変革
――唐突にそれはやってきた。
マリアが指導者に就任して数日が経過し威勢よくマリアは、バンケットの扉を開け放った。それはガヤガヤといつも通りの騒がしさを一瞬で沈黙に変えた。マリアは今から祝砲をあげるとかいう喜びの表情ではなく、なにか凄いことを始めようとする決意に満ちた顔つきだった。
「今より! この都市内での一切の娯楽を禁ずる! 贅沢をするな! 働くのだ! 」
「おいおいマリア、これはなにかの余興か?」
酒豪のアンドリューはそう言い放った。開店してからずっと酒を飲み続けて酔っ払っているから正常な判断が出来なくなっているのだろうか。マリアからはそんな気配を一切感じない。これが本当に余興なのだとしたら、今すぐ軍人をやめて演者になるべきだ。俺は絶対にそう推薦する。
「余興? そんなわけがなかろうアンドリュー。残念ながら冗談でもなければ芝居でもない。これは本当に本日決まった条例だ。お前たちは、我が栄えあるドイツ軍のために馬車馬の如く働いてもらう! さぁ! 仕事に戻れ!」
マリアそう鞭打った。そういえば、今日は軍人の人たちが1人もこの場に来てはいなかった。最高指導者の引き継ぎ作業やらなんやらで忙しいのかと思っていたが、それも少し違っていた。
「おい! 嘘だろ……」
ウィルソンがそう声を漏らしてしまったのも無理はない。マリアの先程の叫びに呼応するように扉から軍人たちがゾロゾロと中へ入り揃って敬礼をする。その中にはスミスもいたからだ。揃いも揃ってその表情は真剣だ、そして意志がある。決して演技でもなければマリアに強いられたという訳では無いらしい。
「決まったからと言って、はいそうですかって引き下がるような人達に見えるか?」
「見えない、だがしかし。従ってもらわねばならない。もし従わぬのなら……撃つ」
マリアは手を上げると、周りにいた軍人たちが一斉に鉄砲を構えた。もし撃ったとて威嚇射撃だろうが、あの表情は確かに発砲するぞと言わんとしている。
「撃ってみろよ。俺は撃たれても一向に構わない。この場所がこの空間が大切だから俺は守る。この命に変えても」
「そうか、ならば撃――」
「だめ! やめて!」
マリアが発砲の命を出す前にマリアと俺の間に割って入ったのはこのバンケットの看板娘でありオーナーであるアリシアだった。
「アレク、気持ちはわかるけれど引きましょう! マリア、銃を下ろさせて!」
アリシアの一言で、マリアは手を下ろし銃を下げさせた。
だが俺は納得いかなかった。
「でもアリシア! このバンケットが!」
「いいの、それよりもあなたを失うことの方が怖いから。アレクが死んだらジェシカ、泣いて泣いて干からびてしまう。だから引きましょう。いいわね?」
「分かったよ。ジェシカには酔い以外で泣いて欲しくはない。……めんどくさいから」
「おいアレク、今アタシのことめんどくさいって言ったか?」
「いや、言ってない言ってない」
アリシアの目には心からの恐怖と悲しみがあった。アリシアだって辛いのだ。それを俺はわかっていたはずだった。引かざるを得ない状況だった。
「よろしい、ならば働くのだ。本日をもってビアホールバンケットは閉店とする。では解散!」
なんてことだ……バンケットが封鎖されてしまった。同様にしてほかの娯楽施設も次々と封鎖されていく。
「何が起こってしまったんだ……」
俺たちはいきなりの出来事に呆然と立ち尽くすことしか出来なくなっていた……。しばらく経ち俺たちは仕事場に連れ戻されていた、明らかな過労働、心と体は次第に疲弊し働く気力さえ失われていくだろう。
毎日毎日、もう何日だったかさえ分からない。質素な食事を与えられては、俺たちは一日中家に帰る暇もなく懸命に働いた、許された休みはトイレと食事と少しの睡眠のみ。これではまるで奴隷じゃないか。足枷や手枷で拘束はされていないものの、24時間まるで自由のない生活はたとえ物理的拘束がなくとも奴隷だ。
「俺たちはいつまでこんなことをしていなければいけないのだろう」
いつもの精神状態だったら、俺の職場は目を輝かせて1秒でも多く働いていたいそんな夢のような歯車で溢れた場所なのに、どうしても俺はこの状況を受け入れることが出来なかった。意気は消沈してしまっている。抗う体力もない。俺は自然と眠りについてしまっていた。
夢を見た。ビアホールの夢――いつか見たあの輝かしい景色の夢。木組みで石造りの外見をして、中に入るといくつもの年期の入った古びた机や椅子があり、白熱灯の薄暗い照明がほんのりとウェイトレスの華麗なステップを照らす、光を受け泡で屈折したビールのジョッキがキラキラと輝いていて、そこには俺やアリシア、ジェシカやスミスにウィルソン、あとクリスにジェームズにアンドリューもいた。そしてマリアも……
とても楽しかった、あの頃は……
喉が渇いてくる。またビールを飲みたいと思った、酒臭くも華やかなあの空間で。
――俺は今何をしている?
こんな狭い部屋で何をしているんだ。
何を諦めて何を見出す。この未来の先にあるのは何だ。幸福か絶望か。なぜ抗わない。
――でもお前に何が出来る?
何が出来るかなんて問題ではない。俺は何をしたい。失敗したらどうする。なぜ戦わない。
――アレク。アレク。
俺を呼ぶ声が聞こえる。どこからか遠いところから。後悔してるのか、絶望してるのか、悲嘆に暮れているのか。
「おいアレク、どうした。とてもうなされていたぞ」
俺は目が覚めた。同じ技術者であるジェームズに俺は起こされたのだ。
「本当にどうしたってんだよ……お前泣いてるぞ……」
「泣いてるって誰が?」
「アレク」
俺? と言って俺は目をこすってみると確かにそこには大粒の涙が流れていた。ああそうだ、俺はわかっていたはずだった。どこかで俺は分からないふりをしていた。うじうじしている場合では無い。
「ジェームズ、反旗を翻すんだ。俺たちの日常を取り戻そう」
「ん? あ。え?」
「革命を起こすんだ。俺たちで」
ジェームズから声にならない絶叫が聞こえた。
「なんだお前、アリシアの前で堂々とタダ飯ぐらいしようとしたくせして度胸が足りないんじゃないか? それにお前、まだ借金を働いて返せてないだろ」
「そりゃあ時給が割安だもの……たった1食なのに永遠に払い終わる気がしないよ……」
「だからって逃げ出すのか、お前はまた」
――お前もだアレク。
「……いや、やろう! 革命を!」
「なら決定だ。少しづつ、他のところのバンケットの仲間を集めようそうだな10日後バンケットの中に侵入してみんなで落ち合おう、詳しいことはそれから決める」
「分かったよ、じゃあアレクは北の方をお願い、僕は南の方に声をかけてみるよ」
「了解だ」
俺たちは拳をぶつけ、その場から姿を眩ませた。俺とジェームズはこの街の各地に散らばったバンケットの仲間を説得して集めるために10日間街中を駆け回ったのだ。
そして、10日って言うのはあまりにも呆気なく過ぎ去っていたのだ。俺たちはバンケットに集結した。
「以外に集まったものだな……ジェシカやアリシア達も合わせて34人か……」
俺は周囲を見渡した。たった1ヶ月程度の間にこの店はあまりにも寂しさを感じる静かな雰囲気を醸し出していた。この光景を見るだけでもあの頃が懐かしく感じる。
「みんな! 集まってくれてありがとう! 唐突だが場所を変えたい、俺たちがいなくなってることをマリアは既に知っているだろう。となればここがいちばん怪しいと思うのは明らかだ」
「それじゃあ、ちょっと着いてきてくれるかしら」
アリシアは踵を翻し、ホールの裏へと回った。キッチンの角に置かれた空のビア樽を移動すると、そこに隠し通路がありそこには階段がある。その地下への階段を降りると少し広く何も無い部屋がそこにはあった。
「へぇ、こんなところがあったのか……」
「まぁね、昔は使ってた倉庫なんだけれど、しまう時に階段をおりて出す時に階段を上るのが面倒でね……。今はこのとおり、ホコリっぽくて昔使ってた思い出の品が幾つかあるくらいで、その他は何も無いし、ここは最初の数年しか使ってなかったから知ってる人なんてそうそう居ないわ」
「では気を取り直して。
――みんなにここに集まってもらったのは他でもない! 俺たちは俺たちの日常を取り返すんだ! また再びここでバカ騒ぎするために俺たちは戦わなくちゃいけない!」
俺は拳を突き上げた。ここに来た人達は皆戦う意志を持って来た人ばかりだ。俺のその言葉に全員がおう! と拳をつきあげる。
「でもひとつ、いやふたつかな。ルールを設けたい」
「ルール? 革命にルールなんて必要ないだろ、必要なものは武力と筋力だ」
「ウィルソンの言う通りだ。ただの革命ならの話だが。
でもこれはただの革命じゃない。俺たちのもとある日常を取り返すための革命だ。だから死ぬな、そして殺すな。綺麗事かもしれないが、お前たちが1人でも死んだ瞬間に、お前たちがひとりでも殺したのならこの戦いは終わりを迎える。俺たちの目標を果たすことが出来なかった敗北という終わりだ。それは避けなければならない」
「死ぬな? 殺すな? 国を相手取る戦いでそんなことが可能なのかよ、わかっていると思うが綺麗事だけじゃ世界は回らないんだぜ」
「だからこそ作戦が必要になる。絶対に誰も死なない革命を起こすための作戦が」
ここに来た人達は皆、バンケットのために死んでも良いという覚悟を持ってきた人達なのだろう。それ故に俺の死ぬな殺すなという発言にみな困惑を隠せないでいた。
「策戦はもう既に始まっている。歯車は既に動き出しているのだ」
「どういうこと……?」
「敵は軍隊、その戦力は計り知れない、一方こちらの戦力は、俺が用意した数丁の拳銃と、ダガーナイフ、それくらいだ。あとはこの殺人兵器という科学において世界一発展した環境で肉弾戦を行う他ない。だがしかし、その統率は必ず崩れる。そう決まっている」
どよめきの空気が変わった。続けて口を開く
「俺たちは今夜9時丁度に城攻め合戦を行う。行動パターンとしては2役、陽動と暗殺。暗殺って言っても本当に殺すわけじゃない、無力化か説得が主だ。」
「城攻めの陽動……それだけで統率が崩れるほど軍の力はヤワじゃない」ジェシカは言った
「そこでひとつ、先手を打っておいた。アリシアに協力してもらって。俺たちは俺たちの持てる力を全て使う、たとえそれが酒の力であろうとだ。働き続けているのは俺たちだけではない、贅沢禁止というのは少なくともこの街全域での取り決めだ。そうでなくちゃたった数日でそんな無茶振りを行えるはずがないのだ」
「そこで私が、軍にビア樽を幾つか運んでおいたの」
「酒ってのは依存力がある、毎日のようにバンケットで大騒ぎしていたのなら余計にだ。酔いは確実に夜の城内に染み渡る」
アリシアはあの時反抗する俺を止めていたが、あれはその場しのぎ、作戦も何も無く突っ込むのは無謀だとバンケットに説得に来た時言っていた。この作戦を考えたのは俺じゃない、全部アリシアの策だ。
――そうして俺たちは革命を始める。
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