第2話 キモデブはスルーしてしまう!

 まさか本当だったとは……。

 それが俺の抱いた最初の感想だ。


 2度目となる高校の入学式。


 両親が急な予定で実家に戻り、ひとりで参加することになった点も3年前と同じだった。


 そして現在、自宅PCを前にしている。


 正直、いまだに色々と混乱中だが、ネット、テレビ、雑誌、新聞のどれを確認しても、間違いなく俺は時を遡っていることが分かった。


 藤堂はこの能力を使って投資家として成功したのだろう。


 俺も今回のリバースは情報収集だけを目的として、2回目のリバースで金を儲けるという手は使えそうだ。


 かといって、不利条件が本当に「ちょこーっとだけ」かどうか不明なので、このリバースを最初から捨てるわけにもいかない。


 それに大金持ちとは言わずとも、高校生活をやり直せるなら試したいことはほかにもあるのだ。


 ――ボッチとイジメを回避して、普通の高校生活を送る。


 くだらないと言われればそれまでだが、そこへの憧れ、渇望があった。

 リバースに備えて金儲けの情報を集めつつ、普通の高校生活を目指す努力をする。


 ダメならやり直せば良いし、その場合は集めた情報で金儲けに走ればいいだろう。

 ちなみに例の不利条件とやらだが、鏡を見てすぐに分かった。


 天パーになっていたのである。

 もちろん似合うヤツもいるのだろう。


 しかし、残念ながらキモデブの俺にはまったく似合わなかった。

 ただこの程度であれば、確かに「ちょこーっとだけ」だとは思う。


 俺には両腕があるのだ。 

 

 ◇

 

 入学式の翌日。

 3年前と同じ光景だ。


「はい、じゃあ次」


 最初の1限目を使って、自己紹介などをさせられている。まあ地獄だ。


 特にカマス奴などもおらず、自己紹介は淡々と進んでいき、あっという間に星河みのりの順番になった。


「星河です」


 ひと言だけで、自己紹介終了!

 すると、クラスの何人かが、ヒソヒソと話すのが聞こえた。


 どれも友好的な内容では無いが、特に嫌な視線を送っているのが「ヤツら」である。


 ただ、担任教師は、何の感情も見せずスルーすることにしたようだ。


 そのまま後ろの席である俺の番となり、細臣ほそおみという名字で何人かが嗤うというお約束があった……。


 まあ確かに俺は細くはない。

 そうして1限目も終わり休憩時間。


 まだ、人間関係が確立していないため、お互い様子見といった雰囲気だ。

 もちろん例外は、中学時代からの顔見知りがいる場合となる。


 そして、このクラスには、


「同じクラスかよ」


 そう言いながら星河に近づく生徒が2人。

 エージとエータだ。


 ちなみに漢字は覚えていない。

 前回の高校生活では、俺をいたぶりぬいてくれたクズである。


「星河久しぶりじゃーん。なんか、呼び辛いけど、星河って」


 ヘラヘラと嫌な笑みを浮かべて、エージが星河の机を軽く蹴った。


「お前、よく来れたな?ああ?」


 それを見ていた何人かの女子は、止めるどころか、クスクスと笑っている。


「ま、今年もよろしくね~。可愛がってやるからさ~」


 エージは、星河の肩をポンポンと叩き、さらに耳元で何かをささやく。

 ここで中途半端な介入をして、俺がイジメられることになった記憶が甦る。


 どう行動するべきか悩みはした。

 全力で守りにいくか?


 今度こそ、エージたちをぶちのめしてヒーローになるか?


 ……俺は、俺に自信がない。


 これがもう少し先のイベントであれば色々と準備もできたろう。

 だが、リバース翌日。


 何の策も無いのだ。


 こうして、良心の呵責を感じながらも、俺は単なる傍観者としてスルーしてしまった。


 エージとエータのくだらない御託は続いている。

 星河はうつむいたまま何も言い返さない。いや、言い返せないのだろう。

  

 そうこうしているうちに、チャイムが鳴り休憩時間が終わった。

 担任教師が入ってきたのをキッカケに、エージたちも星河から離れ自席へと戻っていく。


 星河がそっと小さな肩の力を抜いたのが分かった。

 それを見た瞬間、俺は選択を間違ったように感じ下唇を噛んだ。

 

 ◇

 

 明日は早起きする必要があるので、早めにベッドに入っている。


 だが、なかなか寝付くことができないでいた。

 リバース前に水無月橋の上で、星河に泣いて謝られたことを思い出していたのだ。


 今の気持ちは、彼女と少し似ているのかもしれない。

 星河が困っているのを見過ごしたことで、かなり後味の悪さは残った。


 とはいえ、俺は俺で明日からの日常を過ごす必要がある。

 普通の高校生活を送るには、やはりトモダチが必要なのだ。


 一応、目をつけている人物はいる。


 ――あくる日。


 俺は目的の人物と接触するため、早めに登校していた。

 理由は良く分からないが、妙に登校時間が早い男だった。


 運動部に所属しているわけでもないので、朝練ではないはずだが……。

 俺は、まだ誰もいない廊下を歩き教室の前までくる。


 ひょいと覗き込むと、やはり予想通りの男がいた。


 名前は、【葛城かつらぎ 健吾けんご】。


 野球部でもないのに坊主頭なのが特徴だが、成績、運動神経ともに平均値。

 以前聞いた話しでは、仏教系の私立中学出身だそうだ。

 

 坊主頭と関係あるのかは分からないが……。

 ただ、俺とはある共通項があるのはリサーチ済みである。


 俺は計画通りと思いながら、教室の扉を開けて入り――、


「おい」

「……え」


 いきなり相手から声を掛けられ、思わず狼狽えてしまう。


「ひでーな。見ろよ……」


 葛城がしかめっ面をして、黒板を睨みつけていた。


 何だろうと思い、俺も黒板の方に目を向ける。

 そこには、ピンク色のチョークで、デカデカと下手糞な文字が書かれていた。


『星河はアバズレのヤリ〇ンで~す』


 どうやら、星河は、ボッチでは済まなくなったようだ……。

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