第2話「始まりⅡ」

ことの始まりはここからである。


━━━━━━━━━━━━━━

「はい、じゃあ今から定期考査でやったやつを返却するぞー。このクラスはねぇー、今回の考査、100点はぁー、1人出た。あと、90点台が6人だったかな。はいじゃあ出席番号順で、青山からなー」



先生の言葉をバックに俺はひじを付いてボーッとしていた。


今日も明日も憂鬱ゆううつな学校生活があると思うとなかなかに萎えてしまう。

どうしてこんな雲1つない快晴の下、学校に居なきゃいけないのか。

こんな日には外で野球でもして楽しく過ごしたい。


そう思うとここに居ることに嫌気が差し、溜め息が本能がままに出てしまった。

すると、ボーッとさせるかと言わんばかりの勢いで友達が机の周りを取り囲むかのように集まってくる。


「ケンジ、お前おわったな」


「そりゃよくねぇーよ、なぁケント??」


折角独りでボーッとしていたかったのに、なんで俺を話に強制参加させるんだ。

そう思い、俺はまた、

溜め息を1つつきながら、


「よいんじゃねぇーか?」


「それな、だってこの会話繰り返してきて、ケンジが高い点 った試しねぇーもん」


「おいおいおいまっちゃんまで...、もぉ言ってくれんなぁ!?」


友達のみんなも俺の言葉にのってケンジをいじり出した。

とりあえず、この会話はここで一件落着。


一言便乗めいた事を呟いた俺はまたボーッとし始めた。

春の風というのはこんなにも心地よいのか。

俺は窓辺の先を遠目で見つめていた。

人の通り、車の走行、木々の揺れ、つばめたちのさえずり、散っていくサクラの花。

ポエマーめいたことを考えるが実際はそう思っているところだ。


ふと目を閉じた。



そこに異様に不気味な気配が漂いだした。

まぶた越しでも分かる。

あの心地よい、

春特有の優しい明るさがぼやける。

その事も瞼越しに分かった。


なんだろうこの感じ━━━。

しばらく続いている夢ではないが夢のような何か。

目を開けると、そこは知らない世界。

意識がぼやけてるせいか、視界もぼやける。

でも、目の前には何度か見た夢のようなものが映し出されている。

既視感はあるが何なのかは分からない。

つい最近、意識していないのに頭の中で爆発が起きて火柱達が爆発の原因であろう、

事故を起こした車たちを包み込むように派手に燃え盛る、そんな様子がよぎる。

目をつむるとよりくっきりとそれが浮かび上がる。

共に胸がザワつく。何度も。






「...と、健...、おい!健杜ぉー」


ッ!!!


「お前何またぼーっとしてんだよ、先生呼んでっぞ」


俺はビクッと肘を付いた手から頭を

起こした。

外から視線を外し、前を見ると、友達のケンジが目の前に立って、俺を少し心配した。

余計な事に少し嘲るように。


こういうのもよくある。

毎回変な"悪夢"のようなものを見る度に誰かに声かけてもらって起こしてもらう、

それがオチだ。

そして、

何故か身体が熱い。

手に汗を握っていた。

何故だかは分からないし分かれない。

今はそれだけ、それまでだ。



俺は椅子を後ろに引きずり下げて立ち上がった。

そして、ダルそうにぐでている脚を無理矢理動かし、先生の元へ向かった。

後ろではアイツらが俺の事を陰で煽っていた。それも煽る内容がくっきりはっきりと聞こえるくらいに。

無視だ無視、あんなん聞き返したってなんの得もない。


「どぉした健杜、調子いいなー」


と、先生は俺が教卓の前に立つ前にそう言った。

先生がそう言った意図は最初は理解出来なかった。


「まじすか、あざっす」


先生に返事を言ったあと、貰った答案用紙を咄嗟とっさに半分に折り曲げ、そのまま自分のテリトリーにもどる。

すると、テリトリーに侵入したうちの一人が俺に、


「おいおいおいおいー、何点だったんよ?これでケンジより点数低かったら全員にジュース奢りな。ちなみにこのままだとケンジが奢りだけんどな」


そう言ってきた。

周りでは、


「因みに、ケンジはんは何点よ」


「おり?62点」


「んだよ、前回とほぼ変わんねぇじゃねえか!」


「えーまじかー」


「うっっっざお前ら、おいおいおい!?」


ガヤ達が俺のテリトリーを喰い破って勝手に口喧嘩モドキを始めた。

うるせぇなとまた溜め息を、と思いながら先にテストを見ようと、俺はさっき咄嗟に折った答案用紙をめくって中身を見てみた。

その瞬間溜め息をつくのをやめてしまった。なぜか、


「あ、100点」


だったからだ。

その瞬間、俺のテリトリーが一気にぶち破られて嫉妬罵倒賞賛、あらゆるものが飛び交った。

そして、ケンジの渾身の罵倒が、


「ほんとにお前うz━━━━━








━━━昼休み━━━━━

「ケントー、あい奢り」


「あざーっす」



俺たちはベランダで昼飯を各々スマホを見ながら話をそこまで交えずに食べていた。

しかし正確に言えば俺含めほとんどの人が食べ終わっていた、よって食後のブレイクタイムと言ったところだった。

静かなところへふと、


「最近物騒よなー」


友達のまっちゃんが呟いた。

その一言に少し食い気味で俺は反応してみる。


「急にどしたん?」


「いやぁ、これ見てよ」


まっちゃんはそう言うと、

俺にあるネット記事を見せてきた。

周りの奴らも俺にのしかかって

まっちゃんのスマホを覗いた。


「『一昨日未明、釜石の民家にて、一家全滅事件が発生。死亡したご家族の方々はいずれも、猛獣に食いちぎられたような深い傷を負っていた』...、ねぇ」


「あり、釜石って岩手だっけか」


「そそ、確か」


少し盛り上がりつつも、

不吉な事だから盛り上がりきれなかった。

いや、盛り上がったとは微塵も言いきれなかった。

すると、ケンジが、


「別に俺らはそんな関係なぃしょ」


と弁当袋を持って立ち上がり、腰に手をあてて伸ばしながら言った。

すかさずその一言に対し、まっちゃんは、


「それいっちゃん最初に死ぬヤツのフラグ」


と二マッとあざけながらツッコんだ。

その中、俺はずっとまっちゃんのスマホを見続けていた。


「なあ、これって例の"異常者"って奴がやったんかな?あの隣のクラスに居たアイツみたいな」


異常者、この言葉は最近東北で流行っているワードの1つ。

ちまたでは異常者は超能力とやらが使えたりバケモノだったりするらしい。


「あぁー居たっ、てその言い方はないやろ」


俺は目線をスマホから下ろし、外を見る。

少し目がしょぼついたせいか眉間にしわ

寄せるほど目を細めていた。

そして空を見ながら、つっこんでくれたケンジに俺はそっと返事をした。


「流石に語弊あり過ぎかぁ」


少し間が空いて、


「でもさ、あの隣にいるヤツさ、なんか最近パシられまくってるらしいよ」


「それどゆことさ」


もう1人の友達のタイキが会話を深掘りし始めた。

まっちゃんがスマホをポケットに仕舞いながら聞く。


「いやぁ、文字通りではあるけど。アイツ火ィ使えるって知ってるっしょ、なんかね、放課後とかカップラーメン食ってるヤツらにこき使われてんだって」


「それってつまり、お湯沸かす係みたいなってこと?」


「そう、そのつまり」


想像こそしにくかったが話は面白かったのだろう、

いつの間にか食い付いていた。

まっちゃんが代表してタイキに質問をした。が、


「ま、冗談だけど」


「え、しょうもな」



嘘ではあるとは思ったががっかりしてしまった。

その内、流石に面白くないジョークだと思ってしまった自分も密かに隠れていた。

他の奴らもタイキに向かっていちゃもんをつける。

タイキは嫌そうに、


「やめろよ!適当こいただけだろってー」


と少しキレ気味に言う。

どう考えても自業自得だろ。

と、その光景を見ながら笑っていると、


「おーい、お前らチャイムなるぞー、はよ準備しとけー。んでなきゃベランダで閉じ込めっぞー」


英語の松浦先生が俺らをからかうように寄ってきた。


「うへぇーもう授業始まんのかーダリー」


俺らは渋々、教室へ戻りそれぞれ自席

に座る。

俺は机のそばにあるこじんまりとした黒いかばんから教材を取り出し、

机に大雑把に投げ置いた。

そして思い切り、


「ふぁぁぁ〜...」


と息を深く吐き、なにかやり遂げたかのような素振りで机に向かってベッタリと潰れた。

一緒に机の上にある無造作に置かれた教材らが、俺の上半身で下敷きになる。

昼休み後の英語の授業は憂鬱と言っても過言ではない。

中学時代までは友達に自慢出来るほどの点数をとれたのに、高校の英語は一筋縄で80点も90点もとらせてくれない。

一体なにが、


「おもしろいんだよぉ〜...」



俺はボヤきながら顔を伏せた。


段々視界がかすんできた。

ウトウトしてくる。



━━━そうだ、このまま寝ようかな。

でも流石にこれ以上評価点を下げられたら

大学入試の合格がちょっと危うくなってくる。

そんなことうに知っている。

今は眠くならない方法を知りたい。


なんて正直今はどうでもいいと思われることを考えていたら、既にその時にはトローっと俺の意識がとびかけていた。






でも、今から起きた出来事

が俺を叩き起した。




ヴィーーーーーッ!!ヴィーーーーーッ!!


━━緊急事態発生ッ!緊急事態発生ッ!━━

コノ警報ガ聞コエル

近隣住民含メ皆サンハ

指定禁止区域外ヘト避難シナサイ!!

指定禁止区域ハ"裏柴田町"ソノ周辺!!

繰リ返シマス!!繰リ返シマス!!

コノ警報ガ聞コエル

近隣住民含メ皆サンハ

指定禁止区域外ヘト避難シナサイ!!

指定禁止区域ハ"裏柴田町"ソノ周辺!!

危険レベルハ1デス!!



辺りに大きくサイレンが大きく鳴り響く。

それと同時に色んなところから悲鳴や叫び声が飛び交い出す。

みんなは咄嗟に机の下に潜り込んでいた。

そんなのを横目に、俺はいつの間にか身体を起こし、窓の外をじっと見詰めていた。

その時、何か引っかかるような手の届かないかゆさみたいなものが異様に俺の心を占領していた。

そして頭が真っ白なまま、一人勝手に教室を誰よりも早く飛び出した。








「押さないで下さーい!!!皆さん落ち着いて!!!」


先生達が必死に率いる。が、皆が落ち着いて行動出来るわけがなかった。

この学校周辺で警報が鳴らされるのは初めてだったからほとんどの人がパニックに陥っていたからだろう。

勿論先生もしかりである。


俺は誰よりも早く先導をきるかのように、独走状態で外へ出ようとしていた。

脚が勝手に動く、大股で一歩ずつ。

頭の中も真っ白なままで。

しかし、感情、身体からの焦りはこれっぽっちも滲むことはなかった。

そして、誰も俺を止めやしなかった。

恐怖して逃げると言うより好奇心が有ったから動いた、と言えば無理矢理ではあるが納得いくのだろう、

いやそうしておこう。


でも、その好奇心は直ぐに俺の脚を押さえつけた。




『ヤツ』。



地響きと共に1階の窓から『ヤツ』、

いや、"異常者"が見えた。

『ヤツ』は形容し難いドロドロの形を必死に保っているように見えた。

どれくらいだろう、小さな3,4階建てのアパートなら安易に呑み込めるくらいの大きさのように体感思える。

そのどでかいドロドロの中に大きな2つの穴があり、そこからは潤いも輝きも感じられない、眼球ではなく、目、があった。

色なんてなんて表現したらいいのか分からない。


すると、『ヤツ』は急にドロドロを掻き分けるように口のようなものをクパァと開き、


アアァァァッアァッアッアーーァーアッァアアァ!!!


と叫ぶ。

この鳴き声も凄く形容し難かった。

ただただ耳鳴りがなる程の甲高い奇声と物凄く圧が重い声が混ざった嫌でも印象に残るような鳴き声。


正にバケモノそのものだ。



なにをしてるんだ。

俺の脚がすくみ切って、なんなら本当に地に根を下ろしているような気分だった。

瞼を思い切り閉じて、耳を塞ぎ、縮こまる。



急に瞼越しに光が差し込む。

ふと目を開けると、真っ白い空間の先にドス黒い"人型"が。

翼のような何かを背中に装い、そこからは黒い何かが滴っていた。

それはニヤついて俺にこう問いただした。


「力が欲しいのか...?」


それからは、ありえないほど綺麗な白色の歯並びの良い口がニヤリと俺を歓迎しているように見えた。

それは、こちらに脚を引きりながら滲みよってくる。じりじりと、少しずつ。


身体が金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。

いつの間にかそれは顔の目の前にあった。そしてまた俺に問いただす。


「想い出すか...?」

「復讐をしたいか...?」

「逃げたいか...?」


目の前だけしかそれは居ないのに、四方八方から不気味な声で囁いてくる。

はらわたが煮えくり返るほどの嫌悪感が俺の背中を押す。

ずっとそれは同じ事を囁く。

それに負けじと、俺は声にならない声を必死に絞り出した。共に冷汗を流す。

呼吸が浅くなる。

その時は恐怖と嫌悪を喰べ切るのに必死だった。


苦しい。

こんな体験は初めてだ。

状況はそれからなにも変えない。



死ぬのか...?


ふとそう思いはじめて、恐怖が爆発的に俺の中で拡がり、俺を支配しようとする。

目の前のことから離れようと目を閉じた。

瞼の筋肉が力強く目を開けるのを拒む。




なんだったんだろう。

目を閉じただけで、あの悪夢のようなものはキレイさっぱり消え去り、いつもの明るい空が頭上で広がっていた。

心臓がドクドク鳴る、飛び出しそうなくらいに。

俺は浅くなっていた呼吸からやっと解放されて、胸元を掴み大きく呼吸を始める。

汗も額から、掌から溢れ出す。

今までで1番大きな安堵をした気がする。




さて呼吸が大分落ち着いてきた頃だろう。


何故、頭上に"いつもの明るい空"が広がっているのか。

何かを察したのか、俺はまた違うことで少々の違和感かつ恐怖を覚え始める。

周りを見渡すと、瓦礫がれきばかり。


何が起きたんだ。

と、また呼吸を忘れ始め、浅くなる。



アァッアギャァッッッアアァアアッアァァァァッッッッ!!!!


『ヤツ』の声が鳴り響く。


大きな影が俺をおおった。

ふと視線を上にあげると、『ヤツ』は目の前で俺の事を見下ろしていた。

目玉がないからか、本当に俺のことを見ているのか。

『ヤツ』の口のようなところから見るからにヤバそうな液体が真横にビチャっと音を立てて滴り落ちる。



逃げなきゃ。


この期に及んで、

何故今そう思い始めたのか。

さらに今更ながら、

俺は『ヤツ』に圧倒されていたと気付いた。

急に無意識的に、

逃げ道を見つけようと周りを見渡す。



その瞬間、脚が勝手に動いた。

今度こそは好奇心なんかではなく、

正真正銘、恐怖が俺を動かした。


俺は、『ヤツ』を背に向け、

全力疾走で逃げる。


何とかこの絶望的な盤面からは

抜け出せそうだ。


偶然、背中にある壁が無くなっていて、そこを走り抜ける。

運良くつまずくことなく、落ちている瓦礫が逃げ道を塞ぐ、なんてことは無かった。


そして目先にある大きな瓦礫の影に入って身を隠した。

隠れた傍から、脚から崩れるように座り込んで、フゥっと軽く胸を撫で下ろした。

しかし心臓は胸を撫で下ろしと所で何も変わらず、ずっとバクバク鳴り響くままだ。

そりゃそうだ。いきなりバケモノが襲ってきただの訳分からん"悪夢"を眠くもないのに見せられただの。

今日1日で良かったことと言えばせいぜいテストで100点を出したことぐらい。

こんな前代未聞で奇想天外な踏んだり蹴ったりは最初で最後の体験だろう。

今ここでその体験を拝んでから逃げるってのも悪くはないだろう。



そんなことを考えるも束の間、

どうやら『ヤツ』は俺のことを見逃してくれていなかったようだ。

障害物にしていた瓦礫が『ヤツ』によってキレイさっぱりあさってへと飛ばされていく。


ご立腹なのか?



ギャォアァァァオオアアアァァッッッッアァァァアアッアッ!!


『ヤツ』はさっきとは比にならない声量で叫んだ。

同時に耳鳴りがなり、頭が痛くなってくる。

俺は必死に耳と目を塞いだ。


流石にもう終わる。

絶体絶命だ━━━。




「弱い者イジメするだなんて、いい"大人"して惨めね!!」


少し甲高い女性の声が俺の耳へと痛みをかき分け、鼓膜を揺さぶってくる。


それからは逆転劇が始まった。

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