第8話

「ん…。」


カーテンの隙間から漏れる明るい光で目が覚めた。

目の前には圭の胸があって、小さく声を漏らすと、彼はうっすら目を開けた。


「…おはよ。」


少し掠れた声で挨拶され、戸惑いながらそれに応える。


「帰らなかったの?」

「帰ろうとしたよ。でも、薫が"まだいて〜"って俺の事掴んで離さなかったから諦めて一緒に寝た。」


"ほら。"と持ち上げられた左手は、言われた通り、私が握って離さなかったようだ。

パッとそれを解くとふふっと笑われる。


「何よ。」

「離しちゃうんだなーって思って。」

「当たり前でしょ。そういうこと言わない方がいいよ。勘違いしちゃうから。」

「薫にだけだよ。」

「それがダメでしょうが。」


ため息をつくも、人の体温があるこの布団が心地よくて抜け出せない。

私も大概だ。


「ごめんね。」


何故か謝罪の言葉が口からこぼれていた。

好きでもない女に手を握られて一緒に寝てしまうなんて、つくづく優しい男だなと思う。

私はそれに甘え続けている。嫌な女だ。


「よく寝てたね。」


まだ眠いのか開いていない目で私を見ている。

良かった。

今、あの慈愛に満ちた目を向けられたら、本当に圭は、私にだけこんなに優しいんだと勘違いしてしまいそうだから。


「…上手く酔えたのかも。最近全然眠れてなかったし。」

「良かった。」


そう言って私の頭を撫でる。

メガネをかけていない彼は、いつもより幾分か幼く見える。

傷ついた私を甘やかさないで。

ずっとそばにいて欲しいと願いたくないから。

私のせいで圭の幸せを壊したくはない。

泣き出しそうになるのを必死にこらえて、誤魔化すように私も負けじと彼の頭を撫でた。


「俺、なんで撫でられてる…?」

「いっぱい撫でてくれたお礼。」

「ん〜?へへ。じゃあもっと撫でてあげる。」

「嫌味みたいなものだから喜ばないで。ちょ、撫でなくていい!」

「薫が撫でてくれるなんて帰らなくてよかった。」


そう言って、圭の頭の上に乗せていた右手を掴まれ、引き寄せられる。

起きた時と同じ体勢で身動きが取れなくなり、じたばたと暴れようとしてみたが、頭上からすぅすぅと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきて諦めた。

この男は私をなんだと思っているんだろう。

女だと思っていないんだろうか。

何故か胸がちくりと痛んで涙が出てくる。

神様。

いるのか分かりませんが、今日で最後にするから、今日だけは彼に甘えるのを許してください。

私は、流れる涙を拭うことなく、彼の腕の中で再び夢の世界へと落ちていった。

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