったー」


SE:お冷を置く音


ウェイター「こちらがメニューとなっておりますので、お決まりになりましたらそちらのボタンを押してお呼びください」


彩姫「ありがとうございます。さあ何にしようかなー……寒かったから、ドリアにしようかな」


竜「(バッグの中からくぐもった声で)決まったか」


彩姫「うん。ジュストもなんか食べる?」


竜「私は食事は必要ないが……その……ボタンが押してみたい」


彩姫「(笑って)バスの停車ボタン押したがる子供みたいだね」


竜「ああ、今生の記念に」


SE:しゅるっという音、ピンポンという音


彩姫「尻尾で押すんだ」


竜「(バッグの中からくぐもった声で)爪が邪魔でな」


彩姫「尻尾だって棘だらけじゃん」


竜「爪よりはましだ」


彩姫「爪も棘もひっこめればいいじゃん。想像上の動物だから、想像でどうとでもなるって言ってたくせに」


竜「(バッグの中からくぐもった声で)こういうとげとげは私のレゾンデートルかつアイデンティティだからちょっとやそっとでは失くせんぞ」


彩姫「(小ばかにしたように)男子って『僕の考えた最強のヒーロー!』みたいなデザインのこだわり凄いよね」


竜「女子だって、服だのヘアスタイルだのこだわるだろう。私のは実用からこうなったんだからな」


ウェイター「(困ったように)……あの、ご注文を伺います」


彩姫「あ、すみません、音声チャットしててつい……三種のチーズたっぷりシーフードドリアセットとドリンクバーお願いします」


ウェイター「ご注文を繰り返しますね。三種のチーズたっぷりシーフードドリアセットとドリンクバーでよろしいですか」


彩姫「はい」


ウェイター「少々お待ちくださいませ」


竜「あの若者はきっと我々を奇妙なやつらだと思っただろうな」


彩姫「まあ、奇妙だしね。誰もここに魔法使いのアストラル体ドラゴンがいるなんて思わないだろうし。あ~あ、暇だからナプキンで折り紙でもやろっかな」


竜「折り紙か……懐かしいな」


SE:通路をパタパタ走る音


子ども「(フェイドイン気味に)あーおいしかったーこんなご馳走初めて食べたよー」


ママ「(寂しそうに)よかったねえ」


子ども「(彩姫のいるテーブルの脇へ来て)ママー、ここ、なんかでっかいトカゲがいるよー! ジャスティスライダーにでてきたみたいなのー! ほら、見てー!!」


ママ「え、どこに?」


子ども「ほらここー! 黒くてね、とげとげしてるのー」


ママ「(優しく)トカゲさんなの? 怖いなあ」


子ども「怖くないよ。優しそうだよ。このおねえさんの隣にいるよ。(精一杯両手を広げて)こーんなにでっかいのが!」


ママ「(寂しそうに)そう? ひょっとしたらジャスティスライダーが大好きな子にだけ見える魔法のトカゲかもしれないね……(彩姫に向かって)すみません、うちの子、空想が好きなもので」


彩姫「いえ、すごく素敵なことだと思います。(子どもに向かって)すごーい! トカゲさん見えるんだー! このトカゲね、きれいな心を持っている子だけに見えるんだよ! だからね、見えるってすごいことなの! 今、トカゲさん今何してるの」


子ども「手を振ってる……あ、やめた。恥ずかしいって」


彩姫「(小声でバッグに向かって)ジュスト何やってんの」


竜「(小声で)いや、その……人種も時も超えて、幼子にはサービスしたくなるたちなんだ」


子ども「わあ、喋った!」


彩姫「あ、聞こえるの?!」


子ども「聞こえるよ! おねえさん、このトカゲと話せるんだね! おねえさんもこころがきれいなんだ」


彩姫「いやそんなにきれいじゃないけど」


竜「(少し迷った後)子どもよ、私の声が聞こえるなら、おかあさんに『まだなんとかなるよ。やくしょにおでんわしようよ』と言え。魔法の呪文だ」


子ども「え? 魔法?」


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