ビリヤードの日
~ 七月二十日(火)
ビリヤードの日 ~
※
道徳が朽ち果てた末の世。
「なんて?」
「も、もう一回、お願い……」
「ですから、イヤホンがバスケットボールになって、ボールが虫取り網になって、網がカブトムシになって、カブトが乳牛になって、乳牛がキューになったんです」
「キューに?」
「キューに」
意味の分からない交換をし続けて。
今日の部活見学では、マイキューを持参した朱里が。
いかにも玄人っぽく、髪を掻き上げてからビリヤード台へ向かって。
また空振りをする。
「自前のキュー持ってるから上手いのかと思ってたら……」
「驚くほど下手で和んだよ」
「なんで買ったの?」
「買ってないです! 牛と交換しました!」
なんだそりゃと。
ビリヤード同好会の皆さんはお腹を抱えて笑っているが。
俺とこいつは、呆然とするばかり。
もちろん俺は、呆れ果てているだけなんだが。
「く、くやしい……。狙ってないのに面白い……!」
呆然とする理由がずれてる女。
こいつは、対抗意識を燃やしながら。
いつもの鞄とは別に持って来たスポーツバッグのファスナーを開く。
でもさ、なに出してきても。
朱里には勝てねえんじゃねえか?
「でもこれ、ぼくにはいらないから差し上げますよ!」
「そりゃ助かる」
「ただで貰うの、気が引けるな」
「それなら、このモデルガンと交換してやろう」
「わーい! 九が十になった!」
「うはははははははははははは!!!」
もう、何から突っ込めばいいのやら。
こいつのおもしろ交換連鎖は止まらない。
でも、行く先々で必要なものをプレゼントして歩いてるわけで。
朱里が作っているのは、笑顔のチェーン。
別に止めるような物じゃないけど。
いいことなんだけど。
いつか誰かに迷惑にならなきゃいいな。
「そうだ! 先輩、自転車持ってましたよね? この銃と交換です!」
「さっそく迷惑かけて来やがった!!」
「いいじゃないですか、ケチケチしなさんな!!」
「冗談じゃねえ。駅向こうまで買い物行くとき不便だろうが」
「護身用にいいんじゃ?」
「銃刀法違反で捕まるわ」
いや、知らんけどさ。
モデルガンが違法かどうかなんて。
……さて。
今日、ここにお邪魔した理由なんだが。
もはや、どこにお邪魔しても。
朱里の面白交換の話題で持ちきりになって。
見学どころじゃないと踏んで。
キューを振り回してたこいつを見て。
それだけの理由で、行き先をビリヤード同好会に決めてみたんだが。
「にゅ!? にゅにゅ!?」
「うわ……。私、才能ないかも」
運動系の部活じゃ、やっぱりこうなるか。
ほんとお前ら運動センス無いね。
「そしてお前は、球技は最初からパスなのな……」
明らかに、目的が違う秋乃と言えば。
朱里より笑いをとることしか考えてないし。
こんなことなら。
他の場所にすればよかった。
……ん?
そういえば、どこかと約束してたような気がしたけど…………?
ま、いいか、思い出せないし。
「先輩、一人だけ上手くてずるい!」
そして、元・マイキューを振り回して朱里が文句を言ってきたが。
ずるいとはなんだずるいとは。
「空振りしかしないおまえと比較されても」
「いやいや、ほんとに上手いよ保坂君」
「そうですかね」
「うん。ほんと」
「でも、どうして俺たちと勝負したがらないんだ?」
「そうしないと、同好会の誰かがこいつの相手しないといけないからです」
プレーするのは、丹弥と朱里とにゅ。
つまり誰かが余った一人の相手をしなきゃならんわけで。
飛び入りだってのに、これ以上ご迷惑をかける訳にはいかん。
「ねえ先輩! なんか、技とか無いんですか?」
「え? ああ、あるけど。キスショットとかキャノンショットとかマッセとか」
「マッセ! かっこいい名前! どんなのですそれ!」
「カーブショットのことだけど。バックスピンかけて、こう、戻ってくるようなこともできる」
「時を戻すんですか!? それ教えて!!」
「なに聞いてたんだお前。それにラシャ傷めるからダメ」
しょんぼりすんな。
だからさ。
これ以上迷惑かけたくねえんだって。
……なあ。
そう言ってるじゃねえか。
「秋乃! 俺たちがゲーム中のビリヤード台にヒヨコ置いてどうする気だ!」
「先輩が教えてくれないなら! 自力でやってみます!」
「朱里も待てこら! 打つな!」
「こ、これから、時を進める手品をします!」
「これから、時を戻すショットをします!」
「あーもー! ちょっと二人とも待てって!」
いやいやいや。
何考えてんだお前ら。
同好会の皆さんも、大笑いして誰も止めようとしねえけど。
どうなっても知らんぞ。
「お前、時を進めるって、何?」
「その名も、『末世』!」
「笑えんわ!」
「こちらの、タネも仕掛けもないヒヨコ!」
「ぴよぴよいってて可哀そうだろ。すぐ終わらせろよ?」
「この子の上に大きなタオルをかぶせると……」
「こら。ぴよぴよが台の中移動してるんだが」
「なんと! 大人になります!」
「もう子の方がバレとるて」
「3・2・1! はい!」
「うはははははははははははは!!! 焼き鳥缶!!!」
時、進みすぎとる!
もうちょっと手前で止めろや!
でも良かったな。
同好会の皆さん、爆笑してくれてるぜ。
わざわざ準備して、この手ごたえ。
ようやく満足そうに笑えたな。
「ほら、もう十分だろ? これ以上迷惑は……」
「えい! マッセ!!」
「うわ! こっち忘れてた!」
秋乃の手品なんかそっちのけ。
何度も空振りした後、やっと朱里がボールを突くと。
そいつが、焼き鳥缶を見事にポケットに落として。
「つっかえるわ! お前、なんてこと……」
慌てた俺の見る前で。
リターンボックスへコロコロと帰って来たのが。
「ぴよ」
「時が戻った!!!!」
「「「「わはははははははははははは!!!」」」」
秋乃のネタを踏み台に。
それ以上の笑いをかっさらっていった朱里。
これはもう。
笑いの女神に愛されてるとしか思えない。
「くぅ……!」
だから、膝を突いて悔しがる秋乃に。
俺は、慰めの一言をかけてやった。
「…………ちゃんと、缶詰取り出しとけよ」
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