第5話

「宮本さん、今フリーってほんとですか!?」


終業のチャイムが鳴り、未だ目の前に山積みの仕事に頭を抱えていると、斜向かいから女の子の可愛らしい声が聞こえてきた。


「ん〜。まぁ彼女はいないね。」

「えー!わたし、立候補しちゃおうかな!」


自分を可愛く見せる術を知っているかのような声に、仕事が終わらないというストレスも相まってモヤモヤする。


「アプローチもいいけど、そういうのは2人の時にしたら?」


別に口に出すつもりはなかったが、いつの間にか声が出ていた。


「え?何ですか?普通の雑談じゃないですか。もしかして薫さん、嫉妬ですか?」


薄ら笑いを浮かべて、ババアの嫉妬ほど醜いものは無いぞという空気を醸し出してくる。

今まで何人も圭の彼女を見てきたし、今更嫉妬なんてしていないはずだ。


「あはは〜ごめんごめん。今日はなんだか仕事が思うように進まなくてイライラしてたの。八つ当たりしちゃったね。ごゆっくり〜!」


仕事のせいで不快になるならやらなきゃいい。

幸いこの案件は急ぎじゃないし。

二人の会話をこれ以上耳に入れないようにわざと大きな声を出して伸びをする。

早く帰ろう。

一人でいるにはとても寂しい部屋だけど、ここよりは落ち着くはずだ。


「月曜の私、頼みます。」


軽くデスクを拝んで手早く荷物をまとめる。

すれ違う人に挨拶をしながら会社を出ると、聞き慣れた声に後ろから呼び止められた。


「待って薫。俺も一緒に帰るよ。」

「何?圭は仕事終わってないんじゃなかったの?」


いつも定時前に仕事を終わらせて帰る準備を済ませて部長に怒られている彼が、終業のチャイムが鳴ってすぐタイムカードを押していなかったから、今日は残業なんだと思っていた。


「なんで?薫待ってただけだよ。薫こそ仕事終わってなかったじゃん。」

「あれは月曜の私に託してきたの。さっきの彼女はいいわけ?」

「うん。内容のない話してたし。それより薫と飲みたい。」

「また飲むの?…今日はパス。私は帰って寝る。」

「じゃあ、家まで送るよ。」

「ねぇほんとに頭でも打った?今まで"家まで送る"なんて言ったこと無かったじゃん。」


ちょっと引き気味な私を見て、彼は小さく笑う。


「薫が酔いつぶれた時はいつも送ってたよ。」


"覚えてないでしょ"と言われて、確かにと納得する。

仕事のチームが同じにならない限り、私たちの飲み会はただの恋バナ大会だ。

大方、付き合う前の恋煩いか、失恋後の寂しさをお酒の勢いを借りてわーわー言うだけ。だから余計にお酒が進み、私はよく酔いつぶれていた。


「もしかして、また恋バナしたかった?」

「あー。まぁそうかも。」


にへぇと笑う顔を見てついこちらの頬も緩んでしまう。

マイナスイオンなんて信じちゃいないが、この男には癒し効果が絶対あるなと思ってしまう。


「何?そんなに俺の顔見て。惚れた?」

「色んな女をとっかえひっかえする男に騙されるような女じゃないのよ私は。」

「うん。知ってた。」


いつものくだらない言い合いをしているうちに家の前まで来てしまう。

圭と話していると憂鬱な帰路すらあっという間だ。


「じゃあ、また明日…じゃないか。今日金曜だったね。また月曜に。」


お酒を飲むことを口実に、さりげなく話す機会を作ろうとしていた彼は案外サラッと離れて拍子抜けする。

当の本人は緩く広げた手のひらをヒラヒラと振っているし、訳が分からない。


「ちょ、あの。待って。」


踵を返そうとした圭のその長い指を掴んで引っ張る。


「どうした?」

「寄って行かない?話聞くからさ。」


一瞬目を開いて、眉を下げながら"いいよ"と笑う。

家の鍵を開けながら、心の中で一緒にいたかったわけじゃない。ここまで人と歩いてきたから、1人であの部屋に帰るのが急に怖くなっただけだと誰にともなく言い訳をした。

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