第6話 キモデブはイケボである!

「違う違う。あーもっと、こう気持ちこめて出来ないわけ?」

「だ・か・ら、これが全力だっての」

「だったら、読み込みが足りない!もっと、こう必死になるべきしょ。このシーンは」


 というようなやり取りを、先ほどから1時間以上は聞かされている。

 

 頭から湯気が出そうなほどに怒っているのが、監督となった【遠田とおだ 千佳ちか】。

 

 うんざりだぜ、という表情で不貞腐れているのが、俺のトモダチである葛城だ。

 俺がロミオ役にされたリバース前は、やる気ゼロのヤツが監督をしていたのだが……。

 

 遠田はやる気満々である。

 また、星河に対して一切嫌がらせをしてこなかった、数少ない生徒のひとりでもあった。

 

 ただし、リバース前の世界で、俺のことをデブオミ呼ばわりしていたことは忘れていない……。

 

 ジュリエット役の星河はというと、窓際にもたれ真剣な表情で脚本を見ている。

 小さく唇が動いているのを見ると、練習でもしているのだろうか。

 

 ひょっとして、案外、やる気なのか?

 今日は、放課後の教室で、監督命令によって主要キャストたちは稽古中なのである。

 

 メンバーとしては、監督とセリフが多いキャスト以下5名。

 

 ・ロミオ 葛城健吾。

 ・ジュリエット 星河みのり。

 ・ロレンス神父 俺。

 ・パリス 五十嵐宗助。

 ・監督 遠田千佳

 

 ちなみに、パリス役の【五十嵐いがらし 宗助そうすけ】はクラス委員でもある。

 

 と言っても、人望があるというより、担任教師によって選ばれたというだけだ。

 だからこそ、あの鬼畜モードシステムを平然と起動できるのだろう。

 

 そのせいで、本人もパリス役に選ばれてしまうという皮肉な結果になっているわけだが……。

 

「ほら、アンタらもボサっとしてないで、セリフ叩き込んで」


 遠田が、俺と五十嵐を睨む。

 睨まれると怖いので、俺は、いそいそと脚本に目を落とし自分のセリフを追いかける。

 

 脚本は遠田が書いてきており、5幕構成のロミオとジュリエットを、クラス劇サイズに上手くまとめてあった。

 

 そんな俺たちの様子を見て、遠田はフムフムと頷いてくれた。

 

「葛城ッ!そこは、声を張るッ!」

 

 そして、また、主演の葛城をシゴキに戻っていくのであった……。

 

 ――2時間経過。

 

「よーし、みんなお疲れ様!」

 

 ようやく遠田が、本日の稽古終了を宣言した。

 慣れない演技の練習で、みんな疲れていたのでホッとしたはずだ。

 

 読み合わせなんかもしたのだが、星河は演技がサマになっていた。

 なんだか、ジュリエット役に適任なのかもしれない。

 

 それに比べて男チームは、やはりダメだった。

 少し反省しながら帰り支度をしていると――、

 

「ちょっと、寄り道してこーか?」

 

 という提案が、遠田からあったのだ。

 塾があるという五十嵐は帰り、残りの3人は何となくその場に残った。

 

「で、どこ行くんだよ?」


 葛城が、いがみ合いの余韻を残したまま、不機嫌そうに言った。

 

「初日稽古終わりの慰労会」

「はあ?」

「お疲れさんってね。やるでしょ、こういう時は」

「やるでしょって……そんなの知らねぇよ」


 ブツブツ言いながら葛城も、遠田の後に続いて歩いていた。

 実のところ、こいつも俺と同じ気持ちを抱いているはずなのだ。

 

 メンバー構成に不安要素があるとはいえ、女子と放課後に寄り道をする!

 これは陰キャ暮らしをしていた男子にとっては、まさに夢のまた夢。

 

 俺など、陰キャどころかイジメられっ子――いや現状では「元」イジメられっ子だが、このような奇跡は想定外と断言できる!

 

 などと考えている間に駅前のファミレスに到着。

 ここはマンションの1階部分が、ファミレスになっている。

 4人で入店し、頼むのはもちろんドリングバーだ。

 

 家族と何度か来たことのある店だが、ここに同級生と来ることになるなど感慨深いものがある。

 

「問題は、さ」


 オレンジジュースをゴクゴクと飲み干してから、遠田が口を開いた。

 

「やっぱり、アンタなのよ」


 ビシッと人差し指を葛城に突き立てる。

 

「な、これ慰労会じゃないのかよ」

「反省会も兼ねてんのよ。慰労だけじゃ成長しないでしょーが」

「チッ、仕方ないだろ。やったこと無いんだし」


 遠田が人差し指を左右に振る。

 

「ジュリエットは、まあ及第点」

 

 確かに、星河は完璧にセリフを覚え、素人ながらそれなりの芝居を見せてくれた。

 

 もちろん情熱的な演技というわけではないが、素人がそこまで気合いを入れても寒いので、まさに丁度いい感じなのだ。

 

「何より、可愛いしさ。結局」

「……そんなこと無いよ」


 星河が、ちょっとうつむき気味に言う。

 会話しとる――というのが俺の感想だった。

 

 稽古中、少しだけだが、俺と星河も何度か会話をした。

 必要なやり取りをしたに過ぎないが、何となく大きな一歩であるような気がしたのだ。

 

「で、このデブオミ」

「細臣だ」


 これも何度目かのやり取りである。

 どうも遠田は、俺がイジメられていようがいまいが、そのように呼ぶことになっているらしい。

 

「超絶、イケボである!」


 ズンと、遠田が胸を張るとメガネもキラリと光った。ただ、胸はあまり無いようだ……。

 

 星河もそれを聞いて頷く。

 

 なお、イケボとは、イケメンボイスのことで、声だけ聞くとイケメンに思えるというヤツだ。

 

「アンタ、普段ゴニョゴニョ話すから気付かなかったけど、キッチリ声出させるとイケボだわ」

「そ、そうなのか?」


 俺としては、まったくの初耳である。

 そもそも自分の声は、本人としては、違和感しか感じないものだ。

 

「そう。ま、ぶっちゃけロレンス修道士がイケボである必要性は無いんだけどさ」

「じゃあ、意味ねえだろ」


 と葛城が茶々を入れる。

 

「いやいや。声がいいと画も締まるんだよね。正直ロミオ役にふさわしい声なんだけどなあ。でもデブオミだしなぁ」


 おい……。

 遠田は、褒めつつ貶すという高等戦術を取るタイプなのかもしれない。

 

「けどさ、なんで、文化祭の劇に、そこまで入れ込んでるわけ?この配役見ろよ」


 そう言いながら葛城は、俺、星河、自分を指差す。

 

「俺もだけど、クラスのはみ出し者というか、余りものというか、そんな感じだろ」


 情けもデリカシーも無いセリフを言いだした。


「それはアタシも分かってるわよ」


 遠田にも、情けとデリカシーは無いらしい。

 

「だけどさ、舞台上では、そんなの関係ないし。何より、アタシは演劇が好きなの。この学校に演劇部が無いって知った時の絶望感が分かる?」

「え、無いの?」

 

 驚いた俺は、そう尋ねた。

 

 文化祭で1年生にクラス劇を強要する学校であるのに、演劇部が無いというのも不思議な話しだった。

 

「無いのよ。ビビったわよ私も。文化祭ではやらせるのにさ」


 遠田調べによると、5年ほど前に部員数減少で廃部となり、そのままの状態ということらしい。


 まさに、文化祭における伝統こそが、生徒たちから演劇部に入るという意欲を奪ってしまったのかもしれない。

 

「ま、大学生になったら、本格的に再開するとして、高校じゃあ、このワンチャンしか無いわけよ!」


 リバース前の世界では、俺がロミオ役という展開だから、監督に立候補しなかったに違いない。

 

 舞台が成立しないと考えたのだろう。

 実際、悲惨な結果になったからな……。

 

 そういう遠田の選択、行動は、ひとえに演劇を愛するがゆえにこそなのかもしれない。

 

「だからさ。お願いしますっ!」


 遠田が、両手を合わせて拝みながら頭を下げる。


「アタシを信じて付いてきて!!」

 

 真っすぐな瞳でそう言われた俺たちは、とりあえず黙って頷くほかない。

 その後も、慰労会という名の反省会は続き、葛城の生気が消えかけた頃ようやくお開きとなった。

 

「じゃ、また明日の放課後ね」

「まじかよ……。死ぬぜ」

「その程度で死なんわ。あ、えっとさ」

 

 と、遠田がスマホを取り出す。

 

「LINE交換しておこう。ついでに電話番号も」

「イタ電すんなよ」

 

 などと言いながら、少し嬉しそうに葛城もスマホを取り出した。

 

「するかバカ。基本LINEだけど、急ぎの時は電話よろしく」

 

 ということで、俺たち全員で連絡先を交換した。

 

「私、あんまり……電話だと、出られないかも……」

 

 申し訳なさそうに、星河が言った。

 

「へえ?」

「……その、ホントにイタ電多い時あって……ごめんね」

 

 星河の言葉に、一瞬気まずい空気が漂う。

 

「あ、いーよいーよ。なら、怖いよね。アタシも滅多に電話なんてしないから」

 

 和ませるように遠田が、手をワタワタと振りながら言った。

 

「うん。でも、みんなのは出るね。ちゃんと見る」

 

 スマホ画面を確認するのが、イヤな時もあったのかもしれない。

 こういうの、警察で何とかしてくれないのだろうか。

 

 そうして用件が済むと、「ここだから」と言って遠田はファミレス上のマンションに入っていった。

 

 慰労会を、このファミレスにした理由は、これだったらしい。

 勝手な奴だよなぁ、と葛城がブツブツと愚痴をこぼす。

 

 そんな葛城とも、|水無月橋(みなづきばし)を過ぎた十字路で別れ、最終的に残ったのは俺と星河のふたりだけだった。

 

 ハッキリ言って、俺の心臓はドクドクと早鐘を打っている。

 何を話せば良いのか、何も話さなくて良いのか、どうにも分からず結局何も話せずに無言だ。

 

 そもそも、俺が出来る話題といえばアニメかゲームくらいしかない。

 しかし、彼女が興味を持ちそうなジャンルが分からないしな……。

 

 堂々巡りする思考のなか、公園前を通り過ぎ、俺の住む小さな一軒家の前に到着してしまう。

 

「ここだから」


 俺がボソッと呟くと、前を見ていた星河がこちらに目を向けた。

 

「あ、うん。じゃあ……ね」


 と言って、星河は歩き始める。

 彼女の家は、もう少し先の方にあるのだろう。どこかはまったく分からないが。

 

「……くん」

「え」


 呼ばれた気がして、玄関に入ろうとしていた俺は振り返る。

 そこには、また戻ってきた星河が立っていた。

 

「細臣くん」

「は、はい」

 

 なんだか真剣な表情で名前を呼ばれたので、かしこまった返事をしてしまった。

 星河は、右手をギュッとして胸にあてる。

 

「が、がんばろうね。文化祭……がんばろうね」


 きっと、勇気を振り絞って彼女は言ったはずだ。

 ボッチだけなら、意外と耐えられる。

 

 だけど、それにイジメが加わると、やはり辛い。

 人としての何か大切なモノが、徐々に削られていく。

 

 分かりすぎるほどに分かる、痛み。

 星河は、今回の文化祭で何かを変えたいのかもしれない。

 

 と、そこまで考えて、俺は何と答えれば良いのか困ってしまう。

 なぜなら、彼女がイジメられているのは、俺がリバースしたせいなのだから。

 

 ――だから、黙ったまま何度も頷く。

 

 それを見た星河も頷き、そして少しだけ微笑んだ。

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