もし乙女ゲーム世界の攻略対象が庶民だったら

油断は禁物。

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 私はメロディ、女の子で14歳。

 平民なので姓はない。

 お父さんは私が小さい頃に死んじゃったらしくてカティお母さんと二人で慎ましく暮らしている。


 実は私には前世がある。

 日本の女子高生だったような記憶しかないから若死にしたみたいだけど、どうも勉強さぼって乙女ゲームばかりやっていたみたいでそっち方面の知識が無駄に豊富だ。

 でも転生して思ったんだけど、乙女ゲームはプレイヤーとしてやるから楽しいのであって、実際に悪役令嬢だのヒロインだのになったら悲惨だよね。


 そもそも私の自我は21世紀日本の女子高生で固定されてしまっていて、疑似中世の貴族社会とか無理。

 価値観が露骨に庶民なのよ。

 成り上がりとか貴族社会とかは真っ平。


 だから物心ついて周囲の環境を調べて心底からほっとした。

 地方の小都市で平民しかいない街。

 貴族なんか見た事もない。

 庶民バンザイ。

 どの乙女ゲーム世界か知らないけど宮廷とか学園とか絶対に近寄りたくない。


 家庭も片親だけど裕福とは言えないまでも暮らし向きは悪くない。

 お母さんの知り合いの人たちがみんな親切にしてくれるし。

 魔法とか冒険者とかもないし国は安定していて戦争の気配もない。

 王都に学園があるらしいのが不気味だけど貴族専用だから関係なし。


 だから安心していたんだけど。

 ある日、二人で昼食を食べていると突然言われた。


「メロディ、私たちそろそろお父さんと一緒に暮らそうと思うの」


 え?


「私にお父さんっていたの?」

「もちろんいるわよ。ちょっと仕事で出張というか単身赴任してるけど」

「会った事ない気がするんだけど」

「そんなことないでしょう。小さい頃は一緒に暮らしていたし」


 そうだっけ?

 思い出してみたら確かにいたような気はする。

 背が高くて金髪だったっけ。


「あんまり覚えてない」

「それを聞いたら泣くから止めてね」


 そうか。

 私って片親じゃなかったのか。


「でも出張って、お父さん何の仕事してるの?」

「仕事というか……ちょっと訳ありでね」


 片目を瞑るお母さん。

 何それ怖い。

 でもそうか。


 お母さんは結婚が早かったらしくてまだ三十代、スタイル抜群で細身なのに胸と腰が凄い。

 いつもはひっつめているけど黄金の滝みたいな豪奢な髪に碧の瞳で普段着でも貴族のお嬢様にしか見えない。

 凄く綺麗だし。


 幸いな事に娘の私は母親そっくりだと言われている。

 胸と腰は将来に期待。


 そんなお母さんはとある商会の事務員らしいんだけど詳しい事は知らない。

 なんで求婚されないのか不思議だったけど既婚者だったからか。


「それでお父さんっていつ帰ってくるの?」

「来ないわよ。私達が行くの」


 さいですか。


「お引っ越しかあ。遠い?」


 物心ついた時からこの家で暮らしていたから近所しか知らない。

 お友達は一人もいないけど(泣)。

 だって話が合わないんだもん。

 そもそも不思議だけど子どもをあんまり見ないのよね。

 たまに見かけても避けられるし(泣)。


 それはそうで、私の自我って幼児の頃から女子高生だ。

 同年代の子どもから見たら生意気だとか偉そうとかに見えるんじゃないかな。

 だから普通の子どもが行く教会の学校じゃなくて、お母さんの知り合いのおじさんやおばさんたちに習っていたんだよね。


「それほどでもないかな。馬車で1週間くらいだから」


 遠いよ!


「もう戻らないの?」

「そうね。あなたの準備も完了したって言われたし」


 何の事かな?

 そりゃ確かにお母さんの知り合いだっていうおじさんやおばさんたちから「天才だ」「もう教えることはありません」「異国風だけど礼儀マナーは満点ね」とか言われてるけど。


 だって私、心は日本の女子高生だよ?

 算数や理科はそれなりだけど、この世界では学者並。

 王国の社会制度についてはゲーム知識でばっちり。

 歴史や地理もどんとこい。

 どの乙女ゲームか知りたくて調べまくったんだよね。

 よその国も含めて。


 だって主人公がゲームの舞台とは違う国に転生したという小説読んだ事があるし。

 なかなか見つからないので古代史まで含めて覚えてしまった(泣)。

 それに外国の事を調べるのに必要だったから覚えたんだけど複数の外国語が読み書き自由でペラペラだ。

 これは意外だった。

 いや~、幼児の脳って凄いわ。


 そういえば何か偉そうなおばさんが礼儀マナーがなってない! とか言ってきたから無駄に豊富に覚えている乙女ゲームの悪役令嬢の礼儀マナーを真似してみたら出来てしまったんだよね。

 面倒くさいから普段はやらないけど。


「まあしょうがないな。判った。いつ行くの?」

「実はこれからすぐなのよ。迎えが来てしまって」


 え?


 お母さんが手を叩くとドアが開いた。

 私の家は平屋でドアの向こうはいきなり道だ。

 その道が人で埋まっていた。

 だけじゃなくて全員、片膝突いてない?

 みんな顔を伏せてるし。


「カルティナ王太子妃殿下およびメロディアナ姫殿下。御無礼つかまつります」


 先頭の初老の人が顔を上げて奏上する。

 商会長のおじいさん?


「よい」

「クラレンス王太子殿下よりお出迎えを命じられました。ぶしつけで申し訳ございません」

「ご苦労」

「それではご用意させて頂きます」


 途端にわらわらと殺到してくるメイドさんたち。

 ってお母さんの同僚の商会の事務員さんたちじゃない?

 あっという間に部屋中が整えられ、テーブルの上に何やら広げられる。

 ドレスとか靴とか。


「母さん、これって」

「まあまあ。馬車の中で説明するから」


 したり顔で片目を瞑る母親。

 聞いてないよ!


 あっという間にドレスに着替えさせられて馬車に押し込まれる私。

 メチャクチャ内装豪華なんですけど?

 窓から外を見たら騎士で埋まっている。

 見覚えがあると思ったら警備隊のお兄さんたちだ。

 強いだけじゃなくてやたらに上品で博識だったのは騎士だったからか。


「……説明してくれる?」

「いいわよ。私はフローレン王国テラ公爵家の出でカルティナ。お父さんはサラナ連合王国シルデリア王家第一王子のクラレンスね。今度王太子になったけど」


「何それ」


「色々面倒でね。私の父はフローレンの王弟だし母はアラム皇国の皇女なの。クリスも連合王国の複数の王家の血を引いているし。あなたが生まれた時は大変でね。何せ私たちを通じて十カ国以上の王家の王位継承権持ちだから」


「……」


「暗殺や誘拐が心配で、だからとりあえず王宮から離れて育てる事にしたのよ。ちなみにこの街はそのために作ったの。周りに居るのは全員がお父さんやお母さんの家臣」


「……」


「宮廷から離れて育てて心配だったけど、さすがねメロディ。用意した家庭教師全員から太鼓判押されたわ。どこに出しても恥ずかしくない淑女で姫君だって。その歳で揺るぎない意志と正邪を弁えた見識を備えている。それどころか知識も頭脳も学者を越えるって」


「……」


「正直、貴方が普通の子どもだったらこのまま一緒に庶民として生きるのもいいかと思ったけど。でも大丈夫よ。貴方ならどこの王位を継いでもやっていける。それどころか世界帝国を築けるかもしれない」


「……」


「これから学園に通うことになるけど大変よ? まああなたはもう卒業出来る程度の知識はあるから学問は心配ないけど。それよりあなたの王配になりたがる王族や高位貴族のご子息たちが殺到してくるはず。選び放題よ?」


 ニコニコ笑いながら無邪気に話すお母さん、いやカルティナ王太子妃殿下。

 確かに悪役令嬢やヒロインじゃなかったけど。

 攻略対象かよ!(泣)

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お母さんはちょくちょく旦那と会っています。

旦那は妻と娘を守るために宮廷で立場を固めて王太子になりました。

ちなみに主人公が住んでいるのは一見地方の街ですが実は要塞で、幾度となく暗殺者や武力侵攻を撃退しています。

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