第5話 キモデブはロミオにはなりたくない!

 ――2学期、初日。


 すっかり日焼けした俺を見て、葛城はシッカリと驚いてくれた。


「お前、すごいな。何したらそんな黒くなるわけ?カブトムシでも……」

「バイトだ」

「え、やってたの?んだよ誘えよ~。俺も金無いのにさ」


 建設現場でこき使われていたことを説明すると、「俺は無理」とアッサリ諦めた。


 そんなことよりと、昨日の『まじトラ』が神回であったことについてアツク話し始める葛城。


 俺は、適当に相槌を打ちながら、前に座る星河の背中を眺める。

 休憩時間だが、相変わらずボッチとなっている。


 これは、リバース前の高校生活においても、3年間変わることのなかった光景だ。

 星河みのるは常にボッチであり、誰とも会話することなく卒業する。

 

 ただし、現状はリバース前よりも、さらにハードな状況となっていた。


 星河のそばを通る際、わざと机に足をぶつけるヤツ。

 ゴミを机の上に放り投げるヤツ。

 授業中に星河が当てられた時だけ、大きな咳やクシャミを連発するヤツ。

 ボッチ河などという、センスのかけらも無いあだ名をつけるヤツ。


 飽きもせず、毎日ろくでもない方法で星河をいたぶっていた。

 これらのイジメ行為をしているのは、エージとエータに限らない。


 そして今後、間違いなく、さらに過激な内容にエスカレートしていくはずだ。

 何しろ、このイジメを止める人間が誰もいないのだ。


 無気力、無関心の担任教師は、気付きもしていないし、気付いたところで関わり合いになることを避けそうなタイプ。


 俺や葛城を含む傍観者も、そんな担任教師を非難できる立場にはない。

 直接イジメたり笑うことも無いが、関わり合いになることを恐れ、見て見ぬふりをする。


 空虚な会話と日常を繰り返しながら、自分たちの小さな安全圏を必死になって守っているのだ。


 前回の俺に味方がいなかったのと同様に、星河にもいない……。

 俺の経験から言わせてもらうと、星河は自尊心というものがズタボロにされているだろう。

 

 もう、学校になんて来たくないはずなのだ。

 それでも登校してくるというのは、見上げた根性と言うべきなのだろうか?


 ちなみに、俺は、イジメられ続けたが、遅刻も欠席もしたことが無い。

 行きたくないと何度も考えたが、不登校になると社会復帰できなくなる気がしていたのだ。


 星河も、そう考えているのだろうか?

 リバース前、ニートになろうとしていた俺に、正解なんて分からない。


「――というわけで、ロミオとジュリエットに決定しました」

「んぁ」


 思わず妙な声を漏らしつつ我に返る。

 いつの間にかHRの時間となり、教壇にクラス委員が立っていた。


 すでに、2学期の最重要イベントが始まっていたのだ。

 黒板には、以下のように書かれており、それぞれの下に『正の字』がある。


 ・ロミオとジュリエット

 ・オベロン

 ・オセロー

 ・リア王

 ・マクベス

 ・オリジナル作品

 ・棄権


 シェイクスピアに偏った候補のなかで、『正の字』が集まっていたのは『ロミオとジュリエット』。


 誰もが名前を聞いたことがある作品に票が集まったのだろう。


 この高校では、10月に文化祭が開催される。

 1年生の全クラスは、生徒会が決めた作品候補から何か1つを劇として上演しなければならない。

 

 上演作品は他クラスと被っても良く、偶然にも全クラス同じ作品となった年もあったそうだ。

 非常に迷惑な伝統だが、俺が懸念しているキモは作品選びではない。


 それは――。


「では、次に配役を決めたいと思います」


 そう、ここが最重要な部分なのである。

 ハッキリ言って、普通の高校生であれば、人前で芝居などしたくない。

 誰しもが端役か裏方になりたいと願っているのだ。

 

 主役や準主役など、セリフを覚えるのも面倒なうえ、チープな舞台で素人が演じるなんて罰ゲームに思える。


 名作『ロミオとジュリエット』において、誰もがやりたくないのは、ロミオ役とジュリエット役なのだ。


 その他のネームドもいるが、簡略化されたシナリオでは出番もかなり少なくなるためリスクは軽減される。


 中でもオススメなのは、ロレンス修道士である。セリフは多いが、華が無くても務まるのだ。


「まずは、立候補したい人は挙手お願いします」


 いつか通ってきた道に、思わずグッと拳を握りしめる。

 ちなみに、立候補者がいないと、推薦からのクラス内投票で配役を決定するという、鬼畜モードシステムに移行する。

 

 つまり、クラスで、嫌なことを押し付けて良いと思われている人物に重要な役が回ってくるのだ。


 リバース前の俺は、この鬼畜モードシステムによって、圧倒的支持を受けロミオ役に抜擢されてしまった。


 一方のジュリエット役は、女子の中で喧々囂々(けんけんごうごう)たる揉め事が発生し、最終的には異例のじゃんけんで決めるという事態になる。

 

 もちろん、負けた女子がジュリエットというわけだが……。

 文化祭当日、ジュリエット役の女子が欠席し、誰もいない虚空に向かってロミオのセリフを棒読みしたことを思い出す。


 生徒たちの失笑や、客席から飛ぶ「デブオミー」というヤジは、キツいトラウマとなって今もジクジクと心を痛め続けてくれていた。


 今回、その悲劇を避けるため、俺はなけなしの勇気をフル動員しつつ手を上げる。

 おやという表情で、クラス委員が俺を見た。


「ええと、その、あ、ほそ……細臣くん?」


 俺の名前を思い出せなかったのであろう間があった。

 

「立候補ですか?」


「ロレンス修道士役に……」


 分かりましたという感じで、クラス委員は頷いて、ロレンス修道士の下に俺の名前を板書する。


「他にいませんかー?」


 辺りを見回すが、俺に続いて挙手する生徒は誰もいない。

 意に反して目立ってしまったが、ロミオになってしまうという最大リスクを避けるためには、仕方の無い選択肢だったはずだ。


 無難なロレンス修道士役を勝ちとったので、あとは高みの見物となる。


「いないようですので、推薦したい人がいればお願いします」


 クラス委員の一言で、鬼畜モードシステムが起動する。

 

 と、同時に、エージとエータ、それに連中とツルんでいる何人かの女子が一斉に手を挙げた。


「とりま、ジュリエット役は、星河さんがいいと思いまーす」


 おーいいねいいね!

 キャハハ、さんせー!

 決まりでしょー。


 などと、エージの周囲から、追従じみた声が上がる。

 やはり、こうなってしまったか……。

 この状況は予測できたが、俺ひとりの力ではどうにもならない。


 ――こうして、推薦と多数決により、全ての配役、監督、衣装などの裏方が決まった。

 

 ロミオ役の票数は、俺という標的が失われていたためにかなり分散した。

 そんな中、最後の決戦投票で、見事にロミオ役を射止めたのは葛城であった。


「最悪だー!」


 葛城に、真実を伝える訳にもいかず、心の中で手を合わせておく。

 そういえば監督だけは、女子が立候補したらしい。

 

 リバース前の文化祭では、やる気ゼロのヤツが監督だった記憶があるのだが……。

 かなり前回とは異なる分岐に入った予感はした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る