第10話

「これする意味あるの?」


繋がれた右手を持ち上げると、"薫は迷子になる予定だから"と意味不明な予言をされる。

待ち合わせ時間に何とか間に合った私を、彼は涼やかな顔で待っていた。

いつものスーツ姿とは違い、白いパーカーに黒いスキニーというラフな格好に少し戸惑っていると、行こうかと手を取られたのだ。


「とりあえず手を繋ぐのはやめとこうよ。付き合ってないのに付き合ってるなんて噂が立つのも嫌でしょ?」

「俺は別にいいよ。」


私のことなんか眼中にないのだからそうでしょうね。

逃げる私の手を掴み、強引に指を絡められる。えへへと緩く笑っている割には力が強い。

そういえば、こいつは男だったなぁと半ば諦めて大人しく繋がれておくことにする。


「どこに行くの?」

「買い物。」

「買い物かー。さすがに買い物で迷子にはならないと思うなぁ!」

「俺は薫が好きだから心配なの。」

「…っ、だからそれは。」

「今日行くところはさ、なんだか少し可愛げがあってちょっと俺ひとりだと躊躇っちゃうんだよね。」


…これは抗議するだけ無駄なやつだな。

抗議をさえぎられ、苦笑する。

小さく息を吐き、圭に連れられるまま歩いて行くと、近所のアウトレットモールに着いた。


「ここ。」

「…確かに圭1人で入るのは気後れするかもね。」


目の前には可愛らしい雑貨店。

なんで行ってみたいんだろう。

好きな人へのプレゼントか…?


「全部顔に出てるよ薫。」


あははと珍しく大笑いされ、少し恥ずかしくなる。

行くよと繋がれたままの手を引けば、バカにしたような目を向けられたが、何も見ていないことにする。


「何をプレゼントするの?」

「ん〜。何がいいかな。俺彼氏じゃないし、貰ってもらえそうな文具とかの方がいいのかなぁ。その子結構手書きで何か書いてたりするから。」

「へぇ。筆まめなんだね。先方にちゃんと手紙を送るなんていい子じゃんか。」

「薫も書いてるじゃん。」

「私は手紙じゃなくて、出たアイディアをまとめてるだけ。頭の中を整理するためだから人に見せられるようなものじゃないの。あ、そういえばね、頭の中を整理する時、落ち着くためによくコーヒーを一緒に飲むんだけど、こぼしてばっかりで、"あーこれが手紙じゃなくて良かったー。"って思うの。それもね、この間マグカップ落として割れちゃったんだよ。ここで買っちゃおうかなぁ。」

「ふーん…。」


あははと笑う私とは反対に、彼は右手を口元に添えて考え込んでいる。


「そんなに悩んで選んだなら、絶対喜んでもらえるね。」

「うん。喜んでもらいたい。やっと我慢しなくて良くなったんだし。参考に、薫の好きなもの教えて。」

「私の好みじゃダメだよ。その子はどんな系統が好き?」

「薫の好みに似てるよ。ピンクとかそういうのは積極的に使ってない。シンプルすぎるものも使ってないし。」


珍しいな。私と好みが似てるなんて、そんな子会社にいただろうか。


「会社の子なんだよね、好きな子。」

「うん。」

「…そっか。」


付き合った暁には紹介してもらおう。




数時間後。


「決めた。」


たくさんの商品を見て、圭の想い人へのプレゼントは納得のいくものが見つかったみたいだ。


「ちょっと買ってくるよ。」

「じゃあ私トイレ行ってくる。」

「了解〜。」


"待ってて"と嬉しそうに頬を緩める彼を、このまま見ていたくなくてその場を離れた。

このまま、圭がその女の子と上手くいってしまったら、今日のように気軽に話すことさえも難しくなるのかもしれない。

そう思うと少し寂しい。

つい、醜い独占欲が見え隠れしてしまう。

私が圭の彼女になる可能性はないのだから、こんな感情は消し去ってしまわないと。


「薫。」


トイレから出ると、圭が大きめの袋を持って立っていた。


「行こうか。」


そう言って当たり前のように左手を差し出される。


「もうそれはしないよ。迷子になんかならないし。」

「だめ。今日は付き合ってくれるって言ったでしょ。」

「買い物に付き合うのに手を繋ぐという項目があったのなんて聞いてない!」

「言ってないからね。ほら。お腹すいたしご飯食べて帰ろ。」


そう言って再び繋がれた右手に苦笑する。

私の中で膨らんでいく独占欲と自惚れがチクチクと心を刺す。

落ち込んだ気分をあげるため、帰りにマグカップでも買って帰ろうと意気込む。圭離れするために合コンに行くのもいいな。大丈夫。私は圭がいなくても立ち直れる。

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