ひまわりの日


 ~ 七月十四日(水) ひまわりの日 ~

 ※千里結言せんりけつげん

  遠くにいる友人と交わした約束




「お弁当箱、貰って来ました!」

「よかった。スーザン、喜んでたでしょ。ペンケース、ほんとにずっと探してたから」

「ぼくも喜んでますのでワイパーです!!」

「ワイパー?」

「すいません。今のは、ウインウインって意味です」

「あら、通訳ありがとう」


 ほんとは違う部の見学をお願いしていたんだけど。

 料理部の部長さんが、是非にとおすすめしてくれて。


 今日は手芸部にお邪魔した、俺たち部活探検同好会。


 見学のキャンセルなんて、どういう感じで伝えたらいいか分からなかったから。

 久しぶりに雛罌粟さんに電話して、丁寧なお断りの仕方を教わったんだが。


 最後に、キャンセル相手を告げた瞬間。

 そこなら連絡しなくて良いわと言われた。



 ……なにがあるんだ、クイズ研究会に。



 さて、それはさておき。

 俺としては、二日続いての恥さらし。


 世に顕現するのが早すぎた男。

 そんな言葉で丹弥からいじられ続けているんだが。


 丹弥もにゅも。

 やたらうまいから反撃できん。


 とくに。


「にょーーー! これ、誰が作った刺繍!?」

「ゆあだよ」

「うめえ!!」


 課題で貰ったヒマワリの刺繍。

 お手本とはかけ離れているけど。


 繊細な上品さと。

 大胆な子供っぽさを併せ持つ。


 すばらしい作品を作り上げた、にゅ。


「にゅ?」

「ああ、いいからよそ見しながら縫うな。俺みたいになるぞ?」


 その才能を生かすために。

 もっと難しいものにチャレンジしましょうと。


 ぬいぐるみの作り方を教わって。

 クマを作り始めている。


 そんな彼女に対して。


 俺の作品は。


「す、すごい綺麗……、ね? 感動したかも」

「まあな。慣れてるから」


 目を丸くさせて。

 美しく巻かれた絆創膏を褒めるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 もちろん、肝心の刺繍からは。

 完全に目を背ける徹底ぶり。


「あら、そんなに見事? ……へえ。綺麗なダリアね」


 ダリアって花がどんなもんなのかよく知らねえが。

 手芸部の子には、お手本のヒマワリに見えてねえって事だけは伝わった。


「ずいぶんきれいに染めてるけど。染料に、何を使ったの?」

「ただの食べ物だ」


 果たして、バンパイアにとってこれが食べ物なのか飲み物なのか。

 疑問が残るところではあるが。


 真実を伝えて叫び声をあげられるよりはマシだろう。



 ……しかし、内容が内容だけに。

 静かな子が多い部なんだが。


 俺たちがお邪魔してるせいで。

 やたらと騒がしい。


 ご迷惑にならなきゃいいがと。

 考えたその矢先。


 扉が開いて。

 聞き慣れただみ声が響き渡る。


「こら、もう少し静かにできんのか」

「げ」

「せ、先生……」


 なんでこんなところに顔を出したのか。

 寄せた眉根に頷いたこいつは。


「隣の文芸部の活動を監督していたんだ。迷惑だからボリュームを落とすように」

「あれ? 顧問だったんだ、文芸部の」

「いや、顧問の桜沢先生が欠勤しておってな。俺が代わりを引き受けたのだ」


 ……おい。

 一見、熱心な教師に見えなくはないが俺は騙されんぞ。


「お前、俺たちの顧問でもあること覚えてるか?」

「……よし。今騒がしかった全責任は部長がとれ」

「ひでえ誤魔化し方だな」


 俺は、いつもの通りに腰を浮かせたんだが。

 こいつは、手でそれを制してきた。


「後輩たちもいるところだ、気を付けろ。威厳というものを忘れてはいけない」

「おお。……じゃあ、責任ってのは?」

「今から静かにするよう、お前が目を光らせれば良かろう」


 そんな、空から槍でも降ってきそうな珍しい言葉を残して。

 部室から出て行った先生。


 なるほど、威厳か。

 そういう事なら任せとけ。


 俺は、お手本になるべく。

 口を開くことなく再び課題に向き合うと。


 そんな姿を見た後輩たちが。

 威厳のある俺を見習って。



 ……さっきより騒がしくなった。



「うげ!! 先輩、昨日に続いてひでえ出来ですね、これ!!」

「私も、なんか見てるだけで呪われそうって思ってた」

「しかも、血がにじんでホラーですよホラー!! 彼岸花!!」

「指に刺した針はちゃんと買い取って下さいよ? 同好会の恥になるから」

「…………威厳」


 秋乃が、ぽんぽん頭を撫でて来たが。

 やめねえか、余計泣きそうになるわ。


 威厳の無い俺たちでは。

 こいつらを押さえ付けられそうもない。


 恥ずかしい話だが。

 ここは、手芸部の先輩の力を借りよう。


 俺は、大人びた雰囲気を持つ部長さんに。

 助けを求めようとしたんだが。


 この人、どういう訳か。

 にょがトレードしてきた弁当箱をじっと見つめて。


 ぷるぷる震えてる。


「どうしたんだ?」

「こ……、これ! 可愛い!!!」

「うわびっくりした。ちょっと、ボリューム下げて……」

「ねえ! これ、どこで買ったの!?」

「ぼく? えっと、交換してきたんですけど……、ネットでも売ってましたよ?」

「どこ!!」


 凄い剣幕に圧倒されながら。

 にょが、携帯をいじっていたんだが。


「にょーーー!? 売り切れてる!!」

「ウソでしょ!? ああ……、これ、ほんと可愛いのに……」


 がっくりとうな垂れる先輩の元に。

 部員が駆け寄って、大きな声で励まし始める。


 おいおい。

 どうすんだよさっきより騒がしくなって。


「……立哉君」

「なんだ?」

「腰浮かせて、どうしたの?」

「ただの条件反射」


 これ以上騒がしくなったら大変だ。

 俺は、なにか上手い手が無いかと、辺りを見渡してみれば……。


「ウソだろ?」


 にゅがお手本にしていたぬいぐるみ。

 これ、まさか。


「おい。これって確か……」

「にょーーーーー!! 三千円のぬいぐるみ!!」

「だよなやっぱり。……あ、いや、ちょっと待てお前」


 止めるには遅すぎ。

 しかもあやふやな止め方になったのは。


 こんな失礼を。

 ちょっといい手かもと思っちまったせい。


 にょは、ぬいぐるみの手を引いて。

 部長さんの前に弁当箱と共に突き出した。


「せんぱいせんぱい!! この子と交換ならいいですよ!」

「ほんと!? 交換する! 今すぐ!!」

「にょーーーーー!! やったあああ!」

「あたしも、やったーーーー!!」


 そして始まる、取引成立の盛大な宴。

 舞えよ歌えの大騒ぎ。


 もちろん、俺は。


「……威厳?」

「そうね」


 誰が見ても立派だと褒め称えるほどの直立不動を。


 部室の前で披露することにした。

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