きれいな人
たまに、本当に心が綺麗な人に会う。
その人と共通の知人について話しているときに、私は嫌味じゃないのかと思うような話を聞くことがあるのだが、その心の綺麗な人は、本当に、嫌味に気がついていない時がある。
昔、そういう心の綺麗な人になりたかった。
人を観察して、分析している時点で、もうそんなふうにはなれないのに、わかっていたのに、どうしてもそういう人たちに憧れた。
きっと、よく言われるように、人の心は鏡で、人の計算に気がつく人は自分が計算している部分があるから目敏くなり、人の悪意に気がつく人は自分の悪意と戦っているからなのだと思う。
わたしは自分を俯瞰してみる方の人間であると思うし、自分の内側を見せるのに抵抗がある人間なので、やっぱり同じタイプの人間をみて、ああ、この人が見せている姿はこの人の本当ではないのだろうなとすぐ思う。
本当の自分を見せるのがいいというわけではなくて、むしろ、ずっとありのままの自分でいることは不可能だと思うのだけれど、やっぱり、なんとなく感じる。
だからこそ、真っ直ぐな人に憧れていたのだと思う。
真っ直ぐな人は強い、気がする。
その人も、もしかしたらわたしが真っ直ぐだと見ているだけで内側から見たら曲がりくねっているのかもしれないけれど、そう見せられるということが、もし計算であったとしても、綺麗だなと思う。
むしろ、計算しない人なんているんですか?
わたしはその人が幸せであることを祈る。
なるべく、悪意に邪魔されないように、騙されないように、その人がそのままでいられることを、祈る。
他人に自分の気持ちを押し付けることはしたくないので、わたしはただ、祈るだけ。人間は変わっていくものですし。
その人が、今日も空気を吸って幸せだと思えますように。
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