第2話

 ここは地獄の一丁目。その総務部エリアの一室に昨年設立されたばかりの庶務課女の城が存在する。

 構成人数は課長以下総勢7名。そのいずれもが大罪の名を冠する曲者女子あからさまにダメな奇人変人であり、不肖アタシめも含め職員の間では畏怖を抱かれるほどのちょっと敬遠された存在だ。


「んで“傲慢”はなに見てんだにやにやしやがって気持ちワリィな」


 確かに“傲慢”主任はさっきからずっと薄ら笑みでにたにたとスマホを眺めている。まあぶっちゃけちょっとキモい。


「エリザベスちゃんですわ」


「なんだそれ、醜いアヒルのオバケみたいなアレか」


「なんです失敬な。我が家で飼っている猫ちゃんですわ。よろしい、特別に皆さんにも見せて差し上げましょう。我が家の美しいエリザベスちゃんを!」


 そう言って社内SNSに画像が送られてくる。


 美しい白と灰の毛並みふわっふわで

 上品でありながら愛嬌のある顔きゅるるんとした

 それでいて肉食獣であることをケモノっぽさも忘れていない野性味のある体躯にゃんこボディ


 しかしそれ以上に。


「猫…にしてはでかくないかこれ」


 アタシの向かい、つまり“色情”係長の隣に座っていた“強欲”先輩が呟く。


「先月計ったときは体重7kgほどございましたわね」


 重いなあ。でも決して太っているわけではなくそういう種類の猫なのだそうだけど、いやあそれにしても大きい。

 などと思っている間にも“傲慢”主任が際限なくぽこじゃか写真を送ってくる。


「さあさあどうぞ心行くまで御覧になってくださいまし。はあ、もう早く帰ってエリザベスちゃん吸いたい」


「「「「「「なんて」」」」」」


 本人以外の全員が異口同音に呟き一瞬ハモってそのまま水を打ったように静まった。


「お仕事辛いですわあ、ああ愛しいエリザベスちゃん、あなただけが癒しですのよ。はやくわたくしにそのおなかを晒してくださいまし」


 絢爛豪奢な金髪が眩しいゴージャスでゴールデンな、7人の中でも一二を争う美しい容姿超絶美形

 同じ制服を着ていても小物のセンスなどで格の違いを見せつけてくる場違い感にあふれるお嬢様の“傲慢”主任が。

 恍惚の表情でうっとりと飼い猫の写真を見つめながらお腹に顔を埋めて吸いたいとか呟いてる姿はあまりにもシュールなんですが。


 アタシ以外の5人も同じ感想を持った気持ちになったみたいで全員が口を閉ざすなか、ただひとりエリザベスちゃんの可愛さにウチの子自慢をキメて陶酔トリップしてる“傲慢”主任の「可愛い」「吸いたい」「エリザベスチャン…」みたいな小さな呟きだけが庶務課室内にBGMのように流れている。


これはキツい。誰か、誰かなにか言って。アタシは先輩方から視線を逸らしてぐりっと頭の向きを変えて後輩たちを見た。

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