雪男を探して

292ki

雪男を探して

雪山での遭難事故が問題視される中、毎年毎年知ったことかとばかりに真白に染まる山岳に泊まり込む男を誰か一刻も早く精神病院に突っ込んではくれまいか。

俺は今年も飽きずにこの山小屋のドアを開け、住み込みの支度をはじめた男を見て、そう強く思わざる得なかった。


俺は山小屋の管理人である。管理人であるが故に、年中この場所にいる。殆どの季節を穏やかに過ごしているが、冬だけは違う。この復讐に取り憑かれた男がイカれた目標を胸に数ヶ月間泊まり込みをはじめるからである。

男の目的はただ一つ。「雪男をぶっ殺すこと」。

雪男。それはファンタジーの中だけの存在で、現実なんかにいるはずないんだからそれをぶっ殺すなんて阿呆みたいなこと考えずにもっと生産的なことに時間を使いなよ。

そう言えたらどんなに良かったか。

残念ながら、この山にはマジでいるのだ。その雪男が。あえて出会うのは困難だが、身体が大きく、気性が荒く、人間の肉が好物の、冬だけ活発に活動するバケモノがこの山には実際住んでいるのである。

かく言う俺も雪男に会ったことがある。あれは天災と同じで出会ってしまえば死を覚悟するしかない。滅多に人前に出てこない代わりに、人を見つけたら殆ど確実に殺す。その様に遺伝子にプログラムされている生物なのだろう、きっと。


この男は数年前、目の前で雪男に友人をぶっ殺された。友人がバリバリ食べられてる間に逃げおおせ、命だけは助かったが、それでおかしくなってしまった。

それ以来、打倒雪男を掲げて毎年冬に大量の食料と武器を持ち込んで日がな一日雪男を探すようになったのだ。ぶっ殺すために。

ただ、雪男は会おうと思って会えるものではない。男は毎年飽きずにやって来るが、その度に時間を無駄に浪費して帰っていく。


「今年こそ、見つけ出してあのバケモノを殺してみせる」

「それ、去年も一昨年も言ってたぞ。もうそろそろ諦めろって。周りの人達も心配してるだろ。そもそも、雪男に会ったって返り討ちにされるのがオチだ。やめとけやめとけ」

「皆もう止めろって言うけど、簡単に諦められるはずないだろ。だって、アイツは俺の友達を食い殺しやがったんだ。俺だけ助けてもらってのうのうと生きれるはずがない。アイツが喰い尽してしまったから、骨の一欠片すら彼の墓の中には入っていないんだ。そんなの、理不尽過ぎるだろ」

「…仕方ないだろ。実際に雪男に会っていない奴に信じられるはずがない。お前の友達は不幸な事故で遭難して亡くなって、死体はこの雪山に埋まってる。皆そう考えて納得した。お前もそれで納得しろよ。楽な道を選べ。理不尽に屈しろ…あえて不幸になろうとするなよ」

「俺は絶対に、絶対に許さない。絶対に仇を討ってやる。きっと、彼も、俺の友達もそれを望んでる」

「だからさぁ、誰もそんなこと望んでないって!雪男をぶっ殺すなんて阿呆みたいなこと考えてないでさぁ…」

「…なぁ、何で君はあの時俺を助けたんだろうな。君の方が何倍も生きる価値があったのに。俺は…あのバケモノを殺すことでしか君に恩返しが出来そうにないんだ」

男が虚ろに微笑む。無力感と、悲しみと、絶望と。全てが混ぜこぜになった俺の大っ嫌いな顔だ。

男は言いたいだけ言うと、リュックを担ぎ、手に斧を持って扉を開けた。

ビュウビュウと雪と風が小屋に入り込む。

「行ってきます」

「…行ってらっしゃい」


挨拶を返し、おざなりに手を振って男を外に追いやった。本当に俺の話なんて聞きやしない。早いところ誰かアイツを病院に突っ込んでくれ。二度とこの山に来れないようにしてくれ。雪男のことなんて忘れて、目の前で食べられた友達のことなんて忘れて、普通の人生を送ってくれ。

「何で助けたかって、そんなの幸せになって欲しかったからに決まってるだろ…」

思わず顔を覆う。幸せになってほしかった。今も昔も変わらない。アイツが幸せになってくれるなら、雪男にバリバリ食べられたった構わなかったし、自分の墓が空っぽだって別に良かった。

ひゅうと雪風の名残が俺の透明な体をすり抜けていく。

「お前が幸せになってくれるなら、幽霊になって、この場所に縛られたって何一つ問題がなかったのに…ままならないなぁ」


たった一人の友達も幸せに出来ない。俺は無力だった。


雪男が出ると噂される雪深い山の中。

男は今日も雪男を探している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪男を探して 292ki @292ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ