第4話 キモデブはバイトする!

 ばふっ!


 アルバイト初日の夜。

 俺は、まさに疲労困憊といったていで、ベッドに倒れ込んだ。


 いやあ、すみません。肉体労働舐めてました!

 朝から建設現場に駆り出された俺は、現場で出てくるゴミの除去が担当だ。


 何の資格も経験も無いので、確かにその程度しかできない。

 ただ、その程度といっても、どのゴミも瓦礫やら何やらでやたらと重い。


 その重いゴミを集め、炎天下のさなか、一輪車で集積所まで運ぶのである。

 もう途中からは、頭と心を空っぽにして、ひたすらゴミを運ぶマシーンと化していた。


 そんな俺を見て、休憩中に缶コーヒーを奢ってくれたのが【北島】さんだ。


「ゴトウんところの若いのにしては、真面目じゃねーか」


 などと言って俺を誉めてくれた。

 北島さんは、旨そうにタバコを吸うオッサンで、やたらとガタイが良い。


「この前来たヤツなんて、使えないわ働かないわで酷かったんだぜ。まあ確かにキツイ現場だけどよ」


 あのオカマは適当だからな――などと、北島さんが呟くものの、俺の立場としては曖昧な相槌を打つ他ない。


 これまでのイジメ経験から、心を無にすることが得意なのだろう。

 ゆえにキツイ単純作業にも耐性があるのだ。


 ニートにならずに済むかもしれないな、と考える俺の肩を豪快に叩きながら、北島さんは作業に戻っていった。


 ゴトウ工務店のアルバイトは日払いだ。

 1日の作業が終わると、年季の入ったハイエースに乗せられてゴトウ工務店に戻る。


 事務員の滝田さんから渡される茶封筒には、明細と1日分の報酬が入っているのだ。


 税金などを引かれ、俺の肉体労働の成果は6千円となる。

 キッチリ8時間働いた金額として、かなり安いことはネット調べにより分かっていた。


 だが、小遣い500円の身からすれば、給料20万円のサラリーマンが、100万円を受け取ったような感じだろうか。


 その500円すら、3年生になった頃には支給されなくなるので、稼げる時にキッチリと稼いでおく必要があった。


 夏休み中バイトを続ければ、10万円以上は稼げるはずだ。

 それだけの金があれば、護身術を習うこともできるだろう。

 

 ――こうして、あっという間に夏休み最終日。

 

 夏休みと共に、アルバイトも今日が最終日となる。


「いやあ、よく頑張ってくれたね~。現場でも評判良かったよ」


 最終日のせいか、今日は後藤さんが直接、俺に茶封筒を手渡す。


「ちょっとだけ色付けといたから」

「あ、ど、どうも」


 素直に嬉しかったので俺は頭を下げる。


「それにしても――」


 と、後藤さんは、俺の上腕あたりをニギニギとした。

 お、おい、雇い主とはいえ、そっちの趣味は……。


「この1か月で、かなり締まってきたんじゃない?」


 確かに、その自覚はあった。

 相変わらずデブではあるが、多少引き締まった気はしていたのだ。


 真っ黒に日焼けしたせいもあるかもしれない。


「そこら辺にしとけ」


 そう言いながら現れたのは、現場でよく世話になった北島さんである。


「ボウズが困ってんだろうが」


 なにが困るのよぅ、などとブツブツ言いながらも、後藤さんは俺の上腕から手を離す。


 北島さんは、別の建設会社の社員で、そこからゴトウ工務店に発注がいき、バイトの俺が派遣されていたというわけだ。


 俺からすると、雇い主の雇い主ということになる。


「お前、今日で終わりだろ。飯に連れていってやるよ」

「あらそう、じゃあ、アタシも」


 後藤さんがいそいそと帰り支度を始めた。

 どうやら、バイトの俺ごときを送別しようとしてくれているらしい。


「滝田さんもどお?」


 事務のオバサンに声を掛けるものの、彼女は、申し訳なさそうな表情で首を振る。


「子供たちがいますので……」

「そっか。じゃ、上がる時は、鍵閉めだけお願いね~」


 そう言われて、滝田さんは黙って頭を下げた。

 で、結局、俺が断る間もなく、3人で居酒屋に来てしまった。


 居酒屋など、もちろん初めてである。

 周囲では酒に酔った大人たちが、大声で話したり笑ったりしていた。


 普通に就職したら、俺もいつかは上司や同僚とこういう所に来たりするのだろうか。

 少なくとも現時点ではそんな未来は想像もできない。


「で、何か欲しい物でもあるわけ?」


 ハイボールを4、5杯飲んだ後に、後藤さんが俺に聞いてきた。


「彼女へのプレゼント……なんてな」


 北島さんが、冗談めかしてそんなことを言う。


 俺のルックスで彼女なんているわけ無いだろうが!――という万感の思いを込めて、無言で首を振った。


「へぇ。それで、良く続いたな。高校生なんて1週間も続けば良い方だぜ。ゴトウが寄こした例のフリーター。アイツなんて1日で来なくなったぞ」

「もぅお、それ忘れてよ~。でも、拓哉ちゃんって根性あると思う。頑丈だし」


 後藤さんは、いつの間にか俺を拓哉ちゃんと呼ぶことにしたらしい……。


「ま、それぞれ何かと事情があるんだろうが、な」


 そう言って、北島さんがこの話題を終わらせようとしてくれる。


 だが、色々と世話になっておいて、何も答えないのも失礼かと考え、俺は重い口を開いた。


「イジメ…というか、その…」


 ボソボソと話し始める。


「ん?イジメられてんのか?」


 北島さんの表情が、一瞬で真剣なモノに変わった。


 見た目は怖いが、一緒に働いて感じたのは、なかなか正義感というか義侠心に厚いタイプなのだ。


 しかし、ここで俺はハタと説明に困ってしまう。よく考えれば、まだイジメられていないのである。


「いえ、これからイジメられた場合の備えに……護身術とか」


 そう聞いた北島さんは、飲んでいたビールを少し口元からゴフッとさせて笑い始める。


「なんだ、備えって何だよ。面白い奴だな、ガハハハ」

「拓哉ちゃんなら大丈夫でしょ。大きいんだから」

「違いねぇ。でけえんだから、ぶん殴ればいいんだよ」


 確かに、俺は身長もそれなりにあるが、デカいのは主に横幅でありほぼ贅肉なのだ。


「ただ、まあ、護身術ってのはいいかもな」


 ケンカの強そうな北島さんは、そう言って唐揚げを口に放り込んだ。


「そぅお?キックボクシングとかのがいいんじゃないの?」

「いや」


 北島さんが首を振る。


「キックとか、まあ格闘系は、実戦で使えるようになるのは時間がかかる。それにさ、ホントのケンカなんて、基本こっちが不利な状況で始まることも多い。そんな時は、護身術の方が役に立つ」


 俺の場合はケンカではなく、集団暴行被害を想定しているので、まさに不利な状況ってやつだろう。


「何より自信ってヤツが大事だけどな。それが無いと、やる前から負ける」

「自信は……自信無いです」


 そうか、と北島さんが頷いた。


「護身術でも何でも続ければいい。それが自信に繋がる」

「拓哉ちゃんなら、根性あるから続けられそうだしねっ」

「どこで習うとか決めてんのか?」


 夏休み中はバイトで忙しく、護身術について調べられなかった。


「何も決まってないです」

「そうか、フム」


 少し北島さんは思案気な表情を見せてから、スマホを取り出した。


「ちょっと番号教えろ。ワン切りする」


 どうやら、俺と電話番号を交換するつもりらしい。

 LINEの方がいいのだが、断る理由もないので電話番号を北島さんに伝える。

 

 すぐに着信があり、【北島さん】という名前で登録した。

 

「俺の知り合いで、紹介したいヤツがいるんだ。護身術専門じゃあないんだけど。ま、気が向いたら連絡くれ」

「ちょ、それって、あんた……」

「いいんだよ。こいつなら大丈夫だろ?」


 何、今の、やり取り?

 なんだか怖いんですけど……。


「間違いくなくお前を強くしてくれるヤツだよ」


 自信ありげにそう言い放つと、北島さんはサムズアップを決めてニヤリと微笑んだ。


 後藤さんは、俺へのアイコンタクトで、「やめた方が良い」と訴えかけているようだ。

 なんとなく危険な匂いを感じたが、空気を悪くするようなことを言うわけにもいかない。


 その後、話題は俺から離れ、事務の滝田さんに移った。

 可哀そうな人だとか、子供が3人もいて、上は高校生で大変だろう――などである。

 

 仕事の話しもよく出たが、俺には分からないので黙って聞いていた。

 

 そうして、9時くらいにお開きとなり、北島さんたちは居酒屋近くにあるスナックに行くとのこと。


 当然、未成年の俺は、ふたりにお礼とお別れを言って帰宅。

 大変だったが、良い経験をさせてもらったなと、少しばかりの感謝をしながらベッドに入った。


「根性ある……か」


 そんなことを言われたのは、俺の人生で初めてだったかもしれない。

 こうして、バイト漬けだった夏休みは終わり、2学期が始まる。

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