エモーション・ギア・ヘッド

刻堂元記

第1話 エモーション・ギア・ヘッド 感情と思考を読み取る装置

 新型ウイルスの蔓延とワクチンの開発長期化に伴い、人々は自分の命を守るために、率先してマスクを装着するようになった。しかし、マスク越しの会話だと感情が読みにくく、声も聴きとりづらい。これは、ウイルス社会がもたらした負の側面でもあった。だが、そんなときに、このような問題をすべて解決してくれるような製品の宣伝がネット広告で流れた。


マスク越しでの会話だと相手の表情が見えなくて大変ですよね。

でも、大丈夫!

この、独自のネットワークを搭載したエモーション・ギア・ヘッドをお互いに使えば、

相手の感情どころか、思考まで読み取ってくれるんです!

これで、対面でのビジネス会議も、デートもばっちり!


 この装置の仕組みは、こうだ。脳内で発生した電気信号を電極によって読み取り、さらには特殊な素材を使った全方位型ネット(網)を採用し、装置の中に内蔵することで、脳の活動をリアルタイムで検知し、そこから得た情報をもとに、その人が今どんな表情で何を考えているかをエモーション・ギア・ヘッドを通して、相手に伝える。


 この製品の発売が発表された当初、タイムラグや精度の点から、実用性を疑問視する声が多かった。しかし、SNSなどで評判が広がったことにより、少しずつではあるが、このエモーション・ギア・ヘッドの売り上げは伸びていった。

 

 そして、意外にも、この製品は、開発者が想定していなかった場所で、その能力を発揮することになった。それが病院である。エモーション・ギア・ヘッドは、意識のない人にも装着し使用することができたため、医師は、これを使って、重い病気を患っていてうまくしゃべることができない患者や、意識不明の重症患者に対して延命治療を行うかどうかの判断を下していた。


 だが、この製品も、その他すべての流通商品と同様に、良いことばかりではないことが、しばらくして人々の間で認知されるようになった。相手の感情と、おおよその思考が分かってしまうので、使う人同士によっては、関係が悪化することも珍しくなかった。


 つまり、自分が心の中で思っていることが、自分と同じようにエモーション・ギア・ヘッドを使う相手にも伝わってしまうので、エモーション・ギア・ヘッドをつけている間は、表向きの言葉で発言することが無意味となってしまったのだ。


 その結果、一般人の間でのエモーション・ギア・ヘッドブームは下火となり、教育現場や病院など限られた場所でしか使われなくなった。


元エモーション・ギア・ヘッド愛好家のある人は、社会にこう問いかけたことがある。


「それでも、エモーション・ギア・ヘッドは、あなたの生活に必要ですか?」

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