自然公園の日


 ~ 七月二十一日(水)

 自然公園の日 ~

 ※フラグ

  元々はプログラム用語。分岐の必要条件を

  確認するためのチェッカーのこと。

  今は、伏線や前触れと言った意味で使われる。




 梅雨も明け。

 夏、本番。


 とくれば。


「にょーーーー!! 夏休みーーーー!!」

「にゅーーーー!」

「ああ、私には見える。きっと八月の終わりには泣きながら二人の宿題を手伝っているんだ」

「……通訳ごくろう」


 終業式を終え。

 明日からの合宿に備えたミーティングと称して。


 滅多に足を踏み入れない、駅向こうの小さな喫茶店で騒ぐ部活探検同好会。


 マスターの爺さんも、ウェイトレスの婆さんも、他にお客がいないんだから思う存分どうぞと言ってはくれるが。


 おまえらは、その肉肉しいバーガーとかばっかじゃなく。

 ちょっとは遠慮成分の入った食いもん摂取しろ。


「先輩先輩!! 合宿の場所、どこに決まったんですか?」

「有名なとこ」

「教えてくださいよー! キャンプですよね、キャンプ!」

「クーラーの利いた宿に泊まってバーベキューやらハンモックやらで楽しむことをキャンプと呼ぶなら、まあ、その予定だ」

「やたーーー!!」


 普段から人一倍騒がしいのに。

 今日は五割増し。


 朱里が大声をあげるのを。

 丹弥がなだめる。


「でも先輩。行き先が分からないと、荷物とか微妙に困るんですけど」

「にゅ」

「ああ、それならハンドアウトに書いた通りだ。ここと気候はたいして違わない」

「気温じゃなくて。都会? 田舎?」

「キャンプするんだろ? 自然のど真ん中だ」


 まあ、そうだよねとコーヒーに口をつける丹弥が。

 さらに問い詰めて来る。


「でも、事前に下調べしたいし。行き先を親に説明しなきゃいけないし」

「心配するな。ご両親宛に、行き先も連絡先もスケジュールも、全部書いた書類を送ってある」

「それじゃ……、えっと他には……」

「いいじゃん、にや! ミステリーツアーの方が楽しいよ!」

「にゅ!」

「……私は、お前たち見てると羨ましさしか感じないよ」


 ひとり、溜息をつく丹弥は。

 三人の中で、一人だけ考え方が大人だから不安をあらわにするが。


「大丈夫だって! もう、にやは子供みたいに臆病だなー!!」

「にゅ!」


 二人の子供に子供と言われて。

 ちょっぴり額に怒りマーク。


 でも。


「だ、大丈夫……。きっと楽しい合宿になるから……、ね?」


 優しく諭すお姉さん。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪を持つ先輩に言われて。

 怒りは霧消したようだ。



 ……まあ。

 怒りが呆れに変わっただけなんだけど。



「それもう、舞浜先輩のせいで滅茶苦茶なことになるフラグにしか聞こえないのですが」

「ふえっ!?」

「おお、偶然だな。俺にもそう聞こえた」

「ふええっ!?」


 慎重派、二人の正論に。

 しょんぼりとうな垂れた秋乃。


 辛うじて崩れ落ちるのをこらえて。

 苦笑いで、丹弥の信頼を得ようと試みる。


「そ、そんなこと無い……。あたしはしっかり、先輩として引率を……」

「見えない」

「見えない」

「ふえええっ!? なんでっ!?」

「いや、なんでって……。ねえ?」

「なあ」


 何をどう言ったところで。

 お前のかっこじゃ説得力ゼロ。


 どこの世界にいるんだよ。



 終業式の時点で虫取り網に浮き輪に花火持ってるヤツが。



「おまえ、浮かれ過ぎ」

「それでよく、しっかり引率とか言えますね」

「朝からこのかっこだったんだぜ? 今日はさすがに並んで歩くのやめた」

「終業式の時、遠くで網が揺れててシュールでした」

「校長の話も、最初は俺たちに関係ねえ十年後の学校の展望について語ってたのに……」

「ああ、舞浜先輩に気付いたから、夏休みだからって浮かれ過ぎるなって、ごく普通の話にシフトしたんですね?」


 辛辣で容赦のない正論サンド。

 秋乃はオロオロわたわたしながら。

 立てかけてあった虫取り網を持ち出した。


「こら邪魔だよ。何する気だそれで」

「た、立哉君にかぶせて黙らせる……」

「やめてください。フラグにしか見えないから」

「奇遇だな。俺もそう思った」

「し、しゃらっぷ……」


 喫茶店の対面シート。

 そんな狭いところで、秋乃が長い柄を振り回すと。


「ひやっ!? ちょっと舞浜先輩! ぼくのスカートに引っかかってる!!」

「ふえっ!?」

「いたっ! ……お約束過ぎですよ。慌てて柄の方を引いたら私に網の方が当たるでしょ」

「ふええっ!?」

「ふにゅっ!!」

「ふえええっ!?」


 あちらを立てれば。

 こちらの頭を穿つ。

 どう動かしても誰かの悲鳴。


 結果として、一万の軍勢の中で方天画戟ほうてんがげきを振り回す呂布になっとる。


「いてっ! やっぱフラグだったじゃねえか」

「いたっ! そういうお約束いらないんですよ」

「こ、これは、どうすれば……」

「こうするか?」


 俺は、席を立って。

 棒を取り上げると。


 秋乃の頭に網をかぶせて。

 はた迷惑な客を一人封印した。


「ねえ、先輩。それ、新たなフラグに見える」

「奇遇だな。俺もそう思った」

「まあいいか。やっと静かになったところで、やっぱり教えてくださいよ。場所」

「だから、有名な観光地だって」

「はいはい! ヒント下さいヒント!」

「にゅ!」


 騒ぐ三人の言葉を聞いて。

 秋乃が、虫取り網をぐっと深くかぶって形を指差す。


 やめろって。

 結構それっぽいからすぐバレちまう。


「えっと……、昔話の舞台」

「何の昔ばなしですか?」

「金塊と砥石だよ」

「知らねえ!!」

「にゅ!!」

「有名だろ!?」


 あれれ、そうなのか?

 これ、秋乃のヒントよりもっと易しいかと思ってヒヤヒヤしたんだけど。


「どんな昔話なんですか!? 旅行先より気になる!」

「確かに」

「そうだな。話してやるか」


 そして、俺が語る昔話を。

 随分と集中して聞き入る三人を見ているうちに。


 なんだか楽しくなってきて。

 セリフの所で声音まで変えて。


 最後には、身振り手振りまで交えて語り終えると。

 みんなから盛大な拍手をいただいたいたいたたたた!!!


「こら秋乃! 網の柄を持ったまんま拍手すんな!」

「ま、前が見えないから……。当たった?」

「こめかみのとこから何度もだるま落としされた気分だ! モンタージュって知ってるか?」

「知らない……」

「試しに網を取ってみろ!」


 怒鳴られた秋乃が。

 恐る恐る網を外すと。


 短い悲鳴を上げながら。

 俺を指差して。


「だ……、だれ? こんなに目が吊り上がった人、知らない……」

「お・ま・え・が! こうしたんだ!」


 そして改めて秋乃に網をかぶせて椅子に座ったところで。

 こいつがしょんぼりうな垂れたせいで。

 俺の脳天に棒がスパンと落ちた。


「……やっぱフラグだったか」

「ですね」

「ちきしょう、もうフラグはこりごりだ」

「……あれ? しゅり、急に黙ってどうしたんだ?」


 そう言えば。

 お前、一人だけ途中から黙りこくってたな。


 一体何が起きたのかと。

 ぷるぷる震える朱里を見ていたら。


「…………金塊?」

「え? ああ。それがどうした?」

「金塊になるの?」

「ただの昔話だが。…………はっ!? お前、まさか!!! 昨日のモデルガン、何に化けた!?」


 俺の言葉に、こいつは何も言わず。

 鞄をごそごそと漁ると。


 テーブルの上に。



 ごとり。



 砥石を置きやがった。



 ……もちろん、俺は丹弥と顔を見合わせて。

 同時に同じことを朱里に言ったのだった。


「「そういうフラグいらない」」


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