第3話

「ね、圭…ちょっと待って…はぁっ。歩くの、早すぎだよ。」

「そんなことないよ。」


私の方を振り返って、ふわっと笑う彼は汗1つかいてない。

やっと追いついた私は情けなく肩で息をしている。

……この差は一体何なのか。


「ねぇ、どこに行くの?」

「飲みに行こうと思って。」

「私のカバン持って?」

「最近事務的なことしか話せなかったし、こうでもしないと薫は来ないかなって。」

「素直に誘ってくれば行くから。カバン、返してよ。」


ビジネスバッグを2つも持っているなんて違和感しかない。


「店ついたら返すよ。いつものところでいいでしょ?」

「いいけどカバンは返して。カバンくらい自分で持てるし、飲みには付き合うから。」

「ちょっと呆れてる?」

「…バレた。」

「否定はしなよ。」


わーわーと言い合いをしている間に居酒屋についてしまう。

先に店に入ろうとした圭の後ろについて歩くと、突然こちらを見て手を差し出す。


「そこ段差、気をつけて。」

「あ、うん。ありがと…。」


右手を支えられ困惑する。元々気遣いはできる男だったが、こんなあからさまな女扱いをされたことは、1度もない。

まぁ、ほぼ常に彼女がいる圭とはなるべくそういう絡みをしないようにと心がけていたから、彼女や他の女性陣にはやっていることなのかもしれない。


「薫と飲むの久しぶりじゃない?」

「お互い相手がいたからね。」

「俺は誘ってくれれば行くのに。」

「私は行かないよ。絶対彼氏の方が優先。」


それに、ただでさえ仲が良くて妬まれる対象になっているのに、いらぬ恨みを買ってしまうことになるから。

圭と飲むのはストレスもないし、好きか嫌いかと聞かれれば好きな方だけれど、別のストレスを抱えるのは本意ではない。


「でも今日、来てくれたってことは別れたんだ?」

「……。」


返答に困って、届いたばかりのビールを呷ろうとジョッキ取っ手を掴むと、それに広げた手を乗せられ蓋をされる。


「お昼も食べてないのにいきなりアルコールを入れない。」

「じゃあなんで誘ったのよ。」

「食べられるなら先に何か食べて。」


案外頑固な圭に押されて、仕方なくチヂミを頼む。


「それで?なんで別れたの?」

「情けないから言いたくない。」

「重いって言われた?」

「私重そうな女だと思われてる!?」

「そんなことないんじゃない?あんまり懐いてる感じしないし、傍から見たらむしろ淡白だよ。」

「前の…まぁ前のでいいか。前の彼氏はさ、あんまり好きって言ってくれる人じゃなかったんだよね。だから私もあんまり言わない方がいいかなって思ってたの。だってなんか、私だけ好きみたいで嫌なんだもん。好き好き言ってるの。」


店員さんから受け取ったチヂミを箸で1口大に切りながら金曜日のことを思い出す。

言葉で伝えなくとも、好意を持っていると分かってもらえる努力をしなかったのが悪いことは重々承知している。


「結局、私の努力不足。」

「なんて言われたの?」

「んー。私は彼のことを好きじゃないんだろうって言われたの。そんなことないって言ったけど、私たちの好きには差がありすぎるって。価値観の違いってやつだよ。こうならないように合わせてたはずなのにさ、情けないよね。」

「ふーん。」


自分から聞いてきたのに興味が無さそうな相槌に苦笑する。


「…元々他人なんだから好きの度合いに差があるのは当然だし、薫が歩み寄ろうとしていたのも気づかないその男があほなだけでしょ。」


そうだろうか。

私だけが好きみたいだなんて思わないで、ちゃんと好きだと伝えていたらもう少し一緒にいられたんじゃないのか。

好きだと言ってもらえる女じゃなかった私が、私が悪い。


「もう酔ったの?」


ボロボロと零れ出した涙を拭いながら笑われる。


「酔った!今日は泣き上戸の気分!」

「こんな酔っぱらいの介抱やだなぁ。」

「あんたが連れてきて泣かせてるんだから泣き止ませることくらいしなさいよ!」

「はいはい。」

「……でもありがと。私が帰りたくないの知ってて連れてきてくれたんだよね。流石よく見てるわ。いい男代表入りだよ。」

「……よ。」

「ん?」


圭が何かを言った気がしたけど、自分の鼻をすする音で聞き取れず、聞き返してはみたが笑って誤魔化されるだけだった。

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