第19話

有無を言わさず繋がれた右手を見る。

その手は、私が逃げ出さないようにするためか、指が絡まれている。

いつものように、文句を言ってやろうと見上げると、いつもは見せない真面目な顔をしていてドキッとする。


「ねぇ圭。彼女たちのこと怒ってるなら気にしなくていいよ?」

「別に怒ってないよ。薫の仕事3倍にした挙句、俺と薫のご飯の時間を1時間以上奪った奴らのことなんか微塵も考えてない。」

「めっちゃ怒ってるじゃん…。」


焼肉屋に着いてからも珍しく口数の少ない圭に拍子抜けする。あっちから誘ってきた時は結構色んな話をするものなのに。

それも何故か今日は個室だ。


「おーいどうした?」


届いた肉を焼きながら、圭の顔の前で手を振ってみせる。


「今珍しく緊張してるからあんまり可愛いことしないで。」

「は?」


振っていた手を握られ目を合わせられる。


「熱い。」

「あ、ごめんつい。薫の手があったから。」


そこに山があったからみたいに言うんじゃないよ。


「そんなに怒ってるの?」

「怒ってないよ。自分は俺に振られて薫は仲良くしてるからって嫌がらせしたんだろうけど。そんな人は眼中に無いから。」


冷たく言い放ちながら、お冷の氷をカランコロンと鳴らす。


「ねぇ薫。俺ずっと薫のこと好きって言ってるけど本気だから。」

「……え?」


本気って何が?


「人として好きってことでしょ?」

「女として好き。もうずっと何年も。薫にずっと彼氏がいたから応援しなきゃってずっと思ってたけど、そろそろアピールしようかなって言ったよね。ちゃんと薫に許可とったし。」

「あれは好きな子へのアピールでしょ?好きな子は可愛い子だって言ってたじゃん。」

「薫可愛いじゃん。」


満面の笑みで言われて、反論の言葉がつまる。

理解はしている。私への好意を居もしない女の人へのものだと勘違いしていたということだろう?だけど、そう簡単に受け入れられない。そんな急に言われても。


「…プレゼントは?」


あげて喜んでたと機嫌良さそうにしていたじゃないか。


「マグカップ。あげたでしょ?お揃いのものを会社に置いておけば、薫を狙う人減るかなーって思って。知ってる?薫結構男の間で話題になってるんだよ。」

「そんなの知らないよ。」

「それに、ナンパされてたらしいじゃん。ねぇ、お姉さん。」

「っ!?誰から…って1人しかいないか。部長め…。」

「ついて行こうとしたらしいけど、仲良くなったの?」

「仲良くはないよ。連絡先も知らないし教えてない。ついて行こうとしてたっていうのは部長の見間違いね。」


決してついて行こうとしていた訳では無い。悩んではいたけれど。


「ふーん。」


"薫は自分の周りに関して鈍感すぎるから心配だ"と続けられる。


「ねぇ薫。もう分かったでしょ。いつも薫のこと好きって言ってたのが冗談じゃないって。」


そう言って再び手を包み込まれ、ドギマギする。


「今更そんなこと言われたって…。」

「知らなかった?俺がこんなに薫のこと好きなの。」

「当たり前じゃん…。」


圭の手で包み込まれたままの手を親指でなぞられ、顔が赤くなる。

スキンシップは今までもあったが、こんな男女の雰囲気を感じたことは無かった。

ずっと家族のようなそんな空気を感じていたのに。


「私を姉か何かだと思ってたんじゃないの…?」

「なんで姉?」

「スキンシップ多かったし。」

「そうかな?」


"薫に彼氏がいた時は自制してたはずだけどな"と笑う。

無自覚なたらしなのか。そりゃ女の子の人気も出るな。


「ねぇ、薫はさ、どうしてここ最近俺とあんまり話してくれなくなったの?」

「……圭の好きな人に誤解されて圭の恋路が上手くいかなかったら嫌だなって思ったから。」

「ほんとに?」


"本当だよ"と言いたいのに言葉がつかえる。


「いつも薫が"圭の好きな人"って言う時嫌そうな顔してたの気づいてる?」

「知ら、ないよ。」


嫌だなんて言えなかったもん。

甘やかして、そばにいたくせに好きな人がいるなんてあんなに幸せそうな顔をするのが悪い。

好きな人がいるって思ったら私は邪魔だなって思ってたから。


「ねぇ薫。薫は俺のこと好き?」

「…さぁね。」

「俺はすっごい好き。」


んへへとふにゃっとした笑顔を見たら涙が出そうになって視線を外す。


「ねぇお肉焦げる。」

「ムードがないなぁ。」


圭は、渋々といった様子で、あみの上に置かれた肉を皿にあげてこちら側に来る。


「抱きしめていい?」

「…だめ。」

「やっと素面で薫抱ける…。」

「聞いてる?その言い方も嫌。」

「触れられる…?」

「日本語下手くそ。」

「今難しいこと考えられないよ。」

「あははっ。ねぇ圭。」


抱きしめられた腕をぽんぽんと叩く。


「ん?」

「私これすごく安心する。」


へへっと笑って見せると、頭上から大きなため息が聞こえる。


「え、何?どうしっ」


唇が重なり、ちゅっとわざとらしく音を立てて離れる。


「ねぇ、俺のこと好き?」


メガネの奥の瞳が細められる。

いっその事、好きでしょと断言してくれたら頷くだけでいいのに。


「私独占欲強いよ。」

「知ってる。」

「愛情表現だってそれなりにしてくれないとダメだよ。」

「何回も聞いた。薫のことは今までの男の誰より知ってる。そのくらいずっと好き。薫は?」

「……わ、たしも好き。」

「じゃあ俺もう我慢しないから。薫も合コン行くのやめてね。」

「なんでバレてるの!?部長だな!?」

「なんで合コン行くって俺に言ってくれなかったの?」

「言うわけないでしょ。意識して欲しいみたいで嫌だし。…わっ。急に何!?」


さっきまで抱きしめられていたはずが、今は畳に仰向けになって圭を見上げている。


「ちょ、ここお店だからね!?過度なスキンシップ禁止!」

「じゃあ朝まで付き合ってくれる?」

「がっつくなばか。」

「ははっ。でもこれで仕事行く楽しみ増えた。」

「私は憂鬱よ。」


『宮本さんに振られた女子の会』のメンバーを思い浮かべ身震いする。


「もう薫に手は出せないだろうから安心しなよ。仕事が終わらなかったら手伝うし、毎日一緒に帰ろうね。」


にこにこと機嫌が良さそうな圭を見て、プレゼントが上手くいったと喜んでいた時の彼もこんなふうに喜んでいたなと思い出す。

勝手に自分に嫉妬してバカみたいだ。


「圭。」

「ん?」

「私、圭が思ってるよりずっと圭が好きだよ。」

「…言わないでいた方がお互いにとっていいのかもって思ってたけど、そんなことなかったな。写真撮って部長に送ろ。」

「ちょっと!私が押し倒されてるみたいな写真撮らないで!」

「大丈夫。いつもと変わらず可愛いよ。」

「そういう問題じゃない!」


鳴かぬ蛍は美しいけれど、うるさく言い合いをしながら愛を紡いでいく蝉が、きっと私たちらしい、なんて。

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恋に焦がれて鳴く蝉よりも 花詞 @kasi_888

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