革命的ヒロイン、逆ハー?

公式の場で婚約破棄する人たちにもそれなりの理由があるということで。

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「ヨハンナ・エミルトン嬢。ハニア王国王太子である私ロベルト・ハニアは貴方との婚約破棄を宣言する!」


 目の前に立つ金髪碧眼の美丈夫が私をしっかりと見つめながら言いました。

 ああ、やはり駄目だったのでしょうか。

 私は扇で口元を隠しつつ目を伏せます。


 涙で霞む瞳に映るのは王太子殿下とその側近の方々。

 宰相閣下の次男で侯爵家公子のタレン様、騎士団長子息のラルク様、それに財務大臣閣下の甥であるフロフト様。

 そして彼らの中心、ロベルト殿下に庇われるように立つ桃髪小柄であどけない表情の令嬢。

 レナ男爵家のメリイ様。


 あんなにお願いしたのに。

 封建主義の王国に民主主義は馴染まないと何度も説得したのに。


 私はエミルトン侯爵家長女のヨハンナとしてこの世界に生を受けました。

 私には前世の記憶があります。

 日本人女子高生。

 なのですぐに判りました。

 ここは乙女ゲームの世界。

 そして私は悪役令嬢。

 もちろんゲーム通りではありません。


 日本人であり乙女ゲームというものがある、という記憶は確かですが、細部はぼんやりしていて曖昧です。

 例えばこのゲームの題名も思い出せません。

 でも配役からして間違いなかった。


 私は悪役令嬢という立場ですが、どのような展開なのか判らない為に敢えて自然のまま過ごしました。

 ロベルト殿下との婚約は政略です。

 高位貴族家に恋愛の自由などはありません。

 それでもロベルト殿下とは努めて交際し、心が触れ合えるように頑張りました。


 王子妃として、そして将来の王妃として恥ずかしくないマナーと知識の習得。

 前世は日本という国の女子高生でしたから私には違和感がある「常識」でしたが努力しました。

 おかげで家庭教師の方々からはもう教える事はないとお墨付きを頂きました。


 ロベルト殿下はとても真面目で責任感が強い方です。

 いつも王国の行く末を憂い、臣民の幸せを第一に考える方でした。

 ロベルト殿下となら一生添い遂げられる。

 そう思っておりましたのに。


 ハニア王国の貴族と王族に一定期間の所属が義務づけられている学園に入学してきた男爵令嬢。

 それがメリイ様です。

 何でも男爵家のメイドであった母親が当主のお手つきになり、手切れ金を頂いて庶民としてお暮らしになっておられたとか。

 レレイ男爵家の後継者が何らかの理由で廃嫡されたため、養子として引き取られて急遽学園に編入されたと聞きました。


 その容姿からしてまさに乙女ゲームのヒロイン。

 やはりそうでしたか。

 ならばロベルト殿下の婚約者であるわたくしは悪役令嬢。

 そう察したわたくしは密かにメリイ様と会見し、どうか事を荒立てないようにお願いしました。


 乙女ゲームの世界であってもここは現実。

 庶民あがりの男爵令嬢が王太子に嫁げるはずがなく、ましてや逆ハーなど不可能であると。

 いえ、一時期は上手くいってもそのような歪な関係はいずれ破綻する。

 ご自身だけならともかく、ロベルト様やその他の将来有望な殿方を巻き込んでよろしいはずがありません。


 メリイ様はわたくしの言い分を聞いた後でおっしゃいました。

「それで? あんたはこのまま行けると思ってるの?」

 何という言いぐさ。

 貴族令嬢の品位の欠片もございません。


「もちろんです。わたくしは王太子妃、いずれは王妃として恥ずかしくないマナーと知識を学び」

「そんなことを聞いてるんじゃない。将来は大丈夫だと思っているってことだよね」

 それから蔑むような表情で。


「アンタ、転生者だろ?」


 心臓が止まりました。


「メリイ様も?」

「そうだよ。だから私は好きにやる。あんたも目を醒ましな」

 それだけを言い捨てて去るメリイ様。

 わたくしは衝撃の余り気を失いました。


 それからは乙女ゲームの定番通りでした。

 メリイ様はご身分から言ってマナー上有り得ない行動をとり、ロベルト殿下やその他の高位貴族の子弟の方々を攻略していきました。

 貴族のマナーを平気で破り、人は皆平等だと声高に主張する。

 貴族しかいない学園でそんなことをすれば結果は明らかです。


 たちまち孤立し排斥されるメリイ様。

 でも不思議な事に王太子殿下やその側近となる高位貴族家の御曹司の方々がなぜかメリイ様の意見に賛同し、取り巻きと化していきます。

 どうしてなの?


 皆様、王族や貴族にありがちな貴顕至上主義というわけでは無い事は知っておりましたが、それでも庶民とは違います。

 マナーどころか知識教養もない一般庶民に政治など任せられるはずが無い事は判りきっているはずですのに。

 ロベルト殿下には何度も訴えましたがお聞き入れ頂けませんでした。

 「判っている」とはおっしゃるのにメリイ様の取り巻きから離れません。

 やはり乙女ゲームの強制力なのでしょうか。

 泣き疲れて眠る日々。


 そして学園の卒業パーティの今日。

 わたくしは婚約破棄されました。

 ロベルト殿下だけではなく、側近の方々も次々に婚約破棄を宣言します。


 わたくしや婚約者の方々への断罪はありませんでした。

 何もしていないのだから当然です。

 メリイ様は忌避され孤立はされていましたが、虐めなどはなかったのですから。

 そして国王陛下が深い溜息と共に宣言されました。


「ロベルトを王太子から外し廃嫡する。そして王都から追放とする。第二王子を王太子とする」

 やはりここは現実です。

 メリイ様の逆ハーなどは有り得ません。


「お心のままに」

 平然とお受けになるロベルト殿下と側近の方々。

 いえもう王族ではないのでした。

 近衛兵に囲まれて連れ出されるロベルト様は、わたくしとすれ違う時に囁きました。

「すまない。ヨハンナ」

 わたくしには何も言えませんでした。

 ヒロインとその取り巻きは破滅しました。

 でも悪役令嬢はこれからどうすれば良いのでしょう。

              *

 王宮の広い廊下を進む一団。

 令嬢を中心に取り巻きが囲み、その周囲を近衛兵が固めている。

「兄上!」

 待ち伏せていたのか進み出たのはロベルトによく似た男だった。

 第二王子のマチルトだ。

 近衛兵たちは無言で囲みを解く。


「マチュー。見送りに来てくれたのか」

 ロベルトが破顔するとマチルトは不満そうに言った。

「最後のお別れくらいはしますよ。ついでに文句のひとつも言いたくて」

 するとなぜかロベルトの側近だった男たちが一斉に笑った。

「最後じゃないでしょう」

「いずれは会います」

「ひょっとしてすぐかも」


 その言葉に表情を引き締める一同。


「そんなに切迫しているのか」

 マチルトの問いに答えたのはこの場にいる唯一の女性だった。

 メリイ・レナ男爵令嬢。

 あどけない容姿に似合わない低い声で淡々と話す。


男爵家うちの情報によればつい最近、東のメルニア王国が陥落したわ。革命軍は臨時政権を立てたけど王党派の残党が抵抗している」

 宰相次男のタレンが続けた。

「北のホルゾイ共和国は内乱中だ。貴族派と市民派がそれぞれ外国の援助を受けて」

「トリア帝国は?」

「まだ大丈夫だ。しかし皇帝は老齢で後継争いが」

「それよりはサオ民主主義……人民共和国だっけ? 何か凄い事になってるみたいだけど。粛清とか」


 廊下で立ち止まって討論が始まりそうになった時、メリイが言った。

「それより重要なのはハニア王国うちでしょ? 新興貴族と大商人が画策している。このままだと反乱が起こるわ」

「……そうだな。だから我々が」

「言っとくけど厳しいわよ? 貴族の前で堂々と民主主義寄りの立場を鮮明にして廃嫡されたとは言ってもロベルトは元王太子だから。そんなに簡単には信用されない」

「だがやるしかない。このままでは王国は滅亡だ」

 ロベルトが決意を秘めて言うとマチルトが反論する。

「だから僕がやると言ったのに」


「駄目よ。第二王子だと王家の内紛と思われるだけ」

「その通りだ。マチュー、悪いが後はよろしく頼む。最悪、私が率いる革命軍と対峙することになるかもしれないが」

 マチルトが肩を竦めた。

「はいはい。その時は正々堂々と対峙してすぐに降伏するから」

 どっと笑い声が上がった。


 メリイがみんなを見回して宣言する。

「いい? 勝ち負けは問題じゃない。重要なのは国と人民に出来るだけ被害を出さないこと。国力が低下すれば周り中が攻めてくる。だからどっちが勝っても被害が最小限になるようにしないと」


「心得た」

「頼りにしてるよメリイ」

「俺たち王都を追放されちゃったからね。当分レナ男爵家にご厄介になります」

「よろしく!」


 メリイは溜息をついた。

 転生したのは前世で言えば18世紀のヨーロッパのような土地だった。

 封建制度や帝国植民地主義の歪みが広がり、産業革命によって庶民の力が増し、王制や帝制が民主主義や共産主義と激しく軋轢している世界。

 ひとつ間違えたら血みどろの戦争だ。


 あのお嬢ちゃん、ヨハンナさんは判ってなかったみたいだけど。

 女子高生に歴史を理解するのが無理なのはしょうがない。

 もはや政略結婚だの貴族のマナーだのが物を言う時代は終わった。

 古い制度が機能不全を起こして崩れ初めているのだ。


 剥き出しの「力」だけがすべての時代が始まっている。

 だが着地点が難しい。

 理想的には日本や英国に代表される君主制民主主義国家だ。

 「君臨すれども統治せず」は、しかし島国もしくは半島国家でなければ不可能に近い。

 他国と地続きでは侵攻が容易過ぎる。


 アメリカやフランスなどの完全民主主義が最終目標だが、それだと現在の王族や貴族の反発が大きすぎてすぐには無理だろう。

 最悪なのは共産主義。

 ソ連みたいに粛清の嵐が吹き荒れた後に戦争とか、共産中国のような牢獄国家などぞっとする。


 ならばどうするか。

 自ら革命勢力に入り込み、その方向をコントロールする。

 元歴史学専攻の大学准教授だった私は知識チートで乗り切ってみせる!


 いや最初は学園で悩んでいた王太子たちにレクチャーするだけのつもりだったんだけどね。

 連中は聡明すぎて国の行く末を憂いてたから。

 政治形態や歴史的な流れを説明してやったら懐かれてしまって。


 私も一応責任があるから流されて。

 結果として廃王太子や廃高位貴族令息たちを引き取って養うことになったのよね。

 私の知識チートでレナ男爵家は今や国内有数の大商家。

 来たるべき革命においても重要な立場を占めることになる。


 でもみんな婚約者に迷惑掛けたくないって婚約破棄しちゃったからなあ。

 これでも逆ハーって言える?

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ヒロインも悪役令嬢も大変です。

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