ありがとうの日


 ~ 七月十五日(木)

  ありがとうの日 ~

 ※三拝九拝さんぱいきゅうはい

  何度も頭を下げて謝意を表す。

  恥ずかしがらず、黙らずに。

  態度に出すのが当然だな、謝意は。


  そう。

  謝意は。




「シャイ?」

「そう来ると思った」


 拗音トリオで最も騒がしい。

 にょ、担当の新田にった珠里しゅり


 三人揃って似た様な猫っ毛で。

 背の順で並ぶと真ん中のこいつは。


 さっきからずっと。

 俺をイライラさせ続けていた。


「そんなに恥ずかしいんですか?」

「だから、そのシャイじゃねえ」


 他の三人には。

 土産になるお菓子を見に行かせてるから。


 家電コーナーにいるのは。

 俺たち二人だけ。


 ここは週の頭にも立ち寄った。

 ショッピング施設なんだが。


 そこへ。

 再び足を運んだ理由とは。


「先輩、恥ずかしがらないでいいんですよ?」

「恥ずかしがってねえ」

「もう、ありがとうくらい言えばいいのに。ほんと照れ屋さんですね」


 昨日の失礼の埋め合わせ。

 部活見学を今日にずらしてもらった、クイズ研究会への手土産、甘々棒かんかんぼう


 昼休みに、ぬいぐるみと一緒にクラスへ遊びに来たこいつが全部食べちまったことがそもそものきっかけだった。


 ちょっぴり足を運びづらくなったクイズ研。

 そこにこいつが、どうしてもワイヤレスイヤホンが欲しくなって小遣いを前借りしてきたから買い物に付き合えとか言い出すもんだから。


「二日続けてドタキャン……」

「ほんと、こんな美少女と週に二回もお買い物とか。照れ臭くても、口に出したら気持ちいいですよ? ありがとうって」


 そうだな。

 ありがとうって言葉は気持ちがいい。


 でもな?

 感謝してねえ相手に言う場合は。


 腹立たしさしか感じないもんなんだよ。


「そう言えば、先輩。最近、にやだけ『にゃ』じゃなくて『丹弥』って呼ぶようになったよね」


 こいつは、話題がコロコロ転ぶ。

 基本的には暇しないから、責めてるわけじゃねえんだがめんどくさい。


 ……丹弥を、にゃと呼ばなくなったきっかけか。

 あれはたしか二人三脚の時だったな。


 友情のために人知れず努力して。

 なのに、自分だけ遠慮してる姿を見て。


 その頃からかな。

 名前で呼んでるの。


「まさか先輩、にや狙い? にょーーー!」

「違うわ」

「どうしてもって言うなら応援するけど。…………先輩、にやの趣味とはかけ離れてるかな」

「どんな男が好みなんだ?」


 会話の流れで、普通に聞いただけなんだが。

 こいつの疑いようったらねえ。


 そんなににやにやすんな。

 お前はにょだろうが。


「どうしても聞きたい?」

「まあ、それなりに」

「じゃあ見た目と中身、どっちを聞きたいですか?」

「見た目」

「そっちかー!! そっちはほんと! 欠片もかすってねえんですけど……」

「いいから言えよ。丹弥の好きな男性のタイプは?」

「ゴスロリ美少女」

「うはははははははははははは!!! 男ですらねえ!!!」


 おっといけねえ。

 この店に来ると、つい騒いじまうな。

 周りの視線が痛いこと。


 ……いや。

 この店だけじゃないか。


 三人組と出会ってから。

 連日どこでも大騒ぎ。


 毎日が楽しくて。

 毎日が新鮮で。


 だからだろうな。


 お前らが、わがままを言っても。

 こうして付き合ってやろうって気になっちまうのは。


 いつも。

 散々な目に遭っても、最後には。


 ありがとうって気持ちになるのは。


「さて!! どれがいいかな……。先輩、教えてくださいよ!」

「小遣い前借りしてまで欲しくなるか? ワイヤレスイヤホン」

「だって、携帯で音楽聞きたくて……。むむむ、目移りする」


 棚の商品を。

 性能じゃなくて見た目で吟味し始めたにょ。


 その手に握られたぬいぐるみ。

 隣の店で売ってたやつだから。


 ちょっぴり不安。


「……しかし、ほんと可愛いな」

「にょーーーーっ!! にや狙いじゃないんですか!? 見境なしですね!」


 だから騒ぐなって。

 ほんとに店からつまみ出されるぞ。


「違う違う。ぬいぐるみの話だ」

「なんだ、小太郎さんのことですか」

「そりゃまた使えなさそうな名前つけたな」

「先輩、ぬいぐるみとか好きなんですか?」

「妹が好きなんだよ。買って行ってやろうかな」

「妹さんに買うくらいなら、可愛い後輩にワイヤレスイヤホン買いましょうよ」


 どうしてそうなるのか理解不能。

 まあ、今日は何をしゃべっているのか意味自体は分かるからマシか。


「むむ……。それにしても焼肉レシピですね……」

「言ったそばから」


 決めかねる。

 いや、良いのが無い。


 こいつは何て言いたかったんだろう。

 改めて、通訳の重要性を痛感することになった俺は。


 考えるのをやめて。

 棚にかかったイヤホンを一つ手に取った。


「……お? いいな、これ」


 機能的にはそこそこ。

 そして、デザインがかなりいい。


 ケースもスタイリッシュで。

 お値段も、四千円なら及第点。


「自分用に欲しいな」

「にょーーーー!! 先輩、センスいいっすね!」

「そうか?」

「ぼくも同じの欲しい!」


 ……おお。

 なんだろう、ちょっとむずかゆい。


 同じものが欲しい。

 これは、言った側は、意識していないことが多いけど。

 言われた側が変に勘ぐって嬉しくなる。

 そういうセリフだ。


 棚には、残りひとつ。

 購買意欲が五割増しになるシチュエーション。


 にょは、もちろんその手を伸ばして。



 ……俺のイヤホンを取り上げた。



「は? 棚にもう一個あるぞ?」

「交換!」

「…………え? すまん。何と何を?」

「小太郎さんと!!」

「はぁ!?」


 いやいや、お前がなに言ってんのかさっぱりわからんのだが。


「俺がこれ買って、お前のぬいぐるみと交換しろってこと!?」

「はい!」

「はいじゃねえ! お前、俺と同じの欲しいって……」

「だから、これと同じの欲しいって言ってるじゃないですか」

「んん??? えっと……、え?」


 たまにおかしなこというやつだとは思ってたけど。

 これはまるで訳が分からん。


 ならば。

 せめてこれは理解してくれまいか?


「俺、隣の店に行けば三千円で買えるんだが、ぬいぐるみ」

「先輩はそうかもしれませんけど、ぼくは交換したらお金使わないで済むんですよ!!」

「そりゃ当たり前だ」

「だから、先輩が欲しいって言ってたぬいぐるみと交換してあげるって言ってるんです!」

「あ、いや。だからさ……」

「ありがとうは?」

「へ?」

「ありがとうは?」


 こいつ。

 交換してあげるっていう行為そのものに千円以上の価値を見出してる。


 もう何を言っても無駄だと悟った俺は。

 小太郎さんの手を取った。


「……上り詰めたな、お前」

「ありがとうは?」


 それだけは。

 死んでも言ってやらん。

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