第7話 キモデブは祭りを知る!

「これ、祭りってやつだよな」

 

 俺の隣で葛城が、ボソリと呟く。

 

 ――放課後。

 

 教室内では、劇に関わる各担当者が、テンヤワンヤな状態で忙しく作業をしていた。

 

 中心に立って、監督の遠田が、あれやこれやと指示を飛ばしている。

 俺自身は、リーダーというものの重要性を改めて理解した。

 

 遠田ではなく、やる気のない人間が監督だった時のことを覚えているのだ。

 

 当時は、ロミオ役が俺というせいもあったはずだが、連中のやる気の無さは、ゼロどころかマイナス状態だった。

 

 今回はまったく違う。

 

 エージとエータ、あとはその取り巻きたちが、この場にいないのも良い方向に作用していると思う。


 完全にサボることに決めたようだ。

 ああいう連中は、ポジティブな情熱を持った集団には、入り込んでこれないことが多い。


 クズだが嗅覚は鋭いので、そういった集団では居心地が悪くなることを知っているのだろう。

 

 こうして、俺たちのクラスは、遠田という演劇熱風にさらされ、葛城が言うように祭りの様相を呈しているわけである。

 

 主演女優である星河と、他のクラスメイトたちとの間でも、徐々にではあるが細いながらも絆というものが出来つつあった。

 

 今も衣装チームが、星河のサイズを測っている最中、チョッカイを出そうとする男子に対して「エロい目で見んな」などと言って追い払っていたりもするのだ。

 

 まだまだ簡単に切れそうな糸ではあるものの、彼女への嫌がらせは随分と減ってきている。

 

「まじトラにもさ、こういう回あったよなぁ」


 何かといえば、『まじトラ』を持ちだす男だ。

 まあ、俺も好きなので構わないのだが。

 

「クラスで団結して、文化祭成功させるぜーってやつ」


 確かにあった。

 

 主人公のカナエたちが所属する無気力クラスが、カナエの熱意に動かされてカラオケ喫茶を成功させるというエピソードだった。

 

 ただ、カナエの暴走で、ほぼホストクラブのようになってしまい、学校からこっぴどく怒られるというオチは付いたのだが。

 

「でも、あんなの現実には無理だろって思ってた」

「うん」

「こうやって実際に経験してみると、なんか、いいもんだよな」

 

 それは俺も実感していることだ。

 俺には縁のない世界だと思っていた。

 実際、リバース前は、3年間通して縁が無かったのだ。

 

「かぁー、なんか燃えてくる……ぐわッ」


 ぜ、と言おうとしたところで、遠田に耳を掴まれる葛城。

 

「いでぇ、と、遠田」

「監督でしょ」

「監督……」

「なーにが燃えてくる、よ。まだ覚えてないセリフあるんだから、無駄口叩かず練習練習!」


 うるせーなと言う葛城は、耳を掴まれたまま遠田に連れていかれた。

 

「あ、デブオミは、コンビニ行って買い物ね。はいこれ」


 訂正するのも面倒になっていたので、俺は黙って買い物リストを受け取り教室を出た。

 

 遠田から、徐々にこのあだ名が広まってしまうと困るな……。

 そんなことを考えながら、学校そばにあるコンビニに向かう。

 

 最寄りのコンビニということで、当然多くの生徒たちが利用する場所だ。

 中にはコンビニ前に座り込む生徒などもおり、店側からは度々苦情が来ているらしい。

 

 そして、今日は、俺としてはかなり出会いたくない連中が、コンビニ前にたむろしていた。

 

「つーか、なんかムカつかねえか?」


 エージが、エータと、取り囲んでいる三人の女子たちに向かって話している。

 

「アバズレが調子に乗りやがってよ~」


 恐らくは、星河のことなのだろう。

 気付かれないようにしながら、ゆっくりと歩く。

 

「タキタのくせになぁ」


 ん?

 

 星河のことでは無かったのだろうか。

 それにしても、タキタといえば、ええと、誰かいたような――。

 

 あ、ゴトウ工務店だ!

 いつも、バイト代の入った茶封筒をくれたオバサン。

 

「ともかく、楽しそうなのが気に入らねえ。あんなクソみてーな劇で、クソっ」


 クソみたいなヤツが、クソと2回言ったのが気になったが、それより「劇」というのは、あの劇だよな。

 

「失敗させちゃえばあ?」


 エータの隣にいた、頭の悪そうな女子が言った。

 クラスメイトだが、名前を覚える気はない!

 

 ちなみに、話しながらエータに尻を触られている……。う、羨ましくなんかないんだぞ。

 

「やっちゃうか?」


 エージとエータが顔を見合わせて、何やら良からぬ笑みを浮かべる。

 どうにも、ロクでもないことを考えているようだ。

 

 しかし、どうやって失敗させるつもりだろうか。

 

「どきなさい」

 

 おわっと。

 

 いつの間にか、無気力無関心の担任教師が背後にいた。

 エージたちの話しが気になって、コンビニ前の自動ドアを俺が塞いでしまっていたらしい。

 

 俺も慌ててコンビニに入ると、エージたちがこちらをチラリと見たのが分かった。

 目を付けられないといいんだが……。

 

 と、俺は一抹の不安を覚えるが、とりあえず頼まれた買い物を済ませることにした。

 

 担任教師の方といえば、コンビニ外にいるエージたちの姿を、店内から無表情に眺めている。

 

 注意くらいしたらいいのにな。

 不気味な教師である。

 ともあれ、明日はクラス劇のリハーサルがある。


 カリカリしている遠田に怒られると怖いので、買い物を済ませて急ぎ足で教室に戻った。

 

 ◇

 

 放課後の大講堂。

 舞台袖に、ほとんどのクラスメイトが集合していた。


 テープどこー?

 ちょ、メイクのコ来てよ。

 照明スタンバイOK?

 おーい、出演者集まってー。

 

 などなど、昨日に引き続き、相変わらず祭りは継続しているようだ。

 

 今日はリハーサル日なのである。

 

 文化祭の本番を控えた1週間前、各クラス1度だけ舞台上でリハーサルをする。

 

 もちろん観客はいないのだが、それでは緊張感が無いということで、担任教師含めて何人かの教師が客席に座っていた。

 

 今回の衣装チームは、一味違うらしい。

 貴族然とした衣装に身を包む星河や葛城、モンタギュー家などの脇役たちを眺める。

 

 中でもやはり、ロミオとジュリエットの衣装にはかけた情熱と気合が違う。

  

 ジュリエット役の星河などは、深窓の令嬢といった雰囲気で、これまで以上に遠い存在に見えた。

 

 非常に限られた予算のなかで、良くこれだけのモノを作れたと思う。

 ひょっとしたら、演劇に身を捧げている遠田などが、身銭を切ったのかもしれない。

 

 そんな事をボンヤリ考えていると、葛城が俺に近づいてきた。

 

「うー、緊張するぜ……」


 よく見たら、脚元がすでにブルブルと震えていた。

 

「アンタ、リハで震えてどうすんのよ!」


 そう言いながら、遠田に頭をハタかれる。

 なんだか、夫婦漫才に見えてきたなぁ。

 

「遠田、こんな時に悪いんだけど」

「ん、デブオミどーしたの?」

「その、なんだ…」


 という感じで、盗み聞きしたエージたちの会話を遠田に伝えた。

 

「失敗っつってもねー」

「まあ、方法は見当もつかない」

「だよね……フム」


 そう言って遠田は腕を組んで考え込んだ。

 

「ま、とりあえず、後で考えるか。もうすぐリハだし」

「分かった」

「それより、あんたはシッカリ発声しなさいよ。イケボなんだから」

「わ、分かったよ」


 ブ――!


 そこで、本番さながらのブザー音が鳴る。

 星河も緊張した様子で、幕が上がるのを待っている。

 

 実際のところ、ローブのような衣装のためバレていないが、俺も脚が震えていた。

 

「アンタたち!!」


 遠田が、クラスメイト全員を見つめて、拳を突き上げる。


「魂込めていこう!!」

「お――!!!」


 演者やスタッフたちに最後の活を入れた。

 いよいよ、リハ、開演である。

 

 ――ロミオとジュリエット。


 シェイクスピアの有名な悲劇であり、見たことが無くとも内容はうっすら知っている人が多いだろう。

 

 色々端折って説明すれば、仲の悪い名家の男女が出会って、恋に落ち、そして最後は勘違いによりふたりとも死んでしまうのだ。

 

「おお、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」


 このセリフ、誰しも1度くらいは目にしたことがあるはずだ。

 ただ、これを人前で、それも多くの観衆の前で言うのは、かなり恥ずかしい。

 

 というより普通の素人は言えない。

 

 ゆえに文化祭で演じる劇としては、あまり相応しくないのだが、星河はリハとはいえ見事に演じ切った。

 

 一方で、葛城演じるロミオは少々弱いかなというのが正直な感想だ。

 セリフも覚えてよく頑張っていたのだが、声の通りが悪いと言えばいいのだろうか。ともかく弱いのである。

 

 だが、結果を総合するなら、かなり良い出来だったのだろう。

 なにせ、幕が下りた際、教師たちが熱烈な拍手をしていたのだ。

 

 生活指導部のキミコ先生などは、立ち上がって拍手をしてくれた。

 何の感情も見せていないのは、我らが担任教師くらいである。

 

 遠田の演劇に対する情熱が、このクラスの全てを変えてくれるのかもしれない。

 俺は、そんな期待から、柄にもなく少々アツイ気持ちになっていた。

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