第41話 混血児リリアン・リード2


 そこは、血や排せつ物の臭いの混ざった汚物の掃き溜めであった。

 周りには、まるで玩具や虫を解体するかの様に拷問を受け肉片となった同胞の亡骸が無数に転がっている…。

 そして、私の膝元には母の死体がしがみ付いていた。

 幼い私は恐怖に震えていた…。



 ◆◆


 グランデ帝国首都セバスティアーノ

 リッキーリード邸宅


 

 ふう…また、いつもの悪夢を見ていたようだ…。

 私は大きな天蓋の付いた豪華絢爛なベッドで目を覚ました。


「どうしたリリアン?

 随分と、うなされてたみたいだが。

 そのベッド寝心地悪かったのか?」


「リッキー様!

 とんでも御座いません!

 私には身に余る待遇です。

 申し訳けありません!

 寝過ごしてしまいました!」


「別に構わないよ。

 それに俺はリリアンの御主人様じゃなくて

 父親なんだよ。

 そんな仰仰しい呼び方はやめてくれよ」


「いえ!貴方は私の救世主です。

 リッキーリード様」


「仕方ない奴だな…。

 まあ好きに呼んでくれ」


 そして、ここに来てから日課になっていた午前の授業が始まる。

 彼はまず私に、読み書きから教えてくれた。

 文字が扱えれば魔導書等でいくらでも新しい魔術を覚える事が出来るし何よりも暗記した呪文を忘れてもメモしておく事が出来、何かと役立つからとの事だった。

 彼の話は、頻繁に自身の自慢話が入るが、とても優しく丁寧に教えてくれた。

 思えば、他者にこんなに親身になって貰えた事など今迄なかった。

 私は座学に関しては苦手だったか彼は決して私を見放す事なく真摯に向き合ってくれた。

 表向きの軽さとは真逆で彼は非常に真面目で、尚且つ優しい人だった。

 それを照れ隠しで演じる不器用な人なんだと思うと彼の事を愛おしいと思える様もになった。


 ある日、彼が珍しくハイテンションで現れた。

 徹夜をされたのか目にはクマがあった。


「喜べリリアン!

 遂に完成したぞ!」


「完成…ですか?

 一体何がですか?

 リッキーリード様…」

 

「聞いて驚け!

 天才大魔道リッキーリード

 最新魔術、

【文字及び言語瞬間学習術式】だ!」


「【文字及び言語瞬間学習術式】ですか?」

 

「俺が今まで学習した言語や文字を

 魔方陣に情報として保存し、

 対象者はその語学知識を

 瞬間習得出来る大魔術だ!

 これは世界の知識共有において

 大革新を起こす傑作魔術だ!」


「それは素晴らしいですね!

 流石はリッキーリード様です!」


 この術式により、私の魔術の習得スピードも飛躍的に上昇した。

 彼はその神の如く強さだけでなく、天才魔道士バーガンディに劣らぬ明晰な頭脳から最新魔術研究、魔道具開発等のアカデミックな分野においても世界最高峰の知識を有し、私にとって決して到達不可能な憧れの存在となっていた。

 強く聡明で美しく彼は私の中で絶対的な存在として神格化されていった。


 その後、リッキーリード様のお陰で私は驚異的な成長を遂げ、世界屈指の軍事力を誇るグランデ帝国内でも有数の魔力量を持つ戦士に成長し名実共にリッキーリード様様の側近として使える事となった。


 しかし、魔族との混血である私が帝国軍事力にも影響を及ぼす程の力を持つ事に対して帝国内では不満を持つ者も増えて行き帝国内で私を危険分子とみなし、徐々に敬遠され始めた。

 帝国幹部達はリッキー様がいない時は私を露骨に毛嫌いする者も増える様になった。


 考えてもみれば帝国騎士精鋭部隊すら手を出せない人間がリッキー様以外にもう一人増えて更に常に行動を共にしているのだ、快く思わない人間いると考える方が自然だろう。


 ある日、リッキーリード様が魔族大帝アドリアーノ殿を紹介して頂けることになった。

 話によると人魔戦争が終わった魔族大陸グランデネロは、未だ一枚岩ではなく反乱分子による内戦が続き治安維持の為にアドリアーノ大帝が私に治安維持部隊を指揮して欲しいとの事だった。

 おそらく、グランデ帝国内での王侯貴族達からの風当たりの強くなってきた私に配慮しての人事移動を考えて下さったのだろう。

 

 私は彼と離れる事は辛かったが何よりもリッキーリード様からの初めての御命令でもあった。

 命を賭しても務めあげる覚悟で挑もうと心に決めたのであった。


 そして私は頂いた任務を必死に遂行した。

 次第に部下も出来たのでリッキーリード様との伝達役を付け、彼の様子を伝えて貰った。

 

 ある時、リッキーリード様が魔族大陸グランデネロに御訪問された。

 なんでも無人島に別荘を作ったのでグランデ帝国のドロドロした人間関係に、疲れたから仕事がない日はそこに住んで魔術研究を続けたいとの御考えだった。



 しかし……。


 リッキーリード様の御顔を見たのはそれが最後となった。

 その後、彼は二度と私達の前に帰ってこなかった…。


 続けて、リッキーリード様は消滅したかも知れないとの情報が入った。


 アドリアーノ大帝は何らかの情報を掴んでいる様だったので、私は半狂乱になって問い詰めるとグランデ帝国内の反リッキーリード派の何者かが古代禁忌魔術を使う呪術士を雇い彼に封印の呪術をかけた可能性があるらしかった。


 私はすぐさまグランデ帝国に向かい側近のスカペリを締め上げた。

 スカペリはやはり知っていた。

 情報を聞き出し、スカペリをはじめ、呪術士と雇った王侯貴族達を皆殺しにして回ったが結局黒幕は分からなかった。


 私はリッキー様を失った絶望の中、後を追うつもりでアドリアーノ大帝に敢えて危険な紛争地帯に派遣される事を志願した。


 しかし私は生き残った。


 200年の時を経て、いつしか魔族大陸最強の女戦士へと成長していた。

 私が戦った戦場は血に染まった大地と化していた。

 私はいつしか『ブラッドフィールド』の二つ名かつく様になっていた。

 

 私は次第に彼が死ぬ訳が無いと信じ、待とうと思える様になった。


 いつの日か私の救世主リッキーリード様の復活の日を信じて……。





  

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