第4話
楓はいつも不穏なことは無かったことにする。人の揉め事を全部自分で飲み込んでしまうのだ。ただでさえ周りに敵を作りやすい出る杭みたいに可憐な見た目をしているのに、無関係の火種をどんどん飲み込んで批判の理由を彼女自身でも作り出してしまう。楓はふんわりとした可愛らしいルックスで無意識のうちに男子を虜にしてしまっていた。カップルのうち男子の方が楓に惚れてしまったせいで破局してしまうということもしばしばあった。その度に楓は悪いことはすべて抱え込んで自ら批判の的になってしまっていた。
わたしと楓は小学校からずっと一緒にいるから楓が生まれつきおっとりしていて少しリアクションに作り物のような部分があることは知ってるけど、やっぱり同性ウケはすこぶる悪かった。周りからは楓が男子を自分に惚れるようにキャラを作っていると思われている。そういうことが重なったせいで、器用にやればクラスの中心にいる美少女の立ち位置でいられるのに、現実には校内にわたししか友達がいないのだ。楓は本当に不器用だと思う。
きっと今回もこのまま何もなかったことにしてわたしと亮の仲を裂いた悪女として、すでに地に落ちているクラス内での評価を地中にまで落としてうやむやにしてしまうのだろう。すでにクラス内では噂の火種に薪がくべられ始めている。
「本当のこと言って欲しい……」
わたしは声に静かに力をかけた。
「わたしは楓に本当のことを言って欲しい」
もう一度、心の奥から絞り出した声を楓に届ける。
「里穂ちゃんの彼氏さんのお話だよね……」
楓は言い出しにくそうにボソボソと風に消えていきそうな声で話した。やはり心当たりはあったのだろう。楓の言う通りで、亮との会話の真相を確かめたかったのだ。
「もし黙ってたら絶交されちゃうのかな?」
楓はできるだけ冗談半分で明るく言おうとしたのだろうが、その声は震えていた。明るくごまかしてしまうのならもっと上手く逃げて欲しかった。その不器用な姿が痛々しい。わたしは静かに首を振る。
「絶交はしない。けど、悲しい」
やっぱり楓は不器用すぎるんだ。真実を話せばきっと楓に追い風になるのに、わたしと亮の冷めきった恋人関係を守るためにまた彼女自身で背負い込もうとしている。
わたしと楓の間を風に巻き上げられた落ち葉が飛んで行く。やっぱり12月の風は冷たい。気づけばほとんど空になっていた新作フラペチーノのカップもカタカタと揺れていた。わたしは楓の判断をゆっくり待っていた。本当は楓が口を開くまで10秒もかからなかったのだろうけど、その時間はすごく長く感じた。
「そっかぁ。じゃあ本当のこと言わないといけないかぁ……」
顔を上げた楓が沈みかけている夕日を見つめていた。赤い空に照らされる楓の横顔はまるで映画のワンシーンみたいに綺麗だった。
「全部言わないといけないか……」という言葉もおまけみたいに後からついてきたがわたしはその部分はとくに気にしなかった。観念したように楓は続ける。
「里穂ちゃんの彼氏さんと話した」
"桃原楓に呼び出されて里穂の悪口を言われた"昨日電話で聞いた亮からの告げ口の内容が頭の中で再生された。
「私の悪口だよね? 不細工なのに恋人を作って調子乗ってるから別れたほうがいいっていう話だよね?」
そんなこと楓が言うわけないことはわかっているのに、楓の反応を伺いたくてつい話を脚色してしまう。わたしの口が意図せずに意地悪い笑みを浮かべてしまった。楓じゃなくて亮に対する皮肉なのにまるで楓のことを責めるみたいになってしまい心苦しくなったが、楓はそんな私の表情を見るまでもなく、私の言葉が終わるとすぐに、今まで聞いたことのないくらい必死な声で反論した。
「里穂ちゃんの悪口なんて言ってない! 絶対に言ってない!」
その答えを待っていたはずなのに予想以上に必死な大声での否定に私は気圧されてしまった。楓がこんなに必死に否定することなんて今まであっただろうか。
心の中で「知ってるよ!」と返答した。本当は今すぐにでも「知ってるから大丈夫だよ」と口に出して言ってあげたいけど、それだと話が終わってしまい、本当にわたしの聞きたいことはわからない。楓と亮だけが知っている真実がどこかへ流れ去ってしまうことが何よりも怖かった。
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