第4節 開幕10分前

[サクラパビリオン_舞台袖]


竜崎   「──ここまできたら、あとは全力を出し切ってやれ。まあ、言われるまでもねえだろうがな」

一同   「はい!」                                 


衣月   「真尋、ロキ。衣装の最終チェックするから、こっちに来て」

真尋   「はい」

ロキ   「おう」


章    「……くそ。ロキのことは気になるけど、ここまで来ちゃったら、準備するしかない……!」

律    「……そもそも、この芝居で“心からの笑顔”が溜まりきるという絶対の保証はないんです。不確定なことに頭を悩ませるより、できることをしましょう」

総介   「その通り。アキ、セット確認してきて。りっちゃんも、照明最終確認、お願い」

律    「分かりました」

章    「てか、北兎、なんで袖にまでノルッパ連れてきてるんだよ」

律    「すみません、ちょっと事情があって」

章    「ノルッパが近くにいないとダメなんて、……やっぱりお前も緊張してるんだな……」

律    「もうそれでいいんで、黙ってください」



衣月   「……よし。2人とも、動きは問題ないね。最高に似合ってるよ。自信持って」

ロキ   「……当然だろ」

真尋   「ありがとうございます」


スタッフ 「中都高校の皆さん。開演10分前です」


衣月   「はい。……みんな、持ち場につく前に、一度集まろう。円陣だ。……中都高校演劇部、サクラ演劇コンクールの決勝の舞台だ。最後だから、少しだけ、部長ぶってもいいかな」

総介   「あったりまえでしょー! よろしく、部長!」


 6人、向かい合って円を作る。

 衣月、1人1人の顔を見る。


衣月   「……章。ここに来るまで、どの公演も、素晴らしい台本をありがとう。章は自分に自信がないって言うけど、僕はいつだって章を尊敬してるよ」


章    「……南條先輩」


衣月   「律。律の音楽が、セリフと重なって響いた瞬間、物語に風が吹いて、世界が広がっていくようだった。律の音楽なしに、中都の芝居は語れない。律が演劇部を居場所に選んでくれて、本当によかった」


律    「……衣月さん……。衣月さんの衣装だって……芝居にはなくてはならないものです。俺たちのやってることは、誰が欠けてもダメで……それを、衣月さんが教えてくれました」


衣月   「……ありがとう、律。……総介。そんな今の演劇部があるのは、君のおかげだ。芝居の演出ももちろんだけど、僕たち裏方の気持ちまで、いつも引っ張ってくれたね。鷹岡さんだって目じゃない、最高の演出家だと思ってる」


総介   「……ツッキー」


衣月   「真尋。君は、ここに居る全員に、芝居を観る喜び、一緒に作る喜びを教えてくれた。真尋の芝居は人の心を動かす。ただ上手いというだけじゃない。本当の天才役者だ」


真尋   「……ありがとうございます」


衣月   「そして、ロキ──」

ロキ   「……」

衣月   「実は最近、ロキが神様だってこと、たまに忘れちゃうんだよね」

ロキ   「……はぁ? なんだよ、それ……」

衣月   「あはは。“不敬”だろ?」


衣月   「……けどそのくらい、いるのが当たり前の仲間なんだよ。そして今は、真尋と並び立つ、僕たちの誇るもう1人の看板役者になった。こんなことを言ったら、それこそ不敬だろうけど、僕は部長として、ロキを心から誇りに思う」


ロキ   「……衣月」


衣月   「今日まで、本当に楽しかった。そして今からが、その集大成だ。……最高のフィナーレにしよう。行くぞ、中都演劇部……!」



14章4節



ロキ・真尋・章・総介・律「「「「「……はい!」」」」」



スタッフ 「中都高校のみなさん。持ち場についてください」

章    「来た……! 北兎、俺たちは調整室、行くぞ」

律    「はい。……衣月さん、ノルッパのことお願いします」

衣月   「うん。任せて」


 律、ノルッパを衣月に手渡し、章と調整室へ向かう。


総介   「ヒロくんとロキたんはこっち。上手かみてで一緒に待機ね」

真尋   「うん……」

ロキ   「……」




[サクラパビリオン_通路]


章    「うわ。客席、やっぱ満席だな……! 緊張してくる~~」

律    「調整室に着くまで、転ばないでくださいよ」

章    「あれ。ノルッパ袖に置いてきてよかったのか? 調整室でも、邪魔にならないところに置けば……」

律    「いいんです。ステージに近いところで観たいだろうし。それより、東堂先輩、前見てください前」

章    「まあ、いいなら……って、誰かこっちに走ってくる。……え? あれって――」


 有希人が、章と律の方へ走り寄る。


有希人  「……っ、東堂、北兎……! よかった。間に合った……!」

章    「神楽!? どうしたんだよ、そんなに慌てて」

有希人  「……大きい声じゃ言えない。俺の側に来て」

章    「ああ……」

有希人  「……俺も今、トールから聞いたばかりで……まだ、整理がついていないんだけど……! ああ、もう、どうしてこんなこと今まで秘密に……。早く真尋に伝えないと、手遅れになる!」

律    「手遅れ……? とにかく落ち着いてください。どんな内容でも、俺たちは受け止めます」

有希人  「……っ。……うん。神之の……。神様たちのこと。神之に課された“条件”が達成されれば、彼らは、彼らの世界に帰る。だけど、それだけじゃないんだ……!」

章・律  「「……っ!!」」




[サクラパビリオン_ステージ]


 緞帳どんちょうの内、ステージでスタンバイするロキと真尋。


ロキ   「……」

真尋   「……」


 2人を少し離れた舞台袖の指示卓から見つめる総介。


総介   「……」

総介   (……もうすぐ、開演のカウントダウンだ。カウントが0になった瞬間、オレにできることは何もなくなる)


総介   (……もしかしてオレは、すごく残酷なことをしようとしているのかもしれない。さっき、りっちゃんにはああ言ったけど……この芝居は、きっと成功する)


総介   (“心からの笑顔”は瓶いっぱいに集まって、ヒロくんの“真実の願い”も叶う。そうすれば、ロキと……二度と会えなくなるかもしれない)


総介   (それを予感してるのに、オレは、止めない。だって──これから最高の芝居ができる、その高揚感を前に、舞台を去れる役者なんていない。──そうだろ?)


 総介のインカムに、章から通信が入る。


総介   「ん。インカム……? アキ?」

章    『総介、南條先輩。聞こえるか!?』

総介   「アキ? もうカウント始めるぞ」

章    『分かってる! けど緊急だ! 今、神楽が教えてくれて……っ! とにかくっ! お、落ち着いて聞けよ。落ち着いて──』

律    『落ち着くのは東堂先輩のほうです。代わってください! ――西野先輩、衣月さん』


 総介、衣月、インカムに耳をすませる。


律    『俺たちは、この芝居が成功して、ロキがアースガルズに帰ったあと、ロキと二度と会えなくなると思っていました。けど、事態はそれ以上に悪かった』

衣月   「……え? どういう──」

律    『あいつが帰った後、が、ロキを忘れます』


律    『ロキに関する“全ての記憶”が消えるんです。俺からも、真尋さんからも、関わった人すべて。もし次に会うことがあったとしても……』


14章4節


律    『俺たちは──ロキのことを、覚えていません……!』


総介・衣月「「…………!!」」

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