第18話
「もうちょっとだぁ…」
椅子の背もたれに寄りかかり、ぐっと背伸びする。
途中、部長にそんなに仕事があったかと怪しまれたが、体調が悪い人のを預かったと誤魔化した。
そもそも、圭が好きなら圭の仲いい人を攻撃するのはおかしい話なのだ。妬みよりも好きな人の幸せを喜ぶことができない女が多すぎる。
でも、圭の好きな人がターゲットにならなくてよかった。まだ圭の好きな人が誰なのかわかってないけど、その子が仕事に来られなくなったら圭は気負ってしまうだろうから。
「おい湊。」
「もっと優しく呼べないんですか部長。」
「この書類なんだ。」
「あ、すみません。拾っていただいて。」
部長から手渡されたのは、数時間前に整理し終えた書類の1枚。
急いでいて気が付かなかったが、裏に『宮本くんにいい顔して彼女面するな』『尻軽女』など、学生の頃が懐かしくなるような罵詈雑言が書き連ねてあった。
「あーなんですかね?」
「誤魔化すなよ。」
「いや〜あはは。」
「他人に仕事押し付けられて残業する馬鹿いるか。」
「いてっ。」
コツンと小突かれ、痛くもないのに痛いと言ってしまう。
「これは常務に報告するから。」
「ちょ、部長!大丈夫だから!あと少しだからやらせてください!お礼は焼肉でいいですから!!」
「あ?」
相当お怒りのようで、眉間に皺を寄せているが、元はと言えば部長のせいでもあるので睨み返す。
「なんですか!」
「まぁまぁ2人とも。部長、今日は様子見にしてもらえないかな。薫の仕事は俺が半分手伝うからさ。」
「対応はさせてもらうぞ。」
急に私たちの間に入った圭は穏やかな笑みをたたえて私をデスクに座らせる。
顔は笑っているが、目が全然笑っていない。
先程から私をほくそ笑んでいた女の人たちを一瞥した彼は、"今日は俺と飲む約束だよね?"と笑う。
「そんな約束してないし。帰ったんじゃなかったの?」
「部長から連絡が来たから。」
「そんなのしてた?」
「それに、好きな人と距離を縮めるためには食事が1番って部長に聞いたんだよね。」
「へぇ。好きな人と行ってくれば?」
「だから誘ってる。」
「いつになったら分かってくれるんだ。」
「うん。それは俺の台詞ね。」
「どういうこと?まぁでもとりあえず…ありがと。」
半分以上の仕事を持って行った圭は数十分後にはそれを終わらせて、唸る私を見守っていた。
「…終わった!」
「お疲れ様。」
目を細めて緩やかに口角が上がる。普段なら優しそうな顔だが、後ろから負のオーラが見えるので、私はただ苦笑いするしかない。
「ねぇ部長、さっき送った送ったのが薫に仕事回してた人全員だと思う。」
「おう。助かる。ごめんな湊。厳重注意くらいにしかならないかもしれないけど。」
"あのハゲジジイ舐めてんだよな俺の事"と悪態つく部長に笑ってしまう。
「ありがとう部長。この会社訴えたりしないから安心してよ。」
「お前はもうちょっと嫌って言えるようになれ。優しすぎるんだよ。」
「努力はしますので焼肉を奢ってください。」
「全く…。おら、圭。金やるから連れてってやれ。俺は常務に報告したり、湊がやった仕事の確認があるから。…いい加減はっきり言わないと堂々と守ってやることも出来ないぞ。あんなので独占した気になるな。」
部長が給湯室を指しながら圭を見る。
何を言っているのかは、相変わらず分からない。
「ありがとう。」
部長にお礼を言った圭は、私の荷物をそそくさとまとめて、手を取る。
「もう手は繋がなくていいってば!こんなことしなくてもついて行くって。」
「いいから。行こう。」
「頑張れよ。」
私たちは、何故か応援の言葉を言った部長にもう一度お礼を言い、3人でよく行く焼肉屋さんへ向かった。
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