第4話「喪失」

 少し荒い運転の電車に揺らされて、

 外に黄昏る。

 外は西陽の橙で照らされていた。

 ビルがその陽を反射させて

 此方へと照らしてくる。

 眩しくて綺麗だった。



 今日は楽しくて怖かった。

 今も脳裏に鮮明に刻まれている。

 そして何度も今日の出来事を

 脳内で再生される。

 今日と言う日はもう二度と

 忘れることは無いだろう。



 ━━━次はー、━━━


 電車のアナウンスが車内中に鳴り響くと、

 いつの間にか今日の出来事が嘘みたいに

 頭からすっぽりと抜け落ち、


 やっと帰ってこれた


 という安心が実感に湧いた。





 ━━━数十分後━━━━


 ...カチャ。


「...ただいまー。」


 ...。


 普段なら物音立たずとも

 俺が帰ってくるとお母さんが

 飛び出して出迎えてくれるのに、

 今日はそんなのは無かった。


 電機のスイッチを入れて

 鞄をその場にドサっと置く。


 ふと、携帯が気になり鞄から取り出すと、

 何十件以上もの通知が溜まっていた。


 今日の出来事についてのニュースや、

 友達からの心配コール、

 学校の緊急連絡、

 何から何まであった。


 黙々と隅々から確認やら

 返信やら続けていると、


 不意に少し身震いをしてしまう。

 その中に、何やら一件の

 意味深長なお母さんからの不在着信が。


 15分前。


 こんな時間にお母さんが

 電話をするわけが無い。

 電車の中で気付けば良かったと、

 少しの後悔をする。



 なんで震えてるんだ?

 と、携帯をテーブルに置いて

 震えている手を見る。


 ...ッ!


 今何故か"あれ"を思い出してしまった。

 燃え盛る火柱、車の事故、

 それを意識越しで見る俺。


 そう。最近よく見るもの、

 正確にいえば一週間前。


 これが何を意味しているのかは

 当然まだ分からないし分かれない。

 更に、さっきより震えが増してくる。


 はぁーーー、


 今日何度したか分からない溜め息。

 片手では数えられないくらいしただろう。

 でも落ち着いたから結果オーライ。


 携帯を手に取り、

 お母さんに電話をかけた。



 ...プルル、ガチャ。


 電話のコールの音を聞く暇なんて無かった。

 お母さんは直ぐに電話に出てくれた。


 俺は、何かあったのかと言おうと、

“あ”の口をした。

 でも、それより先にお母さんは

 息を荒くしながら、こう言ってきた。


「...お父さんが...、お父さん、が...。」


 最初、何を言いたかったのか

 分からなかった。

 しかし、何故か薄々勘づいていた

 自分もいた。

 その時もあの光景を脳裏に映す。


 俺は、取り敢えずお母さんを

 落ち着かせようと、


「一旦落ち着こ、ね? 一旦」


 と声をかける。

 しかし、お母さんは、


「そんなの出来ないわよ...!」


 と落ち着かせる様子を見せず、

 また息を荒くしながら言う。


 お母さんは滅多に取り乱したりはしない。

 きっとそれほどとんでもない

 事が起きたのだろう。


 俺は、そんなお母さんに、


「ど、どうした...の?」


 と質問した。

 この時既に、手には手汗が握られていた。

 そして初めて自分が

 勘づいていたことに気が付いた。


 俺は少し焦りを覚えた俺を

 冷静にしようと無理矢理気持ちを

 落ち着かせて、

 だんまりのままのお母さんに

 もう一度質問した。


「お母さん、ゆっくりでいいから。

 何が起きたのか話して」




「お父さんが...っう...、亮太が...、

 事故で...っえ...死んじゃっ...!」


 お母さんは嘔吐きながら

 俺に必死に伝えようとしてくれた。

 しかし、俺はその時携帯を

 手放して落としてしまい、

 その必死なお母さんの声は

 一部しか聞こえていなかった。


「お母さん!お父さんが事故って...!?」



 お父さん。

 俺の夢をつくってくれたお父さん。

 俺がまだ小学生にもなって

 いない頃を思い出す。


 お父さんは、レスキュー隊で働いていた。

 いつも忙しいと言ってまともに会って

 話す機会なんて今まで

 数えるくらいしか無かった。


 お父さんが働いている姿は

 とてもカッコよかった。

 そんなお父さんが憧れだった。

 人助けをする仕事がしたいという夢を

 お父さんは俺にくれた。



「お父さん!オレ、大きくなったら

 人を助けたい!!」

「そうかー、じゃあまずは

 いっぱい勉強して、いっぱい

 運動しないとだな!!」

「うん!!いっぱい頑張る!!!」

「よぉーし!それでこそ俺の

 息子だぁ!!なぁ、祐子!」

「はいはい」


 公園でお父さんとお母さんと

 一緒に遊んでいた場面。

 俺はお父さんに頭を揉みくちゃに

 撫でられながらながらそんな

 会話をしていた。


 懐かしい思い出だ。


 でもそんなカッコいいお父さんが事故で

 死んでしまった、

 その事実を聞いた途端、

 俺はショックと疲労のせいで

 その場でお母さんを

 置いてけぼりにし、


 意識を手放した━━━。

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