盆迎え火


 ~ 七月十三日(火) 盆迎え火 ~

 ※物物交換ぶつぶつこうかん

  貨幣経済以前に行われていた取引手法。

  簡単に言うが、かなり複雑なことを

  していたのではないかと思ったりする。




「ぼく、できました!」

「にゅ!」

「すいません。もうちょっとかかりそうです」

「いいのよ、ゆっくりやって? できた人は、採点するから持って来てね!」


 体育祭と。

 期末試験の間。


 ほとんど活動していなかった。

 我々、部活探検同好会。


 そのうっぷんを晴らすべく。

 過密な活動スケジュールを組んでいるんだが。


「おかげでバイトできねえ……」

「で、でも……。楽しい……、よ?」


 終業式のライブにむけて。

 猛特訓している最中だというのに。


 むしろ、後輩トリオと連日会えることを。

 楽しみにしているこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のサラサラストレート髪を。

 コック帽の中に押し込んで。


 偉そうに、俺の手際を見ていちいち。


「ふう……」

「そのやれやれポーズ。腹が立つんだが」


 まるで、弟子の様子に呆れるシェフ気取り。

 でも、ガツンと反論できねえ理由がある。


「あちゃあ。保坂、こういうの苦手?」

「そうですね。料理は毎日するし、手先もそれなり器用だと思ってたんだけど……」


 手厳しい指摘を入れる先輩は。

 料理部の部長さん。


 今日は、こちらにお邪魔して。

 みんなでデコ弁の講習を受けている。


 説明も丁寧。

 手法も簡単。

 しかも完成見本の目の前という好立地。


 なのに、俺の弁当箱の中にいるパンダが。

 何度つくりなおしてみてもムンクの名画。


「こっちは望み薄ね。舞浜はやらないの?」

「お、お弁当を作るのは立哉君の仕事なんで……」


 おいおい、勘弁しろよ。

 お前が妙なこと言うから、調理室中からひゅーひゅーと隙間風の大合唱だ


 中でも一番煽って来て、ハート型のセルクルと桜でんぶを渡してくる先輩がいたんだが。


 サスペンス映画じゃ、最初に被害に遭う面倒なおちゃらけタイプ。

 お前を、『十二時まで待てないシンデレラ』と呼ぶことにしよう。


「あはは! それじゃ、保坂をもっとしごいてやらないとね!」

「勘弁してくれ。こっちじゃなくて秋乃をしごいてくれ」

「まあ、それもそうね! 舞浜、サボってないで自分でもやってみて?」

「りょ、了解……」


 ようやく面倒なシェフを引きはがせたと。

 ほっとしたのも束の間のこと。


 こいつが、溶接工のマスクをかぶって小型電動ノコギリを握る姿を見た途端。


 さっきまでの隙間風が。

 悲鳴に変わる。


 うん、見ないでもわかる。

 被害者はシンデレラだ。


「なんのさわぎですか? また舞浜先輩、やらかしてます?」

「うわ。人でも切りそうな雰囲気。あの人はあれで何をする気なんだろ」

「ある意味、料理する気だと思うが」

「だれうま」

「だれうま」


 作品の提出を終えて。

 俺のもとに集まってきた、にゃにゅにょ。


 秋乃の悪ふざけには興味も示さず。

 ため息と共に完全放置。


 そのうち、暇を持て余したにょが。

 昨日のプレゼントを机に並べてはしゃぎ出したんだが。


「……ん? お前、ペンケースまだ使ってねえのかよ」

「はい! 新品まんま! おかげで、文房具が鞄の底に散らばってます!」

「でけえペンケースだな」

「あら? それ……、私がずっと探してたペンケース」


 通りかかった料理部の部長さんが。

 にょのペンケースに食いついた。


「それ、使いやすくて。壊れても同じの買い続けてたんだけど、急に見つからなくなって探してたのよ。どこで買ったの?」

「あちゃあ!! これ、最後の一個で入荷予定ないって言われたから慌てて買ったんですよ」

「そうなんだ。それ、譲ってくれない?」

「あ、でも、あの、これ、誕プレなんで……」

「ああ、それならいいの。ごめんね、困らせるようなこと言って」

「いえ……」


 申し訳なさそうにするにょに。

 優しい笑顔を向けた部長さん。


 でも、離れる背中からは心残りが感じられて。

 三人娘は、ちょっぴり悲しそうな顔をする。


 しょうがねえ。

 ここはひとつ、楽しくなるネタをふってやろう。


「そうだ。お前ら、合宿でやりたいこと、そろそろ決まったか?」


 そんな言葉ひとつでころっと笑顔になった拗音トリオ。

 どうやら、既にやりたい事を決めていたようで。


「キャンプ!!」

「うん」

「にゅ!」


 へえ、意外。

 まあいいけど。


「でも大丈夫か? テントで寝袋って、意外と寝苦しいぞ?」

「なに言ってるんです? ぼく、クーラーないと寝れませんよ?」

「ホテルに決まってるじゃないですか」

「にゅ」

「お前らの方がなに言ってんだ!?」


 バーベキューとかフィールドアクティビティーとか。

 そういうこと言いたいんだろうけど。


 それはキャンプじゃないんじゃね?


 でもこいつらに決めさせた時点で俺の負け。

 そして始まる、彼女ら目線のキャンプ談義。


「お昼にバーベキューはしたいよね!」

「にゅ」

「私、ハンモックとかやってみたい」

「にゅ!」

「そして最後はキャンプファイヤー!!」

「にゅーーー!!」


 おいおい冗談じゃねえ。


「五人でそんなもの囲んだら大変だ」

「なんで?」

「手を繋いで輪になってみろ。昼食ったってのに、夜もバーベキューだ」

「ちっちゃく!!」

「地味に」

「焚火か?」

「どうせなら野菜焼こう! ナスに棒挿して……」

「キュウリに棒挿して」

「迎え火か?」


 焼きキュウリってなんだよ丹弥。

 聞いたことねえぞ。


「迎え火ってあれですよね? 乗りにくそうなナスに乗って帰って来るっていう」

「天から降りて来るんだから、龍に乗ってくればいいのに」

「どうやって作るんだよ、野菜の龍」

「できたよ……。野菜の龍……」

「うはははははははははははは!!!」


 ひょこっと顔を出した秋乃の目の前に雄々しく立つそれは。


 電動ノコギリ一つで彫った。

 ニンジンで出来た登り龍。


 先輩方が、盛大な拍手を送る中。

 俺は、秋乃のおでこにチョップした。


「あ、あたしの器用さにやきもち?」

「ちがうわ。お前が作った物は何?」

「デコ弁。見事なデコレーション」

「……弁」

「え?」

「弁成分」

「あ」


 ようやく、自分が手にした弁当箱を見て。

 どう収納したものか考え出したおばかさん。


「パ、パーツごとに切って、後で組み立てれば……」

「プラモか」


 そして再び電ノコを構える秋乃に。

 にょが、急に駆け寄るもんだから慌てて腕を引いた。


「危ないよ何やってんだ!」

「せ……、先輩! 舞浜先輩の、あれ、二千円!!」

「は?」

「ぼくが欲しかったお弁当箱!!!」


 言われてみれば。

 秋乃が持ってた弁当箱は。


 昨日、こいつが携帯で見せて来たものとまったく同じ。


「舞浜先輩! いいなあ!!」

「こ、これ……。料理部から借りたもの……」

「え?」

「だから、料理部の備品……、よ?」


 そんな言葉に、こいつの反応ときたら。

 にょが、部長さんの顔と俺の顔を交互に見続けるメトロノームになっちまった。


「…………いいよ、べつに」

「にょーーーー!! やたっ!!」


 こうして、千五百円のペンケースは。

 二千円の弁当箱へと姿を変えた。

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