虹の日
~ 七月十六日(金) 虹の日 ~
※
心に一切の曇りなく。
澄みきってるさま。
いつも楽しそうに笑う人は。
一緒にいて、幸せな気持ちになるもの。
それがこいつの。
唯一にして絶対の美点。
俺は、いままでずっと。
そう思っていた。
「にょーーー!! 先輩先輩! いいことありそう!」
でもさすがに、今日ばかりは気楽に付き合えん。
俺は、速足のせいで息を切らせてるくせに。
余計なことを言うにょをたしなめる。
「黙って歩けよ。なんなんだよ」
「ほら! 虹が出てますよ! 虹!!」
「余計なことはいいから急げ。今日すっぽかしたらさすがに失礼だ」
いや、すでに十分失礼なんだ。
もう一度やったら炎上案件。
クイズ研究会の部室へ向かう前。
ちょっとお高めのお菓子を買って。
学校への道を急いでいたら。
こいつがいつものように騒ぎ始めたんだが。
「虹くらい、外で水撒きしたらいつでも見れるだろうが」
「でもでも! いいことありそうです!」
「いや、お前。これ以上どんないいことあるんだよ」
この一週間。
いいことがずっと続いてた事実に気づきもしないこいつにとっての『いいこと』とは。
ワイヤレスイヤホンが。
今度は何になるんだ?
「お前、まだ欲しいものがあるのか?」
「あります!」
「なにが欲しいんだよ」
「毎日、いいことがありますように!」
「うはははははははははははは!!!」
イヤホンが、今日は何に化けるのやら。
断言しよう
一年後、お前は日本の所有者になってる。
「なんで笑うの!? まじめに答えたのに!」
「わるい。なにか、『モノ』が出てくると思ってたから」
「そんなに物欲ないですよ、ぼく」
「どの口が言う」
「だって、ほら! 昨日手に入れたワイヤレスイヤホンだってこの通り!」
にょは、カバンを漁って。
店のシールが貼られたイヤホンを取り出した。
たしかに、普通ならすぐ使うものだろうけど。
未開封なんて。
ほんとにこいつ、物欲が無いんじゃ……。
「さて! 今日はこれが何に化けると思います?」
「うはははははははははははは!!! 物欲の権化じゃねえか!!!」
一瞬でも信じた俺がバカだった。
こいつは、十年後に。
世界を手に入れる女だったんだ。
そんな、交換の達人が。
ようやくたどり着いた正門前で。
「あ! よっぴーだ! やっほーーー!!」
立ちつくしている女の子に声をかけたんだが……。
「あれ? 料理部で見たな、あの子」
「ぼくのクラスメイトです。隣の子も」
そっちの子は、手芸部で見かけたな。
どういうわけか。
二人とも元気がないんだが。
「どしたの?」
「しゅりちゃん……。あのね?」
そして、手芸部の子が小さな手を広げると。
現れたのは、白いワイヤレスイヤホン。
俺が、にょと一緒にそれを見つめたところで。
よっぴーさんが事情を説明し始めた。
「あのね? これ、あたしが借りたんだけど、壊れてたのよ」
「そんなことない……。だって、朝まで使ってたもの」
「だから、それから借りるまでの間に壊れたんでしょ?」
「うん……。でも……」
ああ、なるほどな。
貸した矢先に壊れたのか。
物の貸し借りをすると。
こういう面倒はつきもんだが。
俺は未だに。
優しいやつが損をする解決以外見たことが無い。
「でも、変な操作してたじゃない?」
「ボリューム調整してただけだって」
「う、うん……」
可愛そうに。
これは、貸した子の方が泣き寝入りになりそうだな。
もっとも。
借りた子だって、元々壊れてたか。
触ってすぐに壊れたかなんだから。
自分のせいだと思うはずもない。
「そんなに疑わないでよ。まさか、弁償しろって言うの?」
「う、ううん? そうじゃなくて……」
それなり高い品だ。
第三者が両成敗を提案したところで。
どっちも納得できないだろう。
「じゃあ何なのよ!」
「え、えっと……、ぐすん」
「泣きたいのはこっちよ! どうして信じてくれないの!?」
ありゃ、貸した方の子が泣きだしちゃったよ。
よっぴーさんも悲しそう。
これ。
どうすりゃいい?
「まあまあまあまあ!! ちょっと待とうよ、よっぴーあっきー!!」
いや、気持ちは分かるけど。
お前が間に入ってどうする気だ。
俺にすら、良い解決法が見つからない。
面倒な面倒な事件。
いつでも頭がからっぽなお前に。
解決できるはずが……。
「これ! 貰いもんだからあげるよ!!」
「え?」
「え?」
「え?」
妙なこと言い始めたら止めようと。
そんなことを考えていた俺の胸に稲妻が落ちる。
こいつは。
封も切られていないイヤホンを。
泣いていた女の子に手渡した。
「で、でも、これ……」
「いや、なに言ってんだよ新田さん。もらえないよ」
「いいっていいって! 性能が違ってたらごめんねだけど、そういうのよく分かんなくて!」
「そういう事じゃなく……」
「じゃあ、部活あっから! また明日ね!!」
そして、両手を広げて駆け出す癖っ毛さん。
楽しそうに、昇降口へ向かうかと思いきや。
「にょーーー!! 先輩! 虹! 触れそうなとこに虹があります!!」
九十度向きを変えて。
園芸部が水を撒いてるところに行っちまった。
……やれやれ。
頭も胸の中もからっぽなことが。
こんなに清々しいなんて。
優しいやつが損をする。
でも、それを損と思わない人がいるとしたら。
「おまえ……。いいのか? あげちゃって」
「あ! 先輩! 凄いです!」
「なにが」
「やっぱありましたよ、いいこと! お友達を助けてあげることできました!」
それを、損とは思わず。
素敵なことだと思う人がいたとすれば。
こうして。
世の中から、悲しい事件が。
一つ消えるんだ。
「あ、でも、先輩の誕プレでしたね。こういうことするの、ダメなのでしょうか」
「いいんじゃねえか? プレゼントって、相手の喜ぶ顔が見たいからあげるもんだから」
「ぼく、喜んだ顔してます?」
「そりゃもう」
「じゃあいいか! 先輩! 虹、くぐりますよ!!」
「こらまて、珠里」
考え無し。
からっぽの心。
澄み切った空のようなこいつのことを。
今日は見直した。
俺も、見習わないと。
そんなことを感じながら。
園芸部の先輩が、水撒き用のホースで作った虹のアーチを。
こいつと一緒に、駆け抜けた。
「にょーーーーっ!! お菓子、びっしょびしょ!!」
「やっぱお前、ちょっとは頭使って生きてくれ」
こうして金塊は。
素敵な笑顔と交換されたのだった。
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