第3節 開演30分前
[サクラパビリオン_楽屋]
自分たちの出番の準備を進める中都の面々。
章 「あれ? ……おい、総介! 小道具1つないんだけど!」
総介 「えー? 小道具ー? あー……そだ! 大道ちょうなーん! 直してって渡しておいたアレどうしたー?」
雄一 「ああ? んなもん、とっくに直して神之のヤツに渡したぜ」
雄二 「渡した」
雄三 「渡したぜ!」
律 「なんでロキに渡すんです!? なくすに決まってるじゃないですか!」
章 「ヤバイじゃん! ロキー! どこだー!」
ロキ、フィッティングルームで着替え中。
ロキ 「今着替え中だっつーの! 俺は真尋に渡したぞ!」
真尋 「俺は南條先輩に……」
章 「バトンリレーかよ! 南條先輩、南條先輩ー!」
衣月 「ごめん! 着替え手伝ってて、手が離せないんだ。そっちの台の上にないかな?」
章 「台? 台って……あ! あったー! あったぞー!!」
竜崎 「……ったく。バタバタしやがって。だから、決勝まで演目は変えない方がよかったんだ」
章 「決勝で初めての演目って、確かにキツいっす。けど、今回は、これでよかったと思います。なんていうか……こういうバタバタが、俺ららしいって思うんですよね」
総介 「そうそ! 今までも黙って見ててくれたんだから、今回も黙って見ててよ、育ちゃん。最高の芝居にするからさ!」
竜崎 「……そーかよ」
草鹿 「育ちゃん、食われちゃってんじゃん」
草鹿、笑いをこらえ切れない。
竜崎 「……そんなもん、今に始まった話じゃねーよ。あの時からずっと、こいつらは俺の思惑なんか軽々と超えてきた」
律 「あ。竜崎先生。そこ、セット通すんで邪魔です」
竜崎 「……」
草鹿 「……育ちゃん、
竜崎 「……お前も邪魔だ。そっちに避けろ」
草鹿 「わわっ、ちょっと、押すなって」
草鹿、よろけて律のバッグに手をつく。
ノルッパ(オーディン)「……ぐふっ」
草鹿 「ん? 今、何か聞こえた……?」
律 「! ……いいえ。何も聞こえませんでした。草鹿さん、これ、あっち運んでください」
草鹿 「お? オッケー分かった。あっち持って行けばいいんだな」
オーディン「…………」
律 (来るとは思ってたから、ノルッパ連れてきたし、いつ来てもいいように覚悟はしてたけど……)
律 「神なら、衝撃くらい我慢してください」
オーディン「すまん……。少々驚いた」
律 「大事なときなんです。一切黙っていてください。他の学校の生徒もいるし、動くのも禁止です」
衣月 「……律?」
律 「衣月さん……」
衣月 「……来た、みたいだね。オーディン、本番は僕と一緒に袖で観て行ってください。きっと、素晴らしい芝居になりますから」
オーディン「うむ」
衣月 「そろそろ着替え終わったロキが出てきます。決して、気付かれないように」
オーディン「……」
ノルッパ(オーディン)が静かに頷く。
カーテンで仕切られたフィッティングルームから、
衣装に着替え終わったロキと真尋が出てくる。
総介 「お! 主役お2人のご登場だ!」
真尋 「……ロキ、やっぱり最高に似合うね」
ロキ 「……フン。当然だろ。──お前もな」
ロキ (本当に、よく似合ってる。衣装着ただけで、こんなに変わるヤツだったか……? ……いや、お前はずっとそうだった。俺が捻くれてただけで、ずっとすごい役者だった……。お前の目に、今の俺はどう映ってる? お前と並び立つ役者に、なれたかな……)
ロキ (──ああ、くそ。黙れよ、心臓。これが最後でも、お前と芝居ができるってだけで、こんなに嬉しいなんて……)
ロキ (俺……ホントに、どうかしちまったみたいだ……)
ロキ 「……」
総介 「……。ロキたん。冒頭のセリフなんだけどさ」
ロキ 「…………」
総介 「ロキたん?」
ロキ 「……あ。悪い。なに?」
総介 「もー、どうしたのさ? あ、もしかして、緊張してる!?」
章 「ロキが緊張!? 逆にそれ、大丈夫か!? やっぱお前、なんかヘンだぞロキ!」
律 「しっかりしてよ。柄じゃなさすぎでしょ」
衣月 「もしもの時にと思ってリンゴを持ってきたけど、食べる?」
ロキ 「お前ら……」
真尋 「大丈夫だよ、ロキ。俺がいる。それに、今のロキはこれまで以上に最高の役者だから、何も心配することはないよ」
ロキ 「真尋……。…………」
ロキ (なんだよ……、なんだよ、みんなして)
章 「……あー。……あー。あーーーーー」
律 「なんなんですか、東堂先輩。あなたまで壊れたら収拾つきません」
章 「ごめん。俺、やっぱ我慢できねー。ロキさ、聞いていい?」
ロキ 「……なんだよ」
章 「…………」
章、長い沈黙の後覚悟を決めたように口を開く。
章 「……あのさ。気が早いけど、もし最優秀賞取れたら、アースガルズに帰る“条件”が揃うわけだよな。けどさ……その後も、またちょいちょい、こっち来るだろ? 叶も言ってたけど、お前、俺たちに会う前もよくこっちに遊びに来てたんだもんな?」
ロキ 「章……」
章・総介・衣月・律「「……」」
ロキ (みんな……俺がもう来ないかもしれないって思ってるのか。まあ、そうだよな。表情を読み解くなんて、こいつらにとっては得意分野か)
ロキ (……来れないんじゃない。来ることはできるんだ。でも……)
章 「……ロキ?」
ロキ 「…………」
ロキ、笑顔で顔を上げる。
ロキ 「フン、俺様がいないと寂しいってか?」
衣月 「当たり前だよ」
章 「寂しいっていうか、ロキがいないのなんてもう想像つかねーし」
律 「うるさいのがいないと、静けさが逆に気になるから」
ロキ 「っ、お前ら……」
真尋・総介「「…………」」
ロキ 「な、なんだよ。真尋も、お前らも、そればっか……」
笑顔を浮かべるが、語尾が少し震える。
ロキ 「……しょーがねーから来てやるよ! 一度アースガルズに帰った後も……何度だってな」
総介・衣月・律「「「……!」」」
真尋 「……ロキ……」
章 (……ロキ。俺にだって分かる。それじゃ……バレバレだ)
衣月 (君は、本当は……)
律 (……でも、俺たちには言えないのか)
総介 (……理由がある。そうなんでしょ、ロキたん。それなら、オレたちは……)
章、努めて明るく。
章 「……そ、っか。そーだよな! はは……。ならさー、いったん帰ってまた来るときは、神様の世界の土産とか、持ってきてくれよな! なんだっけ。イズンのリンゴ? 本物見てみたいし! あ、叶のギャグで、ほら! なんだっけ?」
真尋 「……ええっと。イズンのリンゴ、イズントイット?」
章 「そうそう! そのギャグがついにリアルに! みたいなさー!」
空元気でテンション高めに話す章。
ロキ 「フン。イズンのリンゴは、人間にはもったいないぞ。すっげー美味いんだからな!」
総介 「はいはい! 芝居以外の話はそれくらいにしよう。本番まで、もう時間がないからね」
総介、手のひらを打ち、空気を変える。
総介 「真尋。ロキ。これは、新生・中都演劇部にとって、一番大事な芝居になる。今回のテーマである、まったく異なる世界の2人の“出会いと別れ”──2人芝居をやるにあたって、最も普遍的な、永遠のテーマだと思う」
総介 「恥ずかしくなるくらい、ど真ん中の、ど正直な芝居だ。だけど、今の2人なら、それを正面からやって、客の心を打つことができると思ってる」
うなずくロキと真尋。
総介 「真尋」
真尋 「はい」
総介 「ど真ん中の芝居だからこそ、真尋のすべてをこの本番に賭けてほしい。もしそれで万一、何か失敗をしたら、また同じ恐怖が襲うかもしれない。だけど、振り向くな。立ち止まるな。オレを、ロキを信じて、飛び込むつもりですべて出しきってほしい。この芝居がうまくいけば、役者・叶真尋もまた一つ上に行けるはずだ」
真尋 「……はい」
総介 「そして、ロキ」
ロキ 「おう」
総介 「正直、これまでのロキの芝居は、真尋を超えたことはなかった」
ロキ 「って、今更こき下ろすのかよ!」
総介 「今だからだよ。経歴も、芝居への情熱も、全然違ったんだから当然だ。けど、これまで芝居を重ねてきて、そしてこの決勝のための稽古をする中で、ロキは見違えるくらい変わっていった。正直、この芝居について、真尋とロキの役者としての実力は拮抗してると思ってる」
総介 「これは、オレにとっても最大の、幸福な誤算だ。役への理解度と、その表現において、怖いくらい精度が高い。役との“距離”を自分の物にして、本質を掴んでる。それを感じられたから、アキも、ツッキーも、りっちゃんも……オレも。これまでで一番の全力を尽くして、準備してきたんだ」
大きくうなずく章、律、衣月。
総介 「――2人とも。今日はもう、コンクールだってことは忘れていい。審査員の気に入る芝居も大事だって言ったけど、もうその必要はないよ。ここまで仕上がってたら、審査員の好みを気にして小手先で何かを変えるなんて、センスないっしょ? 最高の芝居を、そのままぶつけよう。それでこそ、
ロキ 「ああ」
真尋 「うん。そのつもりだ。何があっても、この芝居に正面から向き合うよ。幕が下りるまで」
竜崎 「叶、神之。最後に確認したいことがある。ちょっとこっち来い」
真尋 「はい。行こう、ロキ」
ロキ 「おう」
真尋とロキが竜崎に連れられて少し離れる。
章 「……総介。どうしよう、ロキの奴……!」
総介 「……うん」
律 「バレないとでも思ってるんですかね。あんな下手な嘘」
衣月 「……やっぱりロキは……一度帰ったら、僕たちには会いに来られないんだろうね」
律 「でも、それじゃ、真尋さんが……。ロキのやつ、最後の最後で黙ってるとか……! そうだ! 衣月さん、コイツに相談すれば、もしかしたら……」
律、ノルッパ(オーディン)を抱える。
オーディン「……」
律 「……西野先輩たちに聞かれちゃまずいのか……。あっちに行きましょう」
衣月 「うん」
律と衣月、ノルッパ(オーディン)を抱えて部屋の隅へ移動。
律 「さっきは一切黙ってって言ったけど! 今は答えるとこだって分かるでしょ。空気読んでよね!」
オーディン「…………」
律 「どうにか、ロキが帰ってからも、こっちに来られるようにできないの?」
オーディン「…………」
律 「……っ、聞こえてるんだろ。黙ってないで、なんとか──」
衣月 「律。きっと、神様の世界には神様の世界のルールがあるんだよ。どうにもならないルールが。そのルールを、僕たちがどうこうできるとは思えない。もし彼がそれを許すなら、とっくにロキ自身がそうしているはずだ」
総介 「……」
章 「……北兎と南條先輩、ノルッパのぬいぐるみ揺さぶって何してるんだ?」
総介 「……行こう。オレたちも準備の時間だ。ツッキー、りっちゃん、行くよ!」
衣月と律がしぶしぶ戻る。
章 「総介! 何もしないってことかよ。もう、ロキと会えなくなるかもしれないんだぞ!! 叶が芝居にちゃんと戻って来れたのは、ロキのおかげだ。そのロキを、また失わせるのかよ!」
総介 「分かってる。そんなこと、オレだって……! ……だけど、ロキ自身が何も言ってこないのはきっと、もしこれが最後になってもいいと思えるくらい、この芝居に賭けてるからだ」
章・衣月・律「「「……!」」」
総介 「今あいつは、ヒロくんと芝居がしたくてたまらないんだよ。だったらオレたちは、それを止めるわけにはいかない」
総介、苦しそうな表情を浮かべる。
総介 「裏方は、役者を舞台に立たせるために、ここにいるんだから。それに、正直、俺自身が観たくてたまらない。今のあの2人しかできない、一度きりの舞台を。……みんなも、そうでしょ」
章 「……。それは……。……観たいに決まってんだろ……」
衣月 「……おかしいよね。ロキを失うことと天秤にかけて、まさかこっちに傾くなんて」
律 「……おかしすぎるけど、先輩たちも俺も、同じ気持ちってことが答えです」
総介 「ん。……怖いね。怖いくらい、心が惹かれる。それが……芝居なんだ」
竜崎 「……お前ら、行くぞ。幕が上がる」
章・総介・衣月・律「「「「……はいっ!」」」」
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