第2話
「おーい。湊さーん。湊薫さーん。」
お昼が過ぎオフィスに人が戻ってくると、同僚の数人に心配されたが、愛想笑いで返し仕事に没頭した。
メモから目を離し、またデータを入力しようとパソコンに視線を戻すと、液晶の前に骨ばった手がスっと出てくる。
その手の持ち主を辿ると、困り果てた顔をした部長が立っていた。
「あ、部長。」
「"あ、部長。"じゃねぇよ。もう終業時間。」
親指で"ん。"と無愛想に指された時計は18時を過ぎている。
「ざ、残業って…。」
「だめ。帰れ。」
「えぇー。」
「普通、残業はこっちからお願いするもんだし、本人からしたいですなんて言われるようなもんじゃない。」
「タダ働きでもいいですから!ね、部長〜!」
必死に食い下がるけど、"帰れ"の一点張りで参ってしまう。
もちろん、こうしてうだうだと駄々をこねる私をあしらっている部長が一番参っているだろうけど。
出来ればまだ、あの暗い家には帰りたくない。
もう夏も近づいて暖かくなってきたのに、ひんやりとするあの家には。
「ねぇ。」
とんとんと肩を叩かれ振り向けば、圭が帰り支度を整えて立っている。
「おー。圭お疲れ様〜。気を付けて帰りなよー。」
某アニメの司令官のように肘をついて何の感情もなく声をかければ、彼は私のカバンを拾い上げ、デスクに散らばるペンケースや携帯を詰めて持ち去ってしまう。
「え、ちょ、圭!?」
「お、やっと帰る気になったか。お疲れさん。」
嬉しそうな部長の声に、正面の男を見失わないようにしながら"お先に失礼します!"と叫ぶ。
タッパの差なのか、異様に足が早い圭を必死に追いかけながら、高いヒールを履いてこなくて良かったと呑気に思った。
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