第8節 結末の向こう側
[サクラパビリオン_舞台袖]
章と律が走り寄る。
章 「っ、おい、総介! これ、どういう事態だよ!?」
律 「衣月さんっ!」
総介 「オレたちにもまだ、よく分からない。分かるのは……」
衣月 「一度消えかかったロキの身体が、元に戻ったこと。僕たちがロキのことを忘れてないってこと、だけだね」
律 「……オーディン。説明して。これ、どういうことなの?」
章 「え?」
ノルッパのぬいぐるみが光り、オーディンが姿を表す。
総介 「うおっ!?」
章 「えええ! あんた、いつからノルッパに!?」
オーディン「──ロキよ」
ロキ 「……オーディン……!」
真尋 「……!」
真尋、警戒してロキを隠すように立つ。
真尋 「……ロキを連れ帰る為に来たんですか? 申し訳ないけれど、それはさせません」
律 「連れてかないよね? しばらくはノルッパに入ってても文句言わないから!」
衣月 「どうか、お願いします……!」
総介 「神様仏様オーディン様!」
章 「俺らにできることなら、なんでもするから!!」
オーディン「……そうではない。ロキよ」
ロキ 「ああ。……ちょうどいい。俺も、お前に説明させようと思ってたところだ。小瓶には“笑顔”、溜まったよな? 舞台は成功した。真尋の“真実の願い”も、叶ったろ。なのに、なんで俺はまだここにいる?」
オーディン「……確かに、笑顔は集まった。しかし、もうひとつの条件が“書き換わった”」
ロキ 「……書き換わった?」
オーディン「……叶真尋」
オーディン、真尋を見つめる。
オーディン「私に初めて出会ったあの時。お前の“真実の願い”は、『仲間と一緒に、大きな舞台を成功させたい』だった。そうだな?」
真尋 「……はい。でも……」
オーディン「そう。お前は言った。『いつまでも、ずっときみと“ここ”にいたい』──あの言葉に込められていたのは、ロキとずっと舞台の上にいたいという願い。その想いは、強く、揺らがぬ真実だ。それゆえに、ロキを縛る条件が書き換わった」
オーディン「──つまり、ロキ。お前をアースガルズに戻す条件のうち、『叶真尋の“真実の願い”を叶える』という条件は、まだ達成されていない」
ロキ 「……それ、って……」
うなずくオーディン。
オーディン「ロキ。まだお前をアースガルズに帰すわけにはいかないようだ」
真尋 「つまり……ロキはまだ、ここにいられる。俺たちも、ロキのことを忘れたりしない、ってこと……?」
オーディン「……その通りだ。ロキが、お前たちとともにある限り、お前たちの記憶は消えない」
ロキ 「……!!」
真尋 「っ、ロキ!」
真尋、ロキを抱きしめる。
ロキ 「うわっ……! 真尋! 力が強……苦しいぞ!」
真尋の上からさらに抱きつく部員たち。
総介 「……っ、ロキたん!!」
章 「なんだよ、もう……! とんだ取り越し苦労だよ!!」
衣月 「……よかった……! ロキ、真尋!」
律 「……はぁもうっ。人騒がせすぎます!」
ロキ 「ちょ……! 全員で抱きつくな! 汗まみれになるだろ!?」
オーディン「……ロキ。お前の心は変わった。私は、こうなることを信じていたつもりだ。……お前には、伝わっていないとしても。可愛い我が弟よ。今しばらく、お前自身が手に入れた時間を過ごすがいい」
オーディン「彼らの時間は限られている。だからこそ、魅力的なのだから……」
オーディン、静かに姿を消す。
ロキ 「……オーディン? ……帰ったのか」
ロキ (……そう。永遠なんて、人間にはない。今別れずにすんだからって、いつか必ず、その時は来る)
ロキ (だけど──)
ロキ、みんなの顔を見渡す。
ロキ (それでもいい。それでも、今、俺は“ここ”にいたい)
ロキ 「……」
真尋 「ロキ?」
ロキ 「いや。それより、真尋。『ずっと、ロキと一緒に芝居がしたい』だと? 神たる俺に、大胆な願いを抱いたもんだな。そんな傲慢な人間、初めてだぞ」
真尋 「……あはは。そうかもね。だけど、俺も初めてだよ。そんな人間のわがままを、聞いてくれる神様なんて」
舞台の隅に、不安そうな子ども時代の真尋。
真尋 「……あ」
真尋 (……うん。大丈夫だよ。今は怖くても……いつかきみには、芝居の神様が現れる。って言っても、願いを叶えてくれるとか、神頼みができるって意味じゃないよ?)
真尋 (ただ、きみに芝居の楽しさを教えてくれる──ずっと一緒にいたいと思える、たった1人の、大切な存在が)
真尋 (だから、怖くてもいいんだ。芝居と、一緒に生きて)
子ども時代の真尋、笑顔で消える。
遠くから、拍手が聞こえる。
章 「……って、まだ拍手鳴ってた!?」
衣月 「うん。あの後、立ってくれたお客さんがいたみたいで……それが広がって、スタンディングオベーションになってる」
律 「なんにせよ、ここで浸ってる場合じゃないですね」
竜崎 「おい、お前ら」
総介 「育ちゃん! これ、どうする?」
竜崎 「運営から通達があった。鳴り止まないなら仕方ねえ。前例はないらしいが、特別だ。カーテンコールに出ろ」
真尋 「カーテンコール……!」
章 「コンクールなのに!? そんなんアリ!?」
律 「運営が言うなら、ありなんじゃないですか。……けど、それを許すってことは、最優秀賞は決まったも同然ですね」
衣月 「ふふ。律、嬉しそうだね」
律 「……はい。嬉しいので」
ロキ 「おい。客が呼んでるぞ!」
[サクラパビリオン_客席]
鳴り止まない拍手。
雄一 「……うっ、ふぐ……うう……!!」
雄二・雄三「「……兄ちゃあぁあん……!!!」」
鷹岡 「……はあ」
草鹿 「あれ、洸ちゃん。観てたんだ?」
鷹岡 「心。育に伝えとけ。最後のあれは芝居じゃねえ。俺はあんなものは認めない。……が、最高だった。今回は、お前の勝ちだ。だが次はない……ってな」
草鹿 「いやいや、別にお前ら2人の対決じゃないし! ていうか、自分で言いなよ、それー!」
鷹岡、ホールから出ていく。
草鹿 「まったく……草鹿づかいの荒いことで!」
有希人 「……真尋。君の芝居は、やっぱり──俺の憧れだよ」
トール 「ロキ……」
バルドル 「素敵ですね。こんな結末があるなんて」
ブラギ 「……それで、私たちはどうするんですか?」
ヘイムダル「ロキが帰らないんなら、オレたちだって帰らないぞ! だって、オレはロキのライバルで……、オレたちは、有希人の仲間なんだからなっ!」
[サクラパビリオン_ステージ]
緞帳の裏。
衣月 「みんな、手を繋ごうか。ふふ、カーテンコールなんて、初めてだ」
総介 「ホントは裏方が出るもんじゃないんだけどね~」
ロキ 「フン、そんな決まり、知るか。この芝居は俺と真尋だけじゃない。中都全員で作ったんだからな!」
章 「……幕が上がるぞ……!」
律 「東堂先輩。鼻水出てます」
章 「嘘!?」
律 「嘘です」
真尋 「はは。……ロキ。準備いい?」
ロキ 「誰に言ってんだ」
衣月 「みんな、足元、気をつけてね」
律 「衣月さん。こんな時まで……優しすぎます」
章 「うう……っ! 地味助にはライトが眩しい……!」
総介 「胸張りなよ。オレがついてる」
真尋 「……ロキ。あの言葉、言ってもらっていい? 何だか俺、緊張しちゃって」
ロキ 「……こんな時の芝居が一番下手かよ。ま、いいぜ。真尋になら、何度でも言ってやる」
ロキ 「──お前なら、やれる」
真尋 「……うん。俺には、きみがいる。俺たちはもう、1人じゃないから!」
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