幕間

幼い頃からマリアはとても心優しく、あらゆる悪を是としない高潔な正義感の持ち主だった。その上とても頭のキレがよく、鍛錬を欠かしたことは無い。そんなマリアが国のため、平和のために軍人を目指し、なんの問題もなく入隊したのは対して珍しいことではなかった。

その後、純粋で人を疑うことをしなかったマリアは絶望した。人を守るために人を殺し、己の欲望のために他人を蹴落すそんな軍の在り方に。その時純然たるマリアは理解したのだ、人はあまりにも汚く己の為ならば悪事をも厭わないそんな思考の人間がこの世にはたくさん蔓延っているのだと。

憔悴したマリアは、あるビアホールに足を運んでいた。願わくばこの記憶を消し去りたい。その為に酒を飲もう。と疲弊しきった体と心を慰めるように初めてバンケットを訪ねた。それはもう今から6年も前のことだ。

そんなマリアの心情をアリシアは表情から見抜いていた。だからこそアリシアはマリアに声をかけたのだ、不満も絶望も声に出して人に伝えるだけで少しは気が楽になるものだと知っていたから。

希望がもうそこには無い、死んだ魚のような目をして毎日マリアは無意識のうちにビアホールに通っていた。アリシアは何度も声をかけたがその度に失敗した。

そして話しかけ続けマリアはようやくアリシアに対し口を開いた。あれから1ヶ月後の事だった。きっかけは笑ってしまうくらい単純で馬鹿げたものだったが、それくらいのおかしさがマリアを少し明るくさせたのかもしれない。マリアは己の絶望をアリシアに話した、そんなことなぜ知らなかったのかというごく自然な質問も妙な慰めも一切しなかった。ただアリシアは相槌をうち、マリアの性格や心情そしてその過去を知っていった。

少しづつ話していくうちに、マリアの絶望が決心に変わっていた。そう、マリアは決意したのだ。私が世界を変え――を守るのだと。その為にまずこの国の頂点に立つ必要があると。

マリアは賢く思い立ったらすぐ行動に移す女だった。1歩ずつ確実に頂点に登りすすめるための準備をし、功績を挙げ1段ずつ階段を昇った。そしてマリアはあまり言葉を話さない寡黙な女になっていったのだ。

――そしてようやく今夜、引導は指導者の元に渡される。

心臓を一突きだった。あまりにも呆気なく、あまりにも静かに頂点の座が空いた。今やもうマリアを咎めるものはいない、前任の指導者は殺されて当然の男だった、とはいえマリアは一切の証拠を残しはしなかった。策戦は無事遂行された。明日頂点の座は疑うことも無くマリアの元に行く、そうなるように計算をして、成果を出し信頼を獲得してきたのだから。

そうしたら、マリアの策戦はようやく実施されるのだ。


「でもしかし一つだけ不安要素があったな……」


マリアは1人呟いた。元指揮官の机や戸棚を漁りそれを探していた。それは根も葉もない噂だったが、確かにそれはそこにあった。マリアの計画が根本から覆されるものが。

――19××年、この国は他国と協定を結び世界を相手に戦争を始める。それはもう確定事項だった。それは覆すことの出来ない絶望となってマリアを再び襲う。だがマリアは、諦めはしなかった。己の知能を全て使いマリアは策戦を練り上げた。


「それが例え今ある日常を壊すものだろうときっと見事に私の手で叶えてみせるんだ。アリシア、君だけは必ず私が守るから……」


――そしてマリアは頂点に登り詰めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る