第2話 奈那子 読み切り

僕は女の子の考えていることが分からない。

友達としてならわかるけど。

好きになったとたん、意識しだしたとたん、女の子の考えていることが分からなくなる。

男友達の誰に聞いても、分からないと言う。

たまに、分かるという人がいるけど、そういう人は本当に女を好きになったことがないんだと思う。

ただ単に僕が彼女を好きで、彼女も僕のことが好きで、ただそれだけのこと、でもそれがわからない。

それを知る方法は、誰もが知っていることで誰もが知らないことなんだと思う。

僕は、奈那子によくそういう話をした。

奈那子は僕のたった一人の女友達だった。僕は奈那子によく話をし、そして奈那子の話を聞いた。僕は饒舌で奈那子は無口だった。でも僕が一時間話した後に奈那子は十分だけ話をした。それだけで十分だった。奈那子は僕の一時間かかる話を十分で語った。機嫌の悪い時は、僕の長い話を一言で片づけた。

僕はよく神の話をし奈那子は神はいないと言った。僕はそのたびに奈那子の中に神が宿るのを感じた。

奈那子は僕の友達だった。だから奈那子の考えていることは手に取るようにわかった。僕は奈那子のことを女として意識したことはなかった。だから奈那子には、何でも話せた。本当に何も考えないで奈那子のそばに入れた。男女の友情が成立するかという話があるけどそんな話さえ僕と奈那子の間には無意味だった。

僕は奈那子といつ友達になったのかも覚えていない。いつから知り合いだったっけと奈那子に言うと奈那子はたぶん前世で兄弟かなんかだったんじゃない。と答えた。そして二人で大笑いした。

僕と奈那子と喫茶店のはしごをした後、夜の神社でベンチに座っていた。そして何度も繰り返した女の子の気持ちが分からないという話を彼女にした。

その夜の彼女の様子はいつもと違っていた。僕は奈那子の機嫌が悪いのだと思った。

そう聞くと奈那子は「ううん。」と答えた。僕はやっぱり機嫌が悪いんだと思った。

でも、奈那子は「そう思う何か経験でもあるの?」と聞いた。

饒舌な僕は奈那子の機嫌を取ることを考えずに話を始めた。

小学校二年生の時の話なんだけど、夕方だったかな。町の神社の境内で仲の良かった男女、七八人でと遊んでたんだ。そしたらその中でも特に仲の良かった女の子二人の姿がいつの間にか消えてたんだ。僕はちょっと心配になって探してると神社の裏手の軒先で女の子二人が向かい合って座っているのを見つけたんだ。二人ともすごく楽しそうで、きゃっきゃっ笑い合ってるんだ。どうしたのかなと思ってよく見るとおへその前ぐらいでピンク色の、直径二十センチぐらいだったかな、ボールみたいなのを持って、それで遊んでるんだ。堅そうに見えるんだけど、二人ともそれをぐにゃぐにゃにしたり時にはその二つのボールを混ぜ合わせたりして楽しんでいるんだ。僕は何か見てはいけないものを見たような気になって突っ立てると、二人が僕に気付いて、「浩二君ならいいよね。」って言って僕を手招きしたんだ。僕が恐る恐る近づくと二人ともすごくいたずらっぽい顔になって「これ、触ってみる?」ってピンクのボールを差し出してきたんだ。僕はいいのかなって思いながら二つのボールを交互に触ってみたんだけど僕が触ってもガラスみたいに固いだけで二人みたいにぐにゃぐにゃにできないんだ。そしたら「やっぱり駄目よね。」って二人で目を合わして笑い合ってるんだ。僕は何だか怖くなって走ってみんなのところに行ったんだ。男友達がどうしたんだ。って聞いてきても、僕は「何にもない。」って答えるしかなかった。

それ以来かな。女の子の気持ちが分からなくなったのは。

奈那子はじっと話を聞いていた。そして僕が話し終わると立ち上がって神殿の前に行き祭神の書かれている額を見た。

「豊津受の神ね。私の村の氏神も豊津受の神だったの。」と自分に言い聞かすように僕に聞こえるように言った。

「いいわ、教えたげる。」

奈那子はにっこり笑った。僕が今まで見たこともない彼女の笑顔だった。

彼女は僕の横に座り直し、そして、すっとみぞおちのあたりから赤い色のボールを取り出した。僕はあっけにとられ口もきけなかった。

「触ってみて。」

彼女は小さな声で囁いた。

僕は恐る恐る赤色のボールに手を伸ばした。

ボールはすごく暖かく、僕が触ったとたんぐにゃりと形を変えた。そして僕の指を暖かく包み込んだ。

僕は奈那子の気持ちが分かった。

そして僕の考えていたことも。

僕は奈那子の目を見つめた。

奈那子の眼はすべてを物語っていた。




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