時計

高透藍涙

第1話

 瞼を押し上げると、明るい陽射しにくらくらした。もうとっくに日は昇っているよ   うだ。

 俺は、ぼうっとする頭でぽつりとつぶやいた。壁掛け時計は午前9時00分。

 スマホで時刻を確認したら10時だった。恋人との待ち合わせは10時……。

 スマホの時計が狂う可能性は低いから、時計が、止まっているのだとわかった。

「最悪や……」

 何で、今日に限ってこういうアクシデントが起きるんだろう。

 いつも、運に恵まれていると自負していたのに。

 早く準備をして家を出なければ。

 顔を洗い服を着替えた俺は、携帯と財布を手にして独り暮らしのアパートの部   屋を後にした。

 駅に着くと、乗る予定の電車が来たところだった。

(セーフ!)

 心の中でいいつつ電車に乗り込むとつり革を掴む。

 電車は、ぎゅうぎゅうのすし詰め状態だ。

(利便性がいいとこに住んでるんやからしゃあないか)

 15分ほどで電車を降りると、雨が降っていた。

 今日はどれだけついてないんだろう。

 駅前広場に着くと、青い傘を差した恋人がいた。

「……悪い。時計が、とまってて」

「別に怒ってないけど」

「ごめん。今日はおごるから堪忍して」

 冷たい雨の中で待たせたことに、申し訳なく思う。

「……雨が上がったみたい」

 どうやら、通り雨だったようだ。

 雲が遠ざかり、陽射しが降り注ぐ。

 愛しい恋人は、怒っていたのが嘘だったかのように優しく微笑んで、

 持っていたペットボトルを差し出してくれた。

ミネラルウォーターだ。

「ありがとう」

「家を出るまですごく急いでくれたんだよね。

 遅れたことより、そのことが嬉しいよ」

 恋人は、とても強いが愛にあふれた人間だった。

 背中に腕を回して強く抱きしめたら、相手は腕の中でうめいた。

「待っててくれてありがとう」

「当たり前じゃん」

 ずっと頭が上がらないんだろうなと思った。

「今日って大事な話があるんじゃなかった?」

「一緒に暮らさへん? 」

「時計が止まるとか、もうなくなると思うよ」

 それが、返事だった。

 抱きしめていた体を離すと、手を繋ぐ。

 握り返された手の強さに胸が震えていた。

 


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時計 高透藍涙 @hinasemaya

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