テレワーク・デイ 前編
~ 七月二十四日(土)
テレワーク・デイ ~
※
山中のかけ橋に雲。
峡谷に降る雨。
そんな景色を表した言葉。
他の部活と一線を画する存在。
部活探検同好会。
その活動は、部活の実態調査という側面はあるが。
ぶっちゃけ意味不明。
だから、合宿なんか開いたところで。
良く言って、思い出作りが主たる目的だったりする。
普段目にしないものを見て。
普段できないことを体験して。
普段口にしないものを食べて。
普段できない会話をして。
そんな、一つ階段を上った自分を。
今後の普段にして欲しい。
俺は、慣れないながらも。
一生懸命、こいつらのためになりそうな計画を練ったつもりなんだが……。
「こればっかりは想定してなかったな」
「いいじゃないですか。フィールドアスレチック、三人揃って乗り気じゃなかったので」
昨日の晩から今朝にかけて。
弱めの雨が山間部に降った。
午後の渓流釣りはともかく。
午前中のスケジュールは無理だろう。
「雨用プログラムも考えておかなきゃいけないんだな。今後の参考にしよう」
「だ、大丈夫。みんな、しっかりテレワーク中……」
「お笑い芸人さんの面白フィールドアスレチック動画見るのがテレワークか?」
落ち込む俺を見て。
慰めようとしてくれているのは。
気持ちは嬉しいが。
テレワークって。
別の言い方なかったのかよ。
「しかしまいったな。三日目は体を動かす日って決めておいたんだけど」
「にょーーー!? 昨日、あれだけ歩いたのに!?」
「にゅ!!」
女子部屋は、布団も敷きっぱなし。
その上に転がる、触角の先にスマホがくっついた芋虫三匹。
放っておくと、そのままサナギになって。
一生蝶にならずに引きこもっていそう。
「お前らもうちょっと運動しろよ。体力つくと、いろんな楽しいものを見るチャンスが増える。人生が、倍楽しくなるぞ?」
「先輩に異議を唱えよう。知恵がつけば、一つのものを見て、倍楽しめる」
「くそう。こと運動に関しては敵に回るな、丹弥」
「もちろん。……まあ、勉強もしたくないけど」
「じゃダメじゃん」
基本、グータラ三人衆。
興味の湧いたものにしか手を伸ばさない。
本件に関しては。
秋乃の悪いところを真似しているフシがあるんだが。
「秋乃のせいだ。ちゃんとさせなさい」
「じゃ、じゃあ、誰が最初にお昼寝できるか競争……」
「どうしてそう甘やかすんだよ。お前はパパか」
うちの親父もそうだけど。
パパというジョブになったら。
娘属性の攻撃に対して防御力がゼロになる。
しょうがないから。
ここはママの出番だな。
ひとまず。
更生させたら一番頼りになりそうな。
丹弥を布団から引きずり降ろそう。
「やだやだ。引っ張んないでよママ先輩。運動も勉強もしたくない」
「そういうダメ発言を繰り返すと、俺の中のお母さんスイッチがもう一段階上に切り替わるぞ?」
「なにそれ。お母さんの上って誰?」
「怒ったお母さんだ」
「うげ」
「にゅ!?」
「にょーーー!! 家でも学校でも勉強しろって言われるのイヤです!」
「いや。学校は勉強するとこだろ」
バカな発言を残して布団へもぐる朱里。
さすがに今のは。
通訳はいらない。
こいつが言いたいのは。
部活で勉強したくないって意味だろう。
でも、勉強も運動もしない部って。
なんか意味あるのかな?
……部屋の端。
壁まで逃げて、毛布にくるまる三人娘から目を外して。
外の景色を見ながら、俺はため息をつく。
窓から臨む森は、霧に飲まれて。
木々の先端が、薄いミルク粥に浮かぶ野菜のよう。
時にぷかりと水面に浮かぶそいつは。
アスパラガスにも見える。
そうだ。
そう言えば、あいつらは女子バスケ部と合同で海合宿だったな。
夏。
女子。
海。
パラガス。
……ふむ。
叶う可能性は皆無だと思うが。
俺は心から願おう。
あいつに、人生の転機となるほどの幸せが訪れますように。
……言うまでもないことだが。
今、恐らく海底に沈められているであろうパラガスにとって。
それよりは幸せな転機だと思うんだよ。
海底から鑑別所へ移ること。
でも、あいつと時期がかぶって良かった。
一年トリオが来るなら俺も連れてけって。
血の涙流してすがりついてきたからな。
もしここにあいつがいたら。
女子部屋との壁一枚越しに。
そう、あんな感じにコップ当てて。
聞き耳立てていたに違いな…………、こら。
「何やってんだお前ら!」
「だって! お隣りさんから聞こえてきたこの音は……!」
「CMで聞いたことある。発売されたばっかりのゲームだよ」
「にゅ!」
なんでわざわざ旅先にゲーム持って来てるんだよ。
お隣りさんへ、壁を挟んでツッコミを入れようとしたところへ。
「……お客様」
「え? あ、はい!」
扉越しに。
おそらく、宿の方と思しき女性の声がした。
「お客様にお会いしたいと仰る方が、こちらでお待ちなのですが……」
「まさか、パラガス!?」
「え?」
「あ、いや。それは無いか」
いくらこいつらに会いたいと願っても。
あいつは今頃マリアナ海溝の最深部。
ここに来れるはずはない。
俺は、どなたが訪ねて来たのか見当もつかないまま。
扉を開けると……。
「ん? だれ?」
記憶力のいい俺だから言える。
確実に初見のご夫婦がそこに立っていた。
清潔感のある身なりのお二人だが。
どことなく近寄りがたいオーラがある。
この感覚。
秋乃んとこのバカ親父に近い種族?
「君は、代表者かね?」
「あ、はい」
「私は、
「母です」
「おお?」
にゅのご両親?
どうしてここに来たんだ?
まさか、ゲームしてたのあんたらじゃねえよな。
「俺は、部長をしている保坂と申します。えっと……、御用向きは?」
「ふむ。……実は昨晩、取引先から変わった話を聞いてね」
「はあ」
「この界隈で、高校生と思しき方から夕食を譲って貰ったとの話なんだが」
う。
それって、俺たちが金に目がくらんだ時のことか?
「気になって特徴を聞けば、合致するところが多くてな。心当たりは?」
なんとなく後ろめたい。
本当は黙っていたい。
でもこのおっさん、やり手っぽいし。
先に調査を済ませてる可能性がある。
「……はい。俺たちです」
「ふむ。やはりそうだったか。……彼から、感謝の言葉とお礼の品を預かっている。受け取ってくれたまえ」
そう言って、おっさんが木箱に入ったお菓子を渡してきたんだが。
まさかこれが世に聞く。
黄金色のお菓子ってやつ!?
「どうして箱の底をにらんでいるんだね?」
「あ、いえいえ何でもないです! ……ほらお前ら。これ、昨日のお礼だってよ」
さっきから、ドタバタと何かを片付けていた音は既に途絶えている。
俺は安心して扉を開けると。
中では白々しく。
テーブル前に正座して。
勉強している四人組がいた。
「えっと、こちら、錦小路さんのご両親だ」
そして俺が紹介すると。
静々と、ご挨拶をする秋乃と朱里。
ああ、いいよ丹弥は。
お前がさっきから戸棚を押さえてる右手。
体裁を保つ生命線なんだろ?
「それでな? これ頂いたから、勉強が終わったらみんなでいただこう」
俺が木箱をテーブルに置くと。
再び丁寧なお礼が生まれる。
「ああ、それは私からではない。昨晩、君たちが救ってくれた商店の店主からのお礼だ。…………保坂君」
「はい」
「どうして皆さんは箱の底をにらんでいるんだね?」
やめねえかお前ら。
俺が追い返すまでは、ぼろ出すんじゃねえ。
「こ、これはですね。部のモットーと申しますか、方針と申しますか……」
「ふむ。こんな機会だ、ぜひ教えてもらいたい。具体的に、部活探検とはどのような活動なのかね? 今回の合宿の目的は?」
「ああ、ええ、はい。我が校には部活動が沢山ありまして……」
うわ、めんどくせえ!
下手なこと言えねえぞ、これ。
俺は、たどたどしく思い付きで。
あること無いこと語り続けたんだが。
振り返らなくても分かるぜ。
お前ら、その半目やめろ。
「ふむ。要領を得ないが、レクリエーションの類ということかな。……で?」
「へ? いや、これで全部ですが」
「この合宿で、君が達成しようとしている目的は?」
「それは、ケガや病気を決してさせない事です」
あ、いけね。
今のはまずった。
調子に乗ってしゃべってたせいで。
的外れな返事しちまった。
「ふむ。…………部員の皆さんは、休憩中なのかな?」
「え? ああ、そうみたいですね」
こっちの話に集中してるせいで。
勉強してるふりを忘れてたらしい。
俺が説明するにつれ、どんどん表情が曇って行った親父さんには。
芝居がバレちまったのか?
「では、失礼して……。ゆあ、ちょっと来なさい」
そして親父さんに言われるがまま。
にゅは、席を立って廊下へ出て行く。
扉が閉まった瞬間。
俺たちは一瞬で化けの皮を剥いで。
コップ装備で扉に耳を押し当てた。
「目的もなく、自堕落な活動に見えるが……。ゆあ。この皆さんと一緒にいて楽しいのか?」
う。
やっぱり印象悪かったか。
にゅの返事は聞こえないが。
なんて返事をしたのか、ここは想像に難くない。
「やれやれ。……私は、本校の日本舞踊研究会を卒業した女性と面識があってな。彼女と共に部活動をしていた皆は、揃って素晴らしい教養を身に着けている」
おいおい。
雲行きが怪しいな。
「もし、お前が部の皆さんと過ごすことで成長できると断言できるならともかく、それが適わぬと感じるなら紹介してやろう。日本舞踊研究会へ行きなさい」
そして畳みかけて来やがった。
だが、話の持って行き方が強引だ。
さすがに、にゅは断ることだろう。
「……そうか」
ほうれみろ。
俺たちはその瞬間。
強引な姿勢で目配せして。
微笑み合ったんだが。
最後の親父さんの言葉を聞いて。
呆然自失した。
「それは良かった」
…………良かった。
親父さんが、ほっとした声音でそう呟く。
ということは。
にゅの選択は…………。
それきり、しばらく部屋へ戻ってこないにゅを。
誰も追うことなく。
ただ、コップに耳を当て続けていることしかできなくなった俺たち四人。
そんな扉の向こうからは。
誰かのすすり泣きが聞こえたような気がした。
後半へ続く!
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