第9話

「おはよう。」


頬をつつかれ目を開けると、私に右腕を枕にされている圭が目に入る。


「腕枕痛い…。」

「ははっ。普通は俺のセリフだよそれ。」


彼は、私の頭上に飛んでいた枕を腕の代わりに差し込みながら笑っている。

腕枕なんて初めてされたけど、腕が痺れないのか逆に心配になって安心できない。


「ありがと。今何時?帰らなくていいの?」


"腕枕をしてもらっていた私が言うことじゃないだろうけど"と続けると、また笑われる。


「何よー。」

「…泣いた?」

「え?なに急に。」


頬に添えられた手をさりげなく退かす。

急に真顔で見つめられ、息が止まりそうだ。


「…泣いてないよ。」

「俺が起きた時シャツ濡れてたんだよなー。局部的に汗ってかくのかなぁ。」

「知らない。かくんじゃない?」

「俺いるの嫌だった?」

「っ!嫌じゃなかったけど。」


圭がいてくれてよかったけどそれは言っちゃいけない。


「けど?」

「これからはこういうのなしね。私もそろそろ圭離れして、恋バナできる女友達作らなきゃって思ってるの。」

「俺から離れるなんて無理だよ薫は。」

「…どうして。」

「俺が離さないから。」


満面の笑みで言われ、ため息が出る。

なんでそういうことを簡単に言ってしまうんだろう。

好きな人いるんじゃないの?

好きになっちゃうからやめてよ。

圭のことを好きになったって辛いだけじゃないか。


「とりあえず、帰りなよ。せっかくの休み潰れちゃうよ。」

「元々今日は薫のこと誘おうと思ってたんだよね。」

「私じゃなくて好きな子誘いなさいよ。」

「俺、薫のこと好きだよ。」


何言ってるのとでも言いたげな目で私を見ている彼に2度目のため息が出る。


「そういう好きじゃなくてさ…。」

「ん?」

「なんでもない。」


鈍感というか天然というか。

私がどれだけ気を遣おうとも彼には関係ない。

自分がこうしたいと思ったことはだいたいやり通してしまう。


「俺行きたいところあってさ、付き合ってくれる?」


先程退かしたはずの手がまた頬を撫でていて、恥ずかしくなる。


「…分かった。」

「じゃあ12時にいつもの駅で待ち合わせね。」


時計を見ると今は10時過ぎ。


「あと2時間しかないじゃん!」

「寝てた薫が悪い。」

「それはそう。」

「じゃあ俺一旦帰るね。」


玄関まで見送ると"後でね"と緩く手を振られ、見慣れない光景と聞き慣れない言葉に、少し困惑しながらも笑ってしまう。

扉が閉まり振り返った静かな室内は、ここ数日とは違い、ぽかぽかと暖かかった。

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