2・キャンピングカー

 初めてキャンピングカーに乗ったんやけど、思うてたんより中が広々として居心地が良さそうな感じや。


 キッチン、電子レンジ、冷蔵庫、ソファ、テーブル、シャワー、天井近くにはベッドもある。まるで動く家やな。ちなみに橘樹の説明によると、当時の新車で800万以上は超えたとかなんとか。ちょうど大企業の直受けになって、儲かったから税金対策も兼ねて買(こ)うたらしい。


「税金対策なら新車より中古車のほうが得だったんじゃ……」


 大学で少しカネのこと勉強してたから気がつけた。橘樹の親父はおかしなことをやっとる。案の定、橘樹が呆れを隠しもせずに答えてくれた。


「よく知ってるな。親父がことあるごとに中古車を買えばよかったってずーっと言ってんだ。ちゃんと調べて買えばよかったのにな。バカだろ?」


 苦笑いでごまかす。バカ正直にバカとは言えへん。アホやけど。


「ということはこれは社用車ですか? ボディーに何もありませんでしたけど」

「恥ずかしいから磁石のシートで隠してんだ」


 営業のサボリーマン的な理由やな。隠さんでもええと思うやけど。こんな県外でキャンピングカーで物珍しいし。興味を持ってくれる荷主がおるかもわからん。……ま、こんなパンチ全開の女に、声をかける命知らずはおらんやろけど。


「運転席は……あまり変わらないんですね」


 運転席と助手席の間に収納スペースがあること以外、フツーの車と変わらん。その上に飲みかけのコーヒーに、シガーソケットで充電しとる音楽プレーヤーとタブレット。さらにライターとタバコが2、3箱投げられてる。面白味もない、予想通りって感じやな。


「広さはハイエースやキャラバンとそんなに変わらねぇよ。そんなもんさ」


 何かおもろいもんがないかなーと見回してみる。すると、運転席側のサンバイザーに、顔写真入りのカードらしいものが挟まってたのに気づく。


「あっ、それを見んな!」


 橘樹の必死な叫びが聞こえた気がしたんやけど、好奇心が勝(まさ)ってもうた。ピッと抜いて見てみれば橘樹の免許証。うわ、3年前もバリッバリのヤンキーやん! えげつなぁ……。つーか、名前が読めへんな。


「それを返せ!」


 免許証をもぎり取られる。とんでもない力で腕ごと持ってかれたかと思ったわ。


「花に恋でなんて読むんですか? かこ?」


 って橘樹メッチャ恥ずかしがっとるやん。うつむいた顔が真っ赤。両手で免許証を押し隠して身を縮こまらせてる。乙女か!


「か、かれん……」

「え?」


 声小っちゃすぎてなんもわからん。わかりやすい舌打ちして、上からにらみつけながら吐き捨てた。


「花恋(かれん)って言うんだよ! 顔と名前が一致しなくて悪かったな!!」


 いや、思(おも)てただけで声に出してへんし。ああ、ツラには出てたんか。


「とても素敵な名前じゃないですか!」

「慰めなんていらねえよ! どーせアレだろ、似合わねー名前だな。カタカナでカレンだったらとかって思ってんだろ!?」


 怒ってるはずなんに、全然怖くない。マンガなら目もグルグル回ってるぐらい混乱しとるな。自分が普段から思うとることを口走ってまって勝手に自滅した。見られとうないならサイフに入れとけっちゅーねん、アホ。


「アンタの下の名前を教えろよ! アタシの名前だけ知られるなんてフェアじゃないぜ!」

「晴希(はるき)です」

「ハ、ハルキ!? どんな字を書くんだ!?」

「天気の晴れに希望の希です」

「ぐぅうううぅぅぅぅぅうッ……かっこいいじゃねえか!!」


 悔しさを全開にしながらも褒めてくれた。こういう素直に称賛するところは参考にしたいもんやな。


「ありがとうございます。でも、あんまり晴希感はないですけどねぇ」

「確かにねぇな。アンタのほうが花恋感があるから、だからアタシと交換してほしいぐらいだぜ。……はあ、中性的な名前っていいよなあ」


 果たして橘樹は昔からこんなヤンキーだったんやろか? 育てたとーちゃんかーちゃんもヤンキーだったらこんなこと思うんやろか? なーんか引っかかるな。


「あたしに花恋感? ないですよ。だってほら」


 マスクをずらしてベロを出す。銀色の3ミリほどの玉が舌先にある。橘樹の反応は予想を裏切って、ドン引きしとった。


「それ、ピアスか?」


 マスクを戻しながら、


「イヤリングです。仮にも就活生が舌に穴なんか開けませんよ」

「ホントだよな。あービビった」

「なのであたし風情が、花恋さんの花恋でも、可憐な人の可憐も当てはまらないのですよ」

「……わりぃな」

「謝ることないですよ」

「おとなしそうな女に見えたけど、結構ヤンチャしてんだな」

「就活のストレス発散です。さすがに面接を受けるときなんかは外しますよ」

「へー、就活って大変なんだな」


 めっちゃ他人事。橘樹は就活したことないんか。まあ、ええわ。話題変えよ。


「さきほどから気になってたんですが、そのピアス――いえ、イヤリングって『Purple(パープル) Attract(アトラクト)』のグッズですよね?」


 橘樹の表情が見る見るうちに喜のほうへと変わっていく。やっぱ好きなんやな。紫のイヤリングってそうそうないもん。


「アンタも好きか!?」

「わたしも大好きですよ、ほら」


 両耳にかかる髪をどかして見せてやる。それぞれの耳に、紫色のPとAの小さいイヤリングをしてる。橘樹とおそろいなんや。


「うおおぉおおぉぉおおぉおおおおお!! パーカーがいた!!!」


 興奮した橘樹に抱きしめられる。筋肉質だから苦しい。ゴリラ並みやな、コイツの力。ちなみにパーカーっちゅうのは頭のパープルから来てるらしい。つーか、痛いっちゅーねん!


「なんの曲が好きなんだ!?」


 少し引き離して聞いてくる。見上げながらなんて答えていいか迷う。改めて身長差にビビるなぁ。あたし158しかないんやで。おまえ男やろって言いたいけど、それなりにチチあったから違うみたいやし。


「やっぱりメジャーデビュー曲の『Danger(デンジャー) Area(エリア)』が好きですね」

「お、アタシも大好きな曲だぜ! よしよし、今かけてやるから待ってろよ!」


 橘樹がエンジンをかける。音楽プレーヤーを操作し、間もなく「Danger Area」の前奏が流れ始めた。デビュー曲とは思えない高い演奏力。ギターとドラムとベースに加え、キーボードの存在が楽曲に奥深さを与えとる。やっぱたまらんわ。


「かっけえよな」

「たまらないですね」


 しばらくふたりして『Purple(パープル) Attract(アトラクト)』の楽曲に酔いしれた。

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