夢と妄想

Tamathan

第1話 「ラ〇ン交換してもらってもいいですか?」

もう間もなく日付が変わる5分前の深夜、「藤原かな子」とテプラが貼られたタイムカードを彼女は切った、疲れきった顔で。

このところ彼女は失敗続きで、今日もまたやってしまったのだ。同僚達は励ましたり、温かく厳しい言葉をかけたりするも、それが逆に申し訳ないようで、かな子は泣きそうな顔で同僚達に頭を下げていた。



藤原かな子という人間は根は真面目なのだが、良くも悪くも子供っぽい性格をしている。現に車に乗り込み帰宅中の今だって、今日の失敗についての言い訳が、頭のなかで蜷局のように渦巻いている。


感情を引きずったままマンションに帰宅したかな子は、何か違和感を感じた。だがしかし疲れと悲しみが勝っていたため、直ぐにそんな事などどうでも良くなってしまった。そのままベッドへ向かいそうになるのを必死にこらえながら、リビングに鞄を起き着替えを手に持ち洗面所へ向かう。

化粧を落とし着替えて寝る準備を整えて、やっとベッドへ向かう。なんとか電気を消し、布団の中へ潜ると、直ぐに意識が夢の中に入り込んでいく。

――そういえば、私窓もカーテンも開けっ放しにして出ていたような……

と、眠気の海に沈みかけるまえに違和感に気がつくかな子だったが、恐怖心が沸き上がる暇もなく、夢に包まれてしまった。




朝、カーテンを開ける音とまぶしい日差しで目が覚める。かな子は思わず頭から布団をかぶったが、それを若い男の声が呆れた声でえた。

「もうすぐお昼になっちゃいますよ。いい加減起きたらどうでしょうか」

「もうちょっと寝させてよぉ~残業明けはきつい……ん?」

流暢ではあるがどこか日本人っぽくない声にかな子は答える途中、異常な事態であることにようやく目覚めた頭が追い付いてきた。

「え、う…うそ?!だっ…だ、だだっ……?!」

思わず飛び起き声の主を見た。いつの間にかベッドの横に来て、かな子を見下ろすようにする男は、ベッドに座っていても良くわかるほど背が高い男だった。金髪で目が青く、こんな状況でなければきっと黄色い声を上げていただろう。

しかし、感極まった感情とは間反対の叫声おあげようにも、恐怖と驚きで声すらまともに出せなかった。

ただ口をパクパクさせることしか出来ないかな子に、男は特に気にする様子もなく、友人のような笑顔を浮かべたままキッチンへ向かう。

「もうお皿くらい片付けなよ。キッチン片付けちゃうね」

と、水道のレバーを上げ、きれいに片付けられたキッチンに水を流し始める。そのまま寝室やリビング、お風呂場やトイレ、玄関や廊下に至るまで入念に何かを始めた。

恐怖に支配され、息をするのもやっとであるかな子はただただ目で追うことしか出来なかった。どのくらいか経っただろうか、水を止め、ようやく作業が終わった様子の男は再びかな子がいるベッドに戻ってきた。

男は、かな子と目線を合わせるように屈むと

「ここは安全なようですので、これから大事な話をします。念のため隣の人にも聞こえないように小さな声で話します。非常識ではありますがどうか最後まで聞いてください」

と、深刻そうな表情でかな子を見つめた。男は有無を言わせない圧を出していたが、そうでなくとも抵抗の意思などないかな子は必死に首を縦にふった。

「ありがとうございます。実は私はある国の、とあるお方の護衛をしております。こっそりあそ…視察に日本へ来ていました。しかし追っ手が現れ逃げている途中SP達とはぐ、いえ…そのお方と散り散りになってしまったのです。心配はご無用です。追っ手は完全に撒いています。しかしこのままでは見つかるのも時間の問題です、少しの間かくまっていただけませんか?」

と話し終えると、男はかな子の目をじっと見つめた。

かな子は疑問や言いたいことがたくさんあったが、まだ声がうまく出せないでいた。

時間をかけ、ようやく出てきた言葉に男は怪訝な顔をしていたが、身ぶり手振りで声が出せないことを伝えると、申し訳なさそうに苦笑いをしながら、「わかりました、いいですよ」と言い、ポケットからスマホを取り出した。



実は男はSPではなく他国の王子であることを打ち明けられるのは、まだ先の話である。

後に「文字での会話ならもっといっぱい手段があったはずだよね」と2人の笑い話になるのであった。



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