第13話

終業時間が過ぎ、通りかかる人にお疲れ様ですと挨拶をしながら給湯室でマグカップを洗う。

明日はカフェオレとか飲んでみようか。

中のサボテンが見える紅茶もいいな。

水分を拭き取り、食器棚にマグカップを置こうとすると、隣にあった圭の新しいマグカップが目に留まる。

何気なく手に取ると、そのカップの中にも可愛らしいサボテンの絵が描いてあった。


「なんで色違い…?」


"これ、美味しかったからどうぞ。"とおすそ分けをくれるマダムのように、自分の気に入ったデザインのマグカップをくれたんだろうか。でも、彼はいつもシンプルなデザインを好んで使っている気がする。

これは見た目がシンプルだし、おかしくはないか…。

彼とは入社した頃から仲良くしているが、未だ行動は読めない。

結構甘えてくるし、私を姉のような存在だと思っているんだろう。そうじゃないと日頃のスキンシップの多さの説明ができない。

それこそ、酔った女を振りほどきもせず一緒に寝るなんて理解不能だ。

あれは完璧に私が悪かったけど。


「薫〜?」


唐突に聞こえた圭の声に、慌ててカップを棚に戻して顔を出す。


「なに…?」

「え、どうしたの?なんか変だよ?」


動揺が顔に出てしまったのか、心配されてしまった。


「なんもないよ。大丈夫。それより圭こそどうした?帰らないの?」

「んへへ。今日も飲みに行きませんか?」


上機嫌にふにゃっと顔を崩し、何故か手を差し出す彼に首を傾げる。

何その笑い方。

なんだいその手は。

…好きな子と上手くいってテンションが高いのか。


「ごめん。今日からは付き合ってあげられないから、部長と行けば?」


そんなつもりはなかったけれど、少しぶっきらぼうな言い方になってしまった。

今日はずっと気持ちが沈んでいるから恋愛相談なんて聞けないし、聞きたくない。

それに、圭が好きな子に気を遣わないのなら、今日からは私から少し距離を置こう。

圭には幸せになって欲しいから絶対に邪魔になりたくない。

それに、仲が良すぎるから少し寂しいと思ってしまうんだ。

うんうんと頷いていると、圭に両手を握られ肩が跳ねる。


「ちょ、会社で手握るのやめてよ!」


ぶんぶんと握られた手を振り払おうとするが、離れる気配はまるでない。


「ね、ほんとにだめ?」


背の高い彼に目を合わせられ、たじろぐ。

顔が近い。こいつはこんなにパーソナルスペースが狭いやつだったか。

むしろ警戒心が強い方だと思っていたのに。


「今日は紅茶買いに行くからだめ。明日以降も予定があるからだめなの。」


予定なんてないけど、合コンでもねじ込んでやろう。

私が愛せて、私を愛してくれる人が見つかれば、もっと素直に圭の恋路を応援できる。


「じゃあ買い物俺も付き合う。」

「来なくてよろしい。」

「行くよ。」

「いらない。」

「えー。」

「かわいこぶったってだめなの。じゃあまた明日ね。」


握られていた手を無理やり解いて、逃げるように離れる。

周りに人がいないことを確認して深いため息をついた。

そのしつこさは好きな子に向けて使いなさいと心の中で彼に忠告し、私は会社を後にした。

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