第7節 真実の願い

[サクラパビリオン_ステージ]


 小瓶が強い光を放ち、そのまま消えていく。

 しんと静まる客席。


真尋   「……。ロキ」


ロキ   「……ま、ひろ……?」


真尋   「ロキ……、ロキ。……っ、触れる。ロキの頬にも、髪にも……」

ロキ   「……本当だ。……俺、まだ、ここにいる……」


ロキ   「お前にも──また、触れる」


 手を伸ばすロキ。真尋、ロキを抱きしめる。


真尋   「……っ、ロキ……!!」

ロキ   「わっ……真尋! ……っ……!」


 会場から、堰を切ったような拍手が巻き起こる。




[サクラパビリオン_客席]


観客1   「やっぱり、あの光とか風も芝居の一部だったんだな!」

観客2   「一度終わったのかと思ってたけど、続きがあったのね……! よかった……! あのまま切ない終わり方をするより、こっちのほうが素敵だもの!」


凛     「……そうよ。やっぱり、ハッピーエンドじゃなきゃね」



[サクラパビリオン_調整室]


 号泣する章と、そっと涙を拭う律。


章    「……っ、なんだよ、どんだけ盛大なアドリブだよ! あんなの、台本に書いてねーぞ!」

律    「っ……最後まで、人騒がせな人たちですね」



[サクラパビリオン_舞台袖]


総介   「……」

衣月   「…………、総介、幕下ろして!」

総介   「……あ、ああ、そうだった……!」

オーディン「……」



[サクラパビリオン_ステージ]


 ゆっくりと緞帳が降りていく。

 ロキと真尋、客席へ一礼し大きく息を吐く。


ロキ   「……なんで……? だって“笑顔”は全部集まっただろ。なのに、どうして俺、まだここにいるんだ……」

真尋   「もしかして……俺が、行かせないと思ったから……かな?」

ロキ   「え……?」

真尋   「それが神様の決めた運命だとしても、俺はロキを行かせたくないって、強く想ったから」

ロキ   「そんな……そんなバカなこと、あるわけねーだろ……! 神の世界のことわりを、人間の想いが上回るなんて!」

真尋   「でも、事実だよ。ロキはまだ、ここにいる。俺も、ロキを忘れてなんかない」

ロキ   「……っ……記憶がなくなること、知ってたのか?」

真尋   「ううん。確証はなかった。けど、ロキを見てたら、なんとなく」

ロキ   「なんとなくって……」

真尋   「──ねえ、ロキ。ことわりを上回ったのは……俺だけの想いかな」

ロキ   「……っ!」

真尋   「ロキも、『ここにいたい』って……俺の側を選んでくれたって、自惚れてもいい?」


ロキ   「真尋……俺は……。…………」

真尋   「言葉にできないなら、いいんだ。今、きみが“ここにいる”ことが、何よりの証だから」


 ロキ、涙をこらえる。


ロキ   「……っ」

真尋   「……ありがとう。ロキ。俺の手をってくれて。まだここにいたいと思ってくれて。結局どこにも行かずにすんだんだから、こんなこというのもおかしいかもしれないけど……でも、言わせてくれる?」

ロキ   「……なんだよ」



真尋   「“おかえり”、ロキ」


ロキ   「……真尋……!」


 泣き出すロキ。


ロキ   「……っ、……言えなかったんだ。隠さなきゃって、記憶のこと。絶対……。だって、言ったらお前ら、決勝なんか出るのやめようとか言いだしそうじゃん!」

真尋   「あはは。そうかもね。ロキは大事な仲間だから」

ロキ   「でも、そんなことさせられない。それに…………それに俺だって、この舞台で芝居がしたかった。今なら、真尋と一緒に、最高の芝居ができると思ったから……!」

真尋   「うん。できたね。一緒に、最高の芝居」

ロキ   「……でも、本当は……っ、本当は怖かった……! アースガルズで、俺だけが悪者扱いの、つまらない日々に戻るのなんか全然構わない」


14章7節


ロキ   「……だけどっ……お前らに忘れられるのは……怖くて、怖くて、たまらなかった……!」

真尋   「……うん」

ロキ   「真尋……芝居の前に言ってたよな。俺が、本当は人間が好きなんじゃないかって。違うんだ。違う。そんな綺麗なもんじゃない。ただ羨ましかった」


ロキ   「友人、恋人、家族、仲間──。人間たちは、いつも誰かを想ってる。……人間に関われば、俺のことも想ってくれるひとと会えるんじゃないかって、どこかで期待してた。でも、俺が行くと全部壊れちまう。偽物の、カラッポの笑顔が、俺を素通りしていく」


ロキ   「だから、壊してきた。手に入らないなら、めちゃくちゃになればいいって……。でも、どんなにイタズラしても、すぐに虚しくなった。人間界でも、アースガルズでも、俺は寂しくて……」


真尋   「ロキ……」


ロキ   「いつも……いつも願ってた。たった1人でいい。本当に、俺のことだけを見てくれるやつが欲しいって。やっとだ。……やっと、見つけた。俺の居場所。本当の俺を見てくれる、たった1人――」


ロキ   「──真尋、お前を」


真尋   「ロキ……」


真尋   「俺もだよ。ロキが来るまで俺は、ずっと、暗い海で溺れてた。きみが助けてくれたから、俺はようやく息ができたんだ。──だから、ロキ」


真尋   「明日も、明後日も、これから先もずっと、俺と一緒に芝居をしてくれますか?」


ロキ   「……ハッ! この芝居バカめ!」



真尋   「そうだよ。きみと同じ、神級の芝居バカだ」

ロキ   「……っ、……真尋……!」

真尋   「ロキ」

ロキ   「……っ……ただいま……!」

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