4・感謝を込めて
「せっかくだし、上でやってもらうか」
スカジャンを脱いでソファに放る。トレーナーの上にキツく腰に巻き付いとったメッシュタイプの黒いサポーターも取り去った。頭上から折り畳まれた梯子をまっすぐにしながら下ろす。花恋が先に上のベッドスぺ――「これ、バンクベッドっつーんだ」……バンクベッドへ上った。
「結構広いですね」
縦は膝立ちがやっと。立てるほどのスペースはない。けど、なかなか横が広い。両サイドに小窓もあるし、ひと口やけどコンセントもある。思ったより居心地ええやん。
「大人が3人ぐらい横になれるぞ」
すでに布団にうつ伏せになってる花恋が、話しづらそうに捕捉してくれる。あごの下に枕を持ってきてしてもらう気満々やな。
やや大きめのトレーナーの上からまずは腰をさする。なんやこれ、男の筋肉みたいにガッチガチや。これが凝りなのか筋肉かは知らんけど。ゆっくりと徐々に指に力を入れて押してみる。……全っ然入らん!
「痛くないですか?」
「この道8年のアラサーの腰をナメんな。もっと強く押しても大丈夫だ」
グググと体重をかける。お、やっと入ってく感触が伝わってきたで。ひと安心や。しっかし、痛(いと)ないんか? 普通の人間なら悲鳴上げるか、罵声を喰らわせてくるような力加減やのに。……まあ、ええか。
「どうして花恋さんは、お嬢なんて言われてるんです?」
黙ってやってるだけじゃつまらん。話を振ってみることにした。
「オヤジが運転手兼社長で、その娘だからだろ。多分アタシが男だったら、ボンなんて呼ばれてたろうな」
気持ちがええんやろか? 穏やかな声で答えてくれた。
「みなさんに頼りにされてるみたいですね」
「うまいこと利用されてるだけさ」
「どうしてトラックのドライバーをしようと思ったんです?」
「昔っから機械をイジったり、車を運転するのが好きでな。免許を取る前からコイツを乗り回していたもんだ」
「えっ?」
「もちろん、敷地内だぞ。公道で乗り回すほどバカなヤンキーじゃないからな」
そりゃそうやろな。一般常識はあるんやね。
「普段は何を運んでるんですか?」
「ウチは大手と直の請負があっから、それ関係の機械だな。いわゆる輸送機械や精密機械。アタシは運ぶだけだけど、精密機械を梱包からしてみてーなと思ってる」
「梱包すると何か違うんですか?」
「金が違う。責任や技術や知識もいるけど、やりがいと手元に入る給料が段違いだ。据付(すえつけ)までできたら、もう最高だろうな」
「据付って?」
「機械を客先の指定した場所に設置することだ。これもいろいろメンドーだけど、やってみたい」
「花恋さんの所ではやってないんです?」
「ウチは運ぶ専門って感じだな。運ぶプロもいいけど、一貫してできるプロってのもたまらねーよな」
へー、よーわからん。仕事なんて簡単で安全のほうがええやろ。ほどほどに給料をもらって、ほどほどの生活をあたしならしたいわ。
「パレット輸送も時々やるぞ。フォークの操作なら同年代の男になんか負けねえ自信がある」
「パレット? フォーク?」
工場のことはさっぱりわからん。それでも花恋の声は優しく、噛み砕くように教えてくれた。
「パレットってのは箱型に組み立てられる金網のことだ。そこに加工する素材を、段ボールやラップで梱包してトラックの荷台に載せる。フォークってのはフォークリフトのこと。フォークのようなツメが2本ある。それをパレットの隙間に挿して、持ち上げて運搬すんだ」
「おお……大変そうですね」
「慣れればおもしろいけどな。荷崩れや落下に注意すれば、なんてことはねえ。運転も精密機械ほど気を遣わねーし。ま、やっすいけどなー」
「長距離運転はつらいですか」
「うん、つらい。体は腰を中心つらいけど、いろんな場所に行けんのは楽しいな。その土地の名産を食えるのはいいぞ」
「楽ありゃ苦ありですねぇ」
「晴希は何をやりてーんだ? 何をしてメシを食っていきたい?」
逆に質問されてもなぁ。なーんにも考えてないんやけど……。
「正直、自分が何をしたいのか。何が向いてるかわからないんです」
「何か得意ことはねーの?」
「特にないんですよねぇ……」
「うーん、パソコンは使えっか?」
「人並みには使えると思います」
「お、そんならウチで事務の手伝いをしてみっか? オヤジがどっかからか仕事取って来て、書類が捌き切れんって総務部長が嘆いてんだ」
「総務部長までいるんですか? 大きい会社なんですね」
「正確には総務部長兼経理部長兼コミュニケーション部長兼応接部長。……実際はアタシのお袋でもある」
「ああ、お母さんですか。掛け持ちしてて大変ですね」
「最後のふたつはオヤジがおもしろがってつけた役職。バカなオヤジだろ?」
思わず笑ってしまう。ユニークなオヤジさんでええやん。しっかし、気になるな。
「どうして会ったばかりのあたしに、こんなに優しくしてくれるんですか」
「パーカーに悪い奴はいねーから。あと、晴希は顔が犬っぽくてかわいいからな」
ハア? あたしの顔はかわいい造りなんてしとらんよ。しかも犬顔なんて初めて言われたわ。なんか複雑やな……。
「これ、ウチの住所な。ま、ひと寝入りすっから、考えてくれや」
花恋はあくびをしながらスマホを操作し、頭上に置いた。その瞬間に寝息が聞こえてきた。寝つきがいいやっちゃな。手を止めてスマホを覗き込んでみれば、会社の住所らしきものが表示されていた。
あたしは自分のスマホを操作しながらバス会社に電話をかける。一応の謝罪と、荷物を花恋の会社に届けてくれるよう手配してもらったのやった。
お嬢の休日 ふり @tekitouabout
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