ヒロイン婚約……解消?

乙女ゲームのクライマックスを再現しました。

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「メリーナ・ロッテ! 私リチャードは本日今を持ってそなたとの婚約を破棄する!」

 私を抱え込んだまま叫ぶ金髪長身のイケメン。

 ちょっと待って!!

 リチャードって王太子殿下じゃない?

 メリーナ様は侯爵家のご令嬢でリチャード様の婚約者だったはず。

 何でこんなことになってるの?



 立派な学校、というよりはもうお城を前に私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 王立カレドア学園。

 カレドア王国の名を冠するこの学校は、貴族の子弟や優秀な平民が学ぶ王国随一の学び舎だ。


 王族および貴族の子弟は漏れなく一定期間ここに通うことが義務づけられている。

 平民であっても特別に優秀だったり大富豪や大商人の子弟なら入学出来る。

 もっとも何を学ぶかは学生の自由に任せられていて、要するにコネと知見作りのための教育機関だ。


 あまり有用な学校とも思えないが、それでも貴族家の者なら最低でも1年は所属しなければならない。

 それが私、カーリア・ベルレのような庶民上がりの女子であっても。


 ベルレ家はカレドア王国貴族の最末端である男爵の爵位を頂いている。

 領地は王都からかなり遠い上に大した広さではないみたい。

 もっとも肥沃な土地で小さいけど鉱山や漁港もあってそれなりに豊か。

 代々のベルレ男爵は堅実に領地を運営していて経済的には困っていない。

 私はベルレ家の当主がついうっかりメイドに手を付けたために生まれてしまった娘だ。

 母親が手切れ金を貰って男爵家を辞し、母子で慎ましく暮らしていた。


 先日、私が14歳になった途端に母が再婚することになり、ほぼ同時にベルレ家から遣いがやってきた。

 何でもベルレ家の嫡男がどこかのお嬢様だか平民だかと駆け落ちして跡継ぎがいなくなってしまったらしい。

 私には腹違いの兄になるけど迷惑な。


 ベルレ男爵には他に子供がおらず、今からでは新しく作るのは現実的ではない。

 正室の方は高齢出産などまっぴらだと断ったと。

 このままでは親戚から養子を押しつけられかねないので、まがりなりにも当主の血を引く私に白羽の矢が立った。


 それはいいのである。

 こっちもこれからどうしようかと途方に暮れていたから。

 だって母親は後妻に入るんだし旦那様には先妻の子どもがいる。

 どう考えても私は邪魔だ。


 なので貴族になれて将来は婿を取って男爵家を継ぐという将来像は側室どころか妾ですらなかったメイドの庶子としてはなかなかだった。

 私は嬉々として男爵家に養子に入った。


 父親に王立カレドア学園で男爵家に婿入りしてもいいという男を捕まえてこいと言われて、速攻で最低限の貴族令嬢としてのマナーや知識を叩き込まれ、季節外れの編入生として門の前に立っているのだけど。


 問題は私が転生者だということだ。

 前世の日本では女子高生だった。

 いや死んだ記憶がない、というよりは全体的によく覚えていないんだけど。

 でも異世界転生物や悪役令嬢物のゲームをやったりラノベを読んだりした記憶はある。


 だから今こうしてここに立っていても疑いが捨てきれない。

 ひょっとしてここ、乙女ゲームの世界じゃない?

 だとすると私は身分と状況からしてヒロインか。

 小柄で桃髪だし。

 庶民上がりの男爵令嬢だと間違っても悪役令嬢じゃない。


 もちろんカレドア学園とかカーリアとかの固有名詞には覚えがないし、そもそもゲームの内容なんか覚えてないからよく判らないんだけど。

 モブである可能性が高いし、それ以前に乙女ゲームが現実になるのは無理があると思う。

 それに男爵オヤジが気になる事を言っていた。

 依頼しといたから頑張ってこい、と。


 何なの?

 まあしょうがない。

 覚悟を決めて門に足を踏み入れた途端だった。

 走ってきたイケメンが私の前で立ち止まって聞いてきた。


「えーとカーリアさん? ベルレ男爵家の」

「あ、はい」

「小柄で桃髪、目は青。可愛いタイプと。間違いないね。じゃあ来て!」

 一人で納得して私の手を掴むや走り出すイケメン。

 背が高くて黒髪、見るからに高位貴族の御曹司といった格好だけど。


 この人だれ?


「あの!」

「あ、俺はマイケル。タラン侯爵家の三男。よろしくね!」

「……はい」


 逃げちゃ……じゃなくて逆らっちゃ駄目だ。

 三男と言っても侯爵家。

 身分に差がありすぎる。

 少なくともベルレ男爵家に婿入りしてくれるような方ではない。


 ほとんど引きずられるようにしてお城じゃなくて校舎に入り、豪華な廊下を走り抜けて着いた場所はホールだった。

 じゃなくて食堂らしい。

 調度が豪華過ぎてサロンにしか見えないけど。

 ちょうどお昼頃なので学生の皆さんが思い思いに食事をとっておられる。


 マイケル様は私を引きずったまま、中央のテーブルに向かった。

「殿下。連れてきました」

 マイケル様が声をかけると金髪で長身のイケメンが立ち上がった。

 誰?


 ただイケメンなだけじゃなくてカリスマと男性的な美貌が圧倒的だ。

 ただ者じゃない。

「そうか。では手っ取り早く済ませよう」

「お心のままに」


 ほやっとしているとイケメンの方に押しやられた。

 そのままイケメンの腕に抱き取られる私。

 ちょっと?


「皆の者! 聞いてくれ!」

 イケメンが叫ぶと私語が止まった。

 凄い統制力だ。

 そして、イケメンの人は言った。


「メリーナ・ロッテ! 私リチャードは本日今を持ってそなたとの婚約を破棄する!」


 それから。


「そして私の愛するカトレアと婚約する!」


 な、なんだってーっ?

 愛されてるんですか私?

 ていうか殿下、私たち初対面ですよね?

 あと、私の名前はカーリアです(泣)。


 混乱する私をほっぱらかして話が進んでいた。

 窓際のテーブルから美しいご令嬢が立ち上がる。

 私みたいななんちゃって令嬢とは比べものにならない本物だ。

「リチャード殿下」

「メリーナ。聞いての通りだ」

「……承知致しました」

 メリーナ様は見事な礼カーテシーを決めるとそのまま着席した。

 何事もなかったかのように同席のご令嬢たちと歓談に戻る。


 え?

 いいの?

 これだけの証人の前で婚約破棄されたんだよ?

 乙女ゲームでも有り得ないでしょう!


「さあカトレア。これで私達は婚約者だ。結婚式も急ごう」

 イケメン、じゃなくてリチャード王太子殿下が私の肩を両手で掴んだ。

 いやいやいやいや!

 無理!

 何なのよこの乙女ゲームのクライマックスだけみたいな展開は?

 私、まだ学園に正式に入学してすらいないのに!

 あと私はカーリアです(泣)。


 するとマイケル様が言った。

「殿下。今調べたところによればカーリア・ベルレ嬢は婿を取ってベルレ男爵家を継がなければならないようです。つまり王太子妃にはなれないと」


 マイケル様は私の名前を間違えないのね。

 でも「今調べた」って何?

 それに何でそんなによく通る声で台詞を棒読みなの?


「何と! 私としたことが!」

 リチャード殿下が大袈裟に手の平で目を覆った。

「愛に目が眩んでしまった。だが貴族にとって家の継承は何より重要だ。私の我が儘でベロル男爵家を潰すわけにはいかない!」

 私から手を放して叫ぶ王太子殿下。

「私も王族の端くれ。貴族を蔑ろにすることは出来ぬ! 残念だがカトレア嬢と断腸の思いで婚約を解消する!」

「お心のままに」


 そしてリチャード殿下はメリーナ様の所に行って、片膝をついた。

「すまなかったメリーナ! どうか寛大な心で私を許してくれ! 私と婚約を」

「お受け致します。リチャード殿下」

 周り中から拍手喝采が沸き起こった。


 呆然と立ち尽くす私。

 するとマイケル様が私に何やら立派な書類を渡して言った。


「じゃあこれ。カーリアさんがリチャード王太子殿下の婚約者だった事の証明書ね。あとこれが婚約解消証明書。白い婚約だった事も書いてあるから」

 では、と去ろうとするマイケル様を必死で引き留めて私は叫んだ。

「あの私! 何がなんだか!」

「え? お父上から聞いてないの?」

「何も聞いてませんよ!」

 困ったな、とマイケル様。


 それから私は食堂の隅の方に引っ張っていかれた。

「俺も忙しいので簡単に説明すると、これは学園のサービスなんだよ。理由があって途中で編入してくる貴族令嬢を手っ取り早く学園に馴染ませるためのね」

「それがなんで王太子殿下の婚約破棄になるんです?」

「だってインパクトがあるじゃないか」


 ニヤッと笑うマイケル様。


「今の寸劇で君の事は学園中に広まった。男爵家令嬢で婿を迎える予定で、一時は王太子殿下の婚約者だったわけだ。超優良物件だよ? 明日から求婚者が列を成すはずだ」


 それから付け加える。

「この件はメリーナ様もご承知だから君が気に病むことはない」

「それは判りましたが……いえ判りたくないですが。でも何でそこまでサービスして貰えるんです?」


「もちろん、君のお父上からの依頼だよ。規定の料金を頂ければそれなりの身分の者がサポートすることになっている。今回は『特』依頼だからリチャード殿下に担当して頂いた。あ、婚約についてはオプションだけどね。ベルレ男爵は気前がいいなあ」


 あの親父。

 帰ったら殺す(怒)。

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学園に多額の依頼料を払って娘のデビューを演出したことで、ベルレ男爵家がそれなりに裕福であることが判ります。

子爵や伯爵家の三男とか騎士の人なんかが求婚に殺到するはずです。

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