恋に焦がれて鳴く蝉よりも

花詞

第1話

好きだと言って欲しいだけ。

ただ愛されたいだけなのに。


「薫、どうしたの?」

「え?何が?」


斜向かいに座る宮本圭が、パソコンの横から顔を出して話しかけてくる。それなりに仲がいい同僚だ。

考え事をしていたら、いつの間にかオフィスには、私と彼の2人しかいなくなっていた。


「愛されたいだなんて柄にもないこと言ってるから。」

「…幻聴じゃない?何?圭、愛されたいとか考えちゃう人?」


考えていたことをそのまま口に出してしまっていたのか。

誤魔化すように茶化して笑うと、彼はいつものようにへらりと笑った。

ダークブラウンのぶち眼鏡の奥で、慈しむように目を細められ、思わず視線を逸らす。

この男は時折娘を見るような目で私を見る。その、全てを分かっているような目が、居心地悪くて苦手だった。


「俺は普通に愛されたいよ。」

「とか言いながら、彼女できてもすぐ別れるじゃん。いっつも圭が振るんでしょ?『宮本さんに振られた女子の会』というものができているの知ってるよ。」


特に秀でてイケメンという訳では無い彼が、なぜこんなにモテるのか私にはよく分からなかったけど、多分、清潔感と優しさ、穏やかな雰囲気が社内の女性陣に刺さったんだろう。

物腰は柔らかく、人をすぐ否定しない。

でも、しっかり人のことを注意できる。

現に、素直じゃない私は、他人のアドバイスをアドバイスと受け取れない節があるけど、彼の言うことはすんなり入ってくる。この人付き合いの上手さも彼の周りに人を惹きつける理由だろう。


「ははっ、流行りの女子会は不思議だね。」

「いや、その女子の会ではなく。」


わざとらしくため息をつくも、"お昼行かないの?"とマイペースに話題を変えられる。


「食欲無いから行かない。仕事も中々進まなくてさ、ちょうどいいからやってるよ。」


先週の金曜日、久しぶりに彼氏に呼び出され、"好きに差がありすぎる"と振られてしまった。あれからずっと食欲がなく、月曜の今日も仕事を休んでやろうかと思ったが、家にいるより気が紛れるので何とか出勤した。


「圭は?行かないの?」

「薫が行かないなら行かなくていいかな。」

「意味わからないこと言ってないで行った行った!」


急になんでもお揃いにしたがる学生ごっこ?

私は圭の袖を引っ張り、デスクから剥がして出入口まで背中を押し、そのまま追い出した。


「はぁ…。」


振られたばかりとはいえ、さすがに考え込みすぎたか。

圭は誰にでも優しいから、あーでもないこーでもないと仕事に手もつけられない同僚を放って置けないんだろう。

申し訳ないことをしてしまった。

午後からはいつも通りしっかり仕事をしなければ。


「よしっ。」


両手で頬をパチンと叩き、気合いを入れ直す。

もうすぐ夏が来るぞと清々しい風が髪を撫でた。

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