第3話 キモデブはバイトを決意する!

 葛城とはトモダチになった。


 黒板の落書きを、ふたりで消しながら、いつしか雑談へ。


 そこで、俺はとっておきの切り札である『まじかるフラッペ トライアングルらぶそんぐ』の話題を振ったのだ。


「おー、お前も見てんの?」

「あ、ああ……」

「いいよな~。あのアニメ」


 通称『まじトラ』は、田舎に暮らす冴えないJK3人組が、ユニットを結成し、歌とアツイ友情で学園ヒエラルキーを駆けあがっていくというストーリーだ。


 そんな『まじトラ』を、葛城が好きだと知ったのは、前回の二学期末のことだった。


 自身が所属するグループの連中に、『まじトラ』の良さを熱弁していたのを思い出す。


 葛城はアニメ視聴オンリーらしく、俺の方が知識量が多かったこともあり、色々と伏線について質問された。


 実のところ『まじトラ』は、単なる学園青春物ではなく、多くの伏線が張り巡らされており、全ての登場人物に秘密が――。


 と、まあ、ともかく俺はトモダチを得たのだ。

 

 ◇

 

 俺の1学期は平和に過ぎていった。


 試験の成績も、2回目なのでそれなりに良かった。

 体育祭では、騎馬戦のみ、カラダの大きさと頑丈さでそれなりに貢献したと思う。


 いっぽうで星河にとって、あまり良い状況とは言えなかった。


 エージとエータは調子に乗ってクズ発言を繰り返していたし、それに同調するバカが徐々に増えていったのだ。


 俺も罪悪感から何度か消極的ながらフォローしてみたりもした。


 早めに登校して黒板や机の上の悪口を消したり、授業中にエージがクズ発言をしそうな時はトイレに行く宣言をするなどだ……。


 あまりに消極的過ぎるので、効果のほどは知れている。

 ただ、俺としては、何をどうすれば事態が改善するのかが分からなかった。

  

「じゃあな、細臣」

 

 水無月橋を渡った先にある十字路で俺と葛城は別れる。

  

 ちなみに、この橋は、補修工事を年中しており、税金の無駄遣いだと母親が怒っていたのを覚えている。


「あ、そうだ。明日から夏休みだろ?」

「ああ」

「暇なとき遊びに行くな」

「分かった。ただ……」

「じゃあな」


 そう言うと、俺の言葉を最後まで聞かず走っていった。

 今年の夏休みは、ある計画をしているのだが……。


 葛城と別れ、家の近所の公園前に来た。

 ふと、何気なしに公園を見ると、ベンチでひとり座っている女子がいた。


 そうだ、あれは――。


 ここで、俺は物凄いデジャヴに襲われる。

 ベンチにひとり座る女子は、星河みのる。


 彼女は、ボウッとした眼差しで、ベンチから、乗り手のいないブランコを眺めていた。


 俺の記憶が確かなら数秒後に立ち上がる――立ち上がった。

 公園の出口付近にいる俺の方に向かって歩く。


 俺は、それを見ている。

 星河が、俺に気付く。


 だが、彼女は何も言わず、ツイとそのまま目の前を通り過ぎた。

 後にはシトラスの爽やかな香りが、ふんわりと残るだけ。


 ドスン――。


 そこで、背後から衝撃を受けた俺は、思わずたたらをふむ。


「あ、す、すまない」


 目深に帽子を被った30代くらいの男がいた。

 急いでいるのか、俺にぶつかってしまったらしい。


 それだけ言って、立ち去った。

 無精髭と妙な目の輝きが、不思議と記憶に残る。


 そういえば、前はこんなことなかったな……。


 いや、分かった。

 リバース前の時は、星河が俺に気付き、何か言おうと口を開いた。


 何を言ったのかまでは思い出せない、というより分からない。


 星河が目の前に立って話し始めたとき、俺は脱兎のごとくその場を走り去っていたからだ。


 異性への緊張と、不甲斐ない自分が恥ずかしかったのだと思う。


 弱気なキモデブの分際で口出しをした結果、エージや、ヤツを取り巻くクズ連中にイジメられている自分が、どうしようもなく恥ずかしかったのだ。


 だから逃げた。


 その後も、俺は星河には近づかないようにしていた。

 結局、まともに会話したのは、卒業式の日だけだったのだ。


 リバースした今回は、前回以上に薄い関係性になっている。

 

 ◇


「さてと」


 自宅に戻った俺は、早速PCを起動する。


 メモ帳には、今後の助けになりそうな前回記憶が、ビッシリと書き込まれていた。


 『星河を庇わない』という分岐を選択したので、前回記憶通りのイベントが発生するかどうかは不明である。


 しかし、今日の公園で経験したように、異なる分岐であったとしても、似たようなイベントは発生すると考えた方がいいだろう。


 俺がイジメられないというのは、俺にとっては大きな差異だが、世界からすれば些細な違いだ。


 となると、やはり記憶を頼りに、今後に備えることは重要だろう。

 2学期の文化祭には、かなり嫌な思い出がある。


 だが、これを回避する方法は、既に考えてあった。少しだけ目立ってしまう事になるが、背に腹は代えられないので行動するほか無いだろう。


 ここを乗り切れば、1年生の間は平和に暮らせる可能性が高くなる。

 ただ、2年生になってからが問題だった。


 2年生の夏休み直前に、俺は、エージ、エータに加えて、他校の狂暴な連中から集団暴行を受けるのだ。


 ハッキリ言って、警察沙汰になっていい暴力だったのだが、頑丈な俺は大怪我をすることもなく騒ぎにもならなかった……。


 襲われた理由は、いまだに分からない。

 エージとエータもいたが、俺への暴行に積極的に参加している様子ではなかったのだ。


 どちらかと言えば、他校の連中に引っ張られて、道案内役をやっていたような……。


 だから、俺は「護身術」を習うつもりだ。

 避ける方法が不明な以上、身を守る術を身に着けるしかない。


 問題は小遣いが500円であり、護身術などに親は決して金を出さないだろうという点だ。


 俺は早急に金が必要だった。

 先々、リバースを使って金儲けをするにしても、元手が必要だろう。


 そこで、今年の夏休みは、思い切ってバイトをしてみることにしたのだ。


 だが――、


 接客は絶対無理。

 あとキャッキャッしてそうなバイト先も無理。

 深夜のコンビニとか理想だが、高校生は雇ってくれない。


「となると……」


 スマホを見ながら、『土木作業員 高校生・大学生可』の求人を眺める。

 俺のようなタイプには、これしか無いのではなかろうか。

 

 ◇

 

 ――翌日。


 近所にあるプレハブ小屋のような小さな会社の前に立っている。


『株式会社 ゴトウ工務店』


 という看板があるので、ここで間違いないのだろう。


 朝から、心臓をバクバク言わせながら、何度もためらったのちに、ようやく電話をし求人を見たことを伝える俺。


「んじゃ、すぐ来てください」


 ド緊張する俺など意に介することなく、アッサリ面接が決まったのだ。


 すぐに、ということで、まさにすぐ来たのだが、そういえば履歴書すら持っていないことを思い出した。


 そもそも、勢いで来てしまったが、俺の高校はバイト禁止だったような気もする。

 そんなことで悩み、会社の前で逡巡していると、いきなりドアが開き小柄なオッサンが顔を出す。


「何してんの?細臣くん?早く入って」

「は、はあ」

「ほら、早く早く」


 言われるがままに、オッサンに続き会社に入った。


 中には、オバサンが一人いるだけだ。

 恐らくは事務の人だろう。


「いやあ、人手不足で困ってたんだよね。あ、滝田さんお茶お願い」


 オバサンが、「はい」と小さな声で返事をしてお茶の用意をし始める。


 昔はキレイだったのだろうと思われる女性だったが、高校生の俺からすると、やはりオバサンである。


 また、覇気というか、元気?

 それがあまり無かった。元気一杯な目の前のオッサンとは対照的だ。


 とはいえ、このオッサン、若干のオネエ感があり建設会社の人間には見えない。


「ゴトウ工務店の後藤です」


 と言いながら、妙にキラキラなデコ入り名刺をもらう。

 どうにも一般的な社会人の名刺とは違う気がする。


 リバース前に貰った藤堂の名刺は、もっと普通な感じだった。本人はかなり異常だったのだが……。


「君、高校生?」

「はい」

「高校はバイトOKなの?」

「いや、たぶん……その、実は分かりません」

「えー、ま、いっか。バレないでしょ」

「あ、はい」

「うちでやって欲しいのは――」


 といった感じで、ホイホイと後藤さんペースで話は進み、明日から早速現場で働くことが決まってしまったのだ。


「ここで集合だよ。現場に車で送るから、8時15分までに来てね」

「は、はい」

「んもう、良いカラダしてるんだから。シャキッとして!」


 そう言って後藤さんは、俺の腕をバシッと叩いて、ニンマリと笑うのだった。

 ま、まさか、デブ専?


 俺の背中を、ヒヤリとした嫌な汗が流れた。

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