3・得意料理はインスタント

「やっぱり、幻想的でド直球にエロい『Purple Dream(パープルドリーム)』が大好きですねー。ボーカルのスミレはあんなにかわいいのに、男目線の歌詞を書かせたらピカイチですよ」

「それなら『One Night(ワンナイト)』もいいよな。男と女の乱れ合う光景がハッキリと思い浮かぶもんな。あと、ドラムの若村(わかむら)のこの曲に対しての気合いの入りっぷりが、めちゃくちゃ伝わってくんだよ」

「力強く加速度が増していきますもんね。やっぱり、自分が作曲した楽曲だから、より気合いが入っているのかも」

「なあ、こんなガラで言うのもアレなんだけどさ、『Cute Poison(キュートポイズン)』も好きなんだ。あんまりらしくない曲だけど、毒舌のかわいい女の子が暴れ回る映像が頭に浮かんで、楽しい気持ちになれる。歌詞とポップな曲調のギャップも最高なんだ」

「んー……あっ、初期のほうのミニアルバムにあった曲ですよね? 不勉強ですみません」

「気にすんな。好みは人それぞれだ。こう見えてもかわいいもんには目がなくてな。ミュージックビデオのメンバーもみんな幼さがあって、各々楽しそうに自分の役割をまっとうしていて、それがもうたまらん」


 ……なーんか印象がドンドン変わってきている気がするんやが。案外、花恋の心は乙女チック成分が多めに構成されているのかもわからん。


 こんな感じで1時間ぐらいふたりして雑談しつつPurpleを聴いていたら、あたしの腹が鳴ってもうた。出発前に軽くサンドイッチをつまんだぐらいで、バスの中ではロクに食っとらんし、ソフトクリームは別腹だから腹に溜まらん。今は花恋がトラック飯を食わしてやるって立ち上がって、キッチンに立ったばかりのところや。


 ソファーから見てるとキッチンで何をやってるか見える。水を入れた鍋を火にかけた。冷蔵庫から長ネギとキャベツを取り出し、大雑把に切ったものを投入。そして戸棚からインスタントラーメンを2袋下ろした。おいおい、ここまで来てインスタントのラーメンかい。袋を破って麺をぶち込んどる。


「もうちょっとでできるからなー」


 背中にニシキヘビの刺繍のスカジャンに、ピンクと白の花柄エプロン姿は、ギャップもクソもなくただただ似合わん。けど、不思議な魅力をなぜか醸し出しとる。我ながらそう感じるのは、腹が減ってるせいやなと思い込んだ。


 粉末スープをふたつ鍋に投入――いや、待て待て。パッケージから察してみそとしょうゆやん。なんで混ぜるねん。アホちゃうか。……ただ、ツッコむ勇気がない。


「ほら、冷めないうちに食べろ」


 どんぶりが目の前に置かれる。長ネギとキャベツに、これまた適当に刻んだハムも載せられてる。どんぶりと相まって田舎のばあちゃんが作ったようなテイストやなー。


「いただきます」


 この際作ってくれたんやから、ありがたくいただくとしよ。麺を口に運ぶ。……なんやこれ? みそとしょうゆが互いにぶつかりおうて、なんの味かわからんこっちゃなってるけど、うまい! めっちゃうまいやん!!


「おいしいです!」

「だろ? アタシの得意料理なんだ」


 自分のラーメンにコショウをどっさりかけながらドヤ顔全開の花恋。インスタントラーメンが料理? 入らんこともないやろけど、あんまドヤ顔で言うことちゃうよなー。なんて思いつつも謎のうま味に魅了されとるあたしがおる。誇張抜きで箸が止まらんうまさやもん。


「ごちそうさまでした! こんなおいしいラーメン、初めて食べましたよ!」

「大げさな奴だな」


 そんなこと言いつつも、花恋の頬は緩みっぱなしや。こうしてみると、結構かわいい顔はしとる。ただ、眉毛が薄すぎて般若に見えるけど。自分のどんぶりと、すでに完食した花恋のどんぶりと箸を持って席を立つ。


「お、悪いな」

「これくらいはしないと、罰が当たりますから」


 流し台で洗い物を済ませ、席に戻る途中であることを思いついた。


「トラックの配送をやってると、体が痛くなりません?」

「おう、座りっぱなしだからめっちゃ腰が痛くなるな」

「腰、お揉みしますよ」

「え!?」


 純粋なお礼のつもりやった。ま、さっき抱きしめられたときに、あんまりに痛(いと)うてしゃーなかったから、どんな体つきをしてんのか気になったのもある。間違いなく、今まで会(お)うてきた女の中で一番の筋肉をしとるやろな。


「そこまでしなくていいって。たかがラーメンだぞ」

「ラーメンのお礼は食器洗いで済みました。でも、送っていただくお礼をする手立てがありませんから」

「いいっていいって。新宿に到着するまでの話し相手になってくれれりゃ、アタシは満足さ」

「いえ、それではあたしの気がすみません」


 花恋は何かに気づき、シリアスな表情で聞いてきた。


「……もしかしてアンタ……そっち?」

「へ?」


 そっちってなんや。言葉だけじゃわからへん――ああ、そういう意味か!


「あたしはそっちでもあっちでもありませんよっ」

「そうだよなー、なんとなくフツーの奴だと思ったんだ」


 花恋は警戒を解くように豪快に笑う。んじゃ、なんで言うねん! カマかけとったんか! つーか、アンタのほうがおっさんたちに疑われとったやないか!


「ま、どうでもいいけどなー」


 なんやそれ! どうでもええなら聞くなや。

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