婚約破棄したいんだけど

貴族に生まれたからには政略結婚はしょうがない。

真実の愛だの運命の相手だの番だのって関係ないよね。

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 タブロ男爵子息のカールがそういうと彼女、幼馴染みのシム子爵令嬢サマンサは目を丸くした。


「どういう風の吹き回し?」

「ほら、真実の愛を手に入れたとか」

「それが理由? ちょっと弱いんじゃないの?」


 呆れた表情で溜息をつくサム。

 薄い赤毛に大きな碧の瞳が映えてチャーミングだ。

 綺麗というのとはちょっと違うけど魅力的ではある。


「弱いかな」

「そうよ。一応私たち貴族なんだし、惚れたはれただけじゃ親も周囲も納得出来ないというか」


 それはそうかもしれない。

 でも僕は確かにタブロ男爵の息子だけど三男だから成人したら平民だ。

 そもそも男爵なんか下級貴族というよりは平民に毛が生えたようなものだし。

 面子とか政略とかほとんど関係ない。

 むしろ好きにしろと言われそうだ。


 真面目腐って言い募るサムだって子爵家とはいえ次女だ。

 姉上どころか兄上がいるから家なんか継げない。

 最終的にはどっかに嫁に行くしかない。

 小姑って嫌われるから。

 ていうかその前にシム家だって実家に居着かれてサムが老いるまで生活費を出したくはなかろう。


「恋愛が理由でもいいとは思うんだけど」

「でも貴族だしね。親が決めた婚約を勝手に破棄ってきついと思う」


「じゃあどうすれば」

「もっと利がある提案すれば? ほら真実の愛の相手の実家が大金持ちだとか高位貴族家だとか」

「それ、別に真実の愛じゃなくても理由になるよね」


 それどころか断れないのでは(笑)。


「真実の愛がある上にそこまで期待出来ないでしょ」

「まあ無理ね。大体、それほど条件がいいんだったら最初から向こうの親がうんと言わないと思う」


 確かに。


「じゃあ運命の相手は? つがいとか」

つがいって動物のことでしょ。つまり生殖の相手?」

「違うよ! ほらサムが昔読んでいた童話に出てきた」


 確か平民の女の子を竜人の王子様が迎えに来る話だったような。

 そういうのって身分差がありすぎてつがいとか持ち出さないと話にならないよね。

 サムは赤くなった。


「あれは! 童話というよりは寓話で」

「でもつがいだからね。運命の相手だよ。運命には逆らえない」

「まあ、確かに理論武装としてはそうだけど」


 ちなみにこの国では運命とか宿命とかが割と本気で信じられている。

 平民の間では。

 貴族?

 実利一点張りです(泣)。


「無理ね」

 切って捨てられた。


「やっぱりか」

「大体、つがいってどうやって証明するのよ。本人たちの証言だけじゃ納得出来る説明にはならないでしょ」

「まあそうだよね」


 それによく考えたらつがいを演ってくれる相手をどこから持ってくればいいのか。

 そんな馬鹿な偽証をしてくれる人なんかいるはずがない。


「駄目か」

「そうよ。せっかくいい話なのに捨てるのはもったいないでしょ。貴族になれるんだから」


 そう、僕の婚約が決まったのだ。

 お相手は某伯爵家のお嬢様。

 一人娘なので僕が婿入りして伯爵位を継ぐことになるそうだ。

 この国は女性の爵位を認めてないからね。


「そもそも不思議なんだけど、どうして貴方が選ばれたの?」


 サムが疑り深そうに聞いてきた。

 確かに。

 僕は男爵家の三男というだけでこれといって特徴がない凡人だ。

 中肉中背で容姿も平凡、特に才能があるわけでもない。

 まあ貴族家の三男ということでフットワークは軽いけどそれだけだ。

 それがいきなり伯爵家を継ぐって?


 伯爵は子爵の上の爵位と言われているけど、実はその間には大きな溝がある。

 子爵や男爵は世襲ではあるものの、本物の貴族から見たら上級使用人ってところなんだよ。


 伯爵家や侯爵家は基本的に領地貴族だ。

 子爵や男爵はそうじゃなくて、上級貴族に命じられて代理で領地を管理する。

 代官ってところかな。

 あるいはお城やお屋敷を采配したり。

 平民には任せられないけど本物の貴族にさせるわけにはいかない仕事が担当だ。


「判らない。いきなりご指名があったとか」

「お相手の令嬢は? 有名な方なの?」

「会った事もない。ていうか名前も知らない」


 メチャクチャな話だけど貴族ならよくある事とも言える。

 本物の貴族の結婚は基本的に政略だから本人たちの意志はあんまり関係がない。

 ついでに言えば家族かどうかや家系すら二の次だとか。

 大事なのは「家」で、貴族はその部品だ。

 婚約していた令嬢に何かあって駄目になったら結婚式にその妹とか従姉妹とかが出てきたという話もある。


「まあ貴族だしね」

「そうそう。食い扶持と思えば」


 僕たちだって下級とはいえ貴族の端くれだからね。

 しかも平民に近いせいもあって、今の境遇が恵まれていることも知っている。

 言われるままに婚約でも結婚でもするだけだ。


「そんなのは嫌?」

「嫌だけどしょうがないかな」

「そうよね」


 僕とサムは同時に溜息をついた。

 一応、将来は二人でとか夢想していたこともあったんだけど。

 でもよく考えたら二人で食っていくのは難しい。


 僕もサムもいずれは平民だし、平民と競争していくのは大変だと判っている。

 だって相手は生まれた時から平民やっているんだよ?

 ぬるま湯に浸かって育ったにわか平民が敵う相手じゃない。


 だから僕たち下級貴族家に生まれたけど家を継げない余り要員は学園に通ってコネを作る。

 出来ればどっかの貴族家や大商家に婿/嫁入り、でなければお城や役所の官吏に目を掛けて貰って就職。


 だってそういう職場に入ってくるのは平民の中でも最優秀なエリートだ。

 僕みたいな凡庸な奴が出世、いや採用されるためにはコネしかない!

 なので結婚相手はほぼ上司の子だったり(泣)。

 まあ、今回の事でその道はなくなったんだけど。


「サムはどうするつもり?」

 聞いてみたらサムも浮かない表情になった。

「養女の話が来ているみたい。物凄く遠い親戚の家だけど、何でもそこのご令嬢が庭師と駆け落ちしてしまったらしくて」

「うわあ」

「婿を取って家を継ぐ役目ね。細々とだけど血は繋がっているから」


 あれ?


「そういうのって普通、親戚の男を養子にするのでは」

「親に聞いてみたら、そういうのは駄目らしいわ。養子にした跡継ぎの元の家族の発言力が大きくなりすぎるし、将来養子に家を乗っ取られて養い親が追い出される可能性があるからって」

「それで敢えて遠い親戚の女の子を養女にして関係ない婿を取らせると」

「みたい」


 世知辛い(泣)。


「婿入りしてくる相手は?」

「教えて貰ってない」


 僕と一緒か。

 まあ貴族ってそんなものだけど。


「結構大きな家らしくてね。断れないって言われた」

「そうか」


 まあお互いに平民になって路頭に迷うよりはマシか。

 そういうわけで僕たちは励まし合って別れたのだった。

 それぞれ誤解されないためにしばらくは会えないだろうけど、ほとぼりが冷めたらどっかで近況報告しようねと約束して。





 その後、僕は婿入り先の代理人とやらに会って色々指示された。

 まず学園に行かずにいきなり婿入りして修行になるそうだ。

 確かに学園はコネ造りと社交の場だからね。


 学園の生徒は僕みたいな下級貴族の子弟で将来に備えてコネを得たり手に職をつける目的の人か、あるいは貴族同士の交流を目的とする王族や上級貴族の子息や息女だ。

 僕が婿入りする予定の領地貴族にはあんまり旨味がない。

 領地貴族家に関する知識は学園では教えて貰えない。

 そういうのは現場で学ぶしかないから。


 まあ僕としても必要もないのに学園に行ってお茶会に出て気まずい思いをさせられたり上級貴族の鞄持ちさせられるよりはいい。


 婿入りっていつなのかと聞いたら僕が成人してすぐだと言われてしまった。

 来月じゃん!

 僕、まだ15歳なんだけど(泣)。


「早すぎませんか。もうちょっとどこかで修行するとか」

「駄目です。これは絶対条件です」


 有り得ないよね?

 将来何するにせよ、別の貴族家で何年か修行するのが当たり前だ。

 だって僕、ドシロウトなんだよ!

 平民になるつもりだったから貴族家の勉強なんかしてきてないし。

 まして領地貴族家のことなんか五里霧中だ。


「婿に入れてから使えないと判ったらどうするんです?」

「使えるようになるまで修行です」


 死ねと?(泣)


 まあしょうがない。

 というわけで僕は慌ただしく荷物を整理して家族にお別れを済ませた。

 結婚式には親兄弟も出るけど。


 結婚相手の顔も名前も年齢も知らないまま教会へ。

 白いタキシードを生まれて初めて着せられて、ほぼ初めて会う義父(予定)の伯爵様にエスコートされた花嫁を見たらサムだった(汗)。


 豪華なウェディングドレス姿のサムを見て嵌められた! と叫ばなかった僕は偉いと思う。

 サムは完全に無表情だったけど、あれは意識が飛んでるな。

 サムの義両親で僕の婿入り先の伯爵夫妻もなぜか表情が死んでいるのが不気味だ。

 サムのご両親もしかり。

 もちろん僕の両親も唖然としたまま。

 みんな知らなかったらしい。


 一同が静まりかえったまま結婚式は恙なく進み、僕とサムは夫婦になった。

 同時にトラン伯爵家の養子になる。

 夫婦養子という奴だね。


「よろしくお願いします」

「うむ……よろしくな」


 披露宴は後日やるということで、僕たち夫婦とトラン伯爵夫妻は教会の控え室に案内された。

 扉が閉まる。

 沈黙。

 夫婦同士全員がほぼ初対面だったりして(泣)。


「あの……伺ってよろしいでしょうか」

 サムが口火を切った。


「うむ」

「なぜ、わたくしとカールだったのですか? わたくしは一応血縁ということですがカールは」

「運命だからです!」


 いきなり割って入る声と共に扉が開かれ、何か凄いゴージャスなものが飛び込んで来た。

 物凄い美女だ。

 迫力が凄い。

 美しいけど釣り上がった鋭い目。

 真っ赤な唇。

 そして金属製なんじゃないかと思えるくらい見事な縦ロールのプラチナブロンド。


「真実の愛なのです! つがいです!」


 酔ったように叫ぶ美女。

 よく見たらまだ少女だ。

 僕たちと同世代?


「こちらはハンプレル公爵家のアマンダ様だ。王太子殿下とご婚約されている」

 ちょっと辟易しながらも伯爵様が紹介してくれた。


 公爵令嬢!

 王太子殿下の婚約者!

 同じ貴族でも雲の上の人じゃないか!

 僕とサムは同時に片膝を突いた。


「カール……トランでございます」

「サマンサ・トランです。アマンダ様」


 何がなんだか判らないが、とにかく雲上人には平伏するに限る。


「こちらのハンプレル家がお前たち……トラン家の後ろ盾になって下さる。よく従うように」

 トラン伯爵様が言うけど何か途方に暮れてない?

 一体何がどうなってるの?


 するとアマンダ様はいきなり僕とサムの肩をがしっと掴んだ。


わたくしの望む事はただひとつです! 浮気はしない! させない!」

「……は?」

「大事な事ですからもう一度言います。浮気は絶対駄目! 特に、ええとヒロイ……じゃなくて奥様は絶対に学園に近づかないこと! 特に王太子殿下には!」


 肉食獣に迫られているみたいだ。

 僕とサムはガクガクしながら頷いた。


「浮気なんかしません!」

「学園にも近づきません!」

「よろしい」


 満足したように真っ赤な唇をにいっと吊り上げる公爵令嬢アマンダ様。

 怖いよ!


「それではよろしくお願いしますね」

 そう言い捨ててドアに向かったアマンダ様はふと振り返って言った。


「ところでカール君でしたっけ?」

「はい」

「貴方は意外に組織管理の才能があるかもですよ。世が世なら王太子殿下に見込まれて側近に加えられても不思議ではないくらい」


 精進しなさいな、と言い捨てて消える公爵令嬢。


 何だったんだ?(泣)。

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かくして乙女ゲームは阻止されるのであった。

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