お嬢の休日
ふり
1・SAに置き去りにされた女
今現在で日本一マヌケな女子大学生はあたしなんやろな……。
心の中でため息をつく。昼間のように明るい照明の下、人っ子ひとりいない深夜のSA(サービスエリア)のフードコートの机に突っ伏し、目を閉じているアホ。
格安のバス会社にするんじゃなかったわ。乗客の確認はするやろフツー。口コミで「値段の割には!」……って高評価だったけど、あれはウソか? サクラか? ダマされたあたしも悪いねんけど、いい加減も度が過ぎるやろ。アホな女がスマホと音楽プレーヤーしか持ってないんやで? しかもバスにサイフ忘れたっちゅーねん。ウルトラアホ丸出しや。
口コミで「貧乏学生の味方です!」なんて安易な言葉を信じなければよかったわ。安価には安価なりの理由があるってわけなんや。わかったか? 過去の自分。……なーんて、アホ丸出しの講釈を届きもしない過去の自分に投げてもしょうがないんやけど。
……まあ、急に差し込んできた腹痛(はらいた)になってもうた体も悪い。1個前に寄った大型SAのソフトクリームを、立て続けに3本食べたもあたしも悪い。だって、美味しいんやもん……ガマンできへんもん……長旅は食わなやっとれんへんもん……。
また心でため息が出たわ。でもな、ドン底の中にも希望はあんねん。今あたしの心の支えは流れてる曲や。ホンマ『Purple(パープル) Attract(アトラクト)』は、癒される。大好きな5人組ガールズヴィジュアル系ロックバンドや。作詞作曲のボーカルの脳ミソどないなってんねやろ? いい意味で頭を割って中を見てみたいわ。
ハァ……頭の中でひとりごとを言うのも疲れたわ。少し寝てからバス会社に連絡してもええやろ。
…………。
……。
……なーんか、人の気配がするなぁ。しかも複数人おるやろコレ。ひとりごとに夢中で気にも留めんかった。イヤホンのせいで聞こえんけど、ちょっとボリューム下げてみよか。
「おい、どうするよ。黒髪のネーちゃんがひとりだぞ」
「よせよせ、こういうたぐいのオンナって、ワケありって決まってんだ」
「そうだ。『触らぬ神に祟りなし』ってことわざがある通り、厄介ごとに巻き込まれたくねえ」
ガラガラ声とギャーギャー声とドスドス声。最後のドス声のせいで、一気にヤーさんの集団が休憩しとる可能性に変わったやないか。
「けどよ、ワケぐらい聞いてやってもいいんじゃねえか」
「アホか。聞いたところでどうすんだよ。俺らじゃどうにもできねーだろうが」
「オメェんとこの会社は知らんが、うちは会社の規則でダメだ。破れば一発でクビ。ワシらは荷物を運ぶ仕事をしてんだからな」
一応、堅気(かたぎ)寄りのヤーさんなんやな……? でもなぁ、ヤーさんはだいたい運送屋って言うしなぁ……。
「だよなぁ……。乗用車もねえし、なんでこんな所で寝てんだか。めちゃくちゃ気になる」
「男とケンカして置いてかれたんじゃねえのか。だとしたら、ひでー男もいたもんだ」
「こんなときにお嬢がいたら、よかったのにのう」
お嬢? やっぱ、コイツらヤーさんとこのドライバーやないか! つーか、ヤニくっさ! 3人同時に吸うなや! マスク越しでもくっさいわー。でも言えへん……! 文句を垂れたら、終わりやもん。はよ、コイツら消えてくれんかな。もう、あたしのことはどーでもええ人間としてほっといてほしいわ。
「誰かアタシを呼んだか?」
突然、女の低い声が遠くから聞こえてきた。方向的にはトイレから出てきたぐらいや。
「お嬢!」
3人のおっさんの声が揃う。なんや、演劇でもやっとるんかってぐらいピッタリやな。
「今日は休みだって言ってたじゃねえか」とガラガラ声。
「家にいてもやることねーし。ヒマでここまでかっ飛ばしてきた」
「相棒のキャンピングカーはどうしたんだ? 見かけなかったぞ」とギャーギャー声。
「人目につかない裏手に停めたからな。で、アタシがいたらなんだって」
「そこのネーちゃんが寝てるだろ? 辺りに車もねえし、ここの店員でもなさそうなんだ。ワケありなんだろうが、俺らじゃ聞くに聞けなくてな」とドスドス声。
「ふーん」
靴音が近づいてくる。お嬢というからにはパンチの効いた女やろうな。しかもキャンピングカーまで乗り回すっちゅータフな奴や。少なくとも声の感じも含め、可憐な美少女ではないことは確実。半分男やろってぐらいの見た目を覚悟しとかなアカン。ともかく失礼がないような対応を――
「おい」
体が左右に揺れる。結構強めに揺らすなアホ! 気持ち悪くなるやろが!
「ううん……」
それでもあたしは「今まさに寝起きです!」的な演技をするけどな! 半分寝起きに見せかけつつ、ホンマは恐る恐る顔を上げながらまぶたを開いていく。ずっと目をつむっていたからかなかなか視界のぼやけが取れん。けど、女の見た目の色はわかった。えげつない。
「大丈夫なんか?」
茶髪をツンツンに突っ立て、紫のアイシャドウのめっちゃ濃いメイク。シャーペンの0.3mmで引いたようなマユゲに、血でもすすったみたいな赤い唇。両耳に紫のイヤリングに金と銀のネックレスです、か。……少なくとも一般人ではないっちゅうのがよ~~~くわかりました。曲を止めてイヤホンを引き抜く。
「だ、大丈夫です。あなたは誰ですか?」
「アタシは橘樹(たちばな)ってもんだ。こんな所で何してんだ」
橘樹が真ん前にドカッと腰かける。圧がハンパない。ギャルというよりレディースやん。苦手を通り越して怖いわ。
「あ、あたしは不動(ふどう)です。えっとその、深夜バスに置いてかれまして……」
「どうして」
顔を近づけてくる。メイク分厚すぎまっせ、お嬢さん。こうなったら洗いざらい話してまうか。
「トイレに行ってたら、バスも行ってしまって……。なんかもう嫌になって寝てました。荷物はこれだけなんです」
スマホと音楽プレーヤーをテーブルに並べる。
「ほかの荷物はバスに置きっぱなしにしたってーことか」
「はい、お恥ずかしい限りですが……」
「なるほどな」
女も小さいステンレスの入れ物をテーブルに置いた。紫と黒を足した色のスカジャンの内ポケットから、タバコを1本引き抜いて唇に挿む。……おまえも吸うんかい! 吸うんやったらなんか言えや!
「アンタも吸うか」
フタの開いた箱を差し向けてくる。なんでやねん。吸いたくなる顔をしとったか? 叩き落としたくなる衝動をなんとか抑え、
「いえ、いいです」
「そっか」
箱をスカジャンの内ポケットにしまい、ライターでくわえたタバコに火を点ける。煙をあたしにかからないように吐き出し、灰をステンレスの入れ物を開いて落とす。……カッコいいやん。絵になる動作に思わず見とれてしまったわ。臭いけど。
「お嬢、最近のわけーのは吸わねえって。女なんてなおさら」とガラガラ声。
「そんなもんか? アタシの周りは妹以外吸ってるぞ」
「そりゃ、特殊な環境いるからだ」とギャーギャー声。
「なんだよ、特殊な環境って」
「けえ(帰)って親父さんに聞いてみな」とドスドス声。
おっさん3人が一斉に大笑いする。やかましい。にしても橘樹って女は、抜け目のなさそうに見えたけど、案外抜けてる女なんかもしれんな。
「ところでアンタの行き先は?」
おっさんたちに、それ以上笑うんじゃねえと言わんばかりのメンチを切りながら橘樹が聞いてきた。
「東京の新宿です。一応就活目的で」
「出身は」
「兵庫です」
橘樹は少し驚いた様子で目を見開いた。
「へえー、そのくせ関西弁が出てこねぇし、訛りもあんまりねーな」
「直してる最中なんです。地元で働くならそのままでもいいですが、東京で働きたいと思ってるので」
「直さなくてもいいと思うけどな。方言の中で関西弁はメジャーだし。だいたいの意味は通じるだろ」
「そうもいきませんよ。関西弁を封じることは、東京で働く自分なりの覚悟と心構えと思ってるので」
「マジメな奴だ。気に入った」
橘樹に頭をポンポンとやられる。いきなりなんやねん。
「ジンさん、ゲンさん、ゴンさん。コイツはアタシが連れてってやることするわ」
めっっっちゃ上から言うてくるやん自分。ただまあ、あたしは逆らえないやけども。
「さすがお嬢!」とガラガラ声のジンさん。
「最近の男よりも男らしいな!」とギャーギャー声のゲンさん。
「お嬢ちゃん。お嬢に喰われんようにな」とドスドス声のゴンさん。
「く、喰う?」
橘樹はテーブルを両手でぶっ叩く。紫に縁取られたアイシャドウの中の眼が、赤くなってる気がした。
「バカなことを言うんじゃねえ! アタシはそんなことしねえから!」
しないならそんなにムキになって怒鳴らなくてもええんちゃう? ってツッコミたいのを下唇を噛んで必死に押し殺す。この反応は過去にやってるか未遂があるやろな。まあ、そうなったら――
「行くぞ、不動!」
とても女の力とも言えない力で橘樹に手を引かれた。何をするんや、脱臼するかと思ったわ。あたしは返事をする間もなく、おっさんたちに別れを告げる間もない。ズンズンと大股で自動ドアへ向かって行く橘樹に、コケそうになりながらもやっとこさっとこついて行った。
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